「はい?」
名前は、入畑に呼ばれて職員室に来ていた。
そこには入畑だけではなく溝口も一緒にいて、少しバツの悪そうな顔をしていた。
「…溝口くん何したんですか?」
「な、なんでだよ!」
「冷や汗かいてません?」
「か、か、かいて…る」
「え、何ですか?」
名前が聞くと、溝口の代わりに入畑が答える。
「受験生にこんなことを頼むのはどうかと思うんだけどね、ちょっと頼み事があるんだ」
「なんですか?」
「条善寺高校の穴原先生から連絡があって、12月の頭に県内の有望な1年生を集めた合宿を行うそうなんだ」
「合宿ですか?」
「そう」
入畑は「宮城県全体のバレーボールのレベルアップを目的とした取り組みだそうで、ウチからは金田一と国見が呼ばれたんだ」と続けた。
「なるほど。確かに、ウチの優秀な1年生レギュラーですもんね!」
「それで、その合宿を手伝いに行ってくれないか?」
「…はい??」
名前がそう言うと、溝口は名前に向かって頭を下げた。
「スマン苗字!!穴原先生から、手伝いをしてくれる、バレーの経験のある人間に心当たりはないかって聞かれて、咄嗟におまえの名前を出したんだ!」
「な、なぜ…!?」
「ウチの優秀なマネージャーを自慢したかった…!」
何とも言えない表情をしながら溝口がそう言うと「12月頭…私、受験生なのわかってます?」と聞いた。
「ぐうの音も出ない」
「まあまあ、苗字。勉強の方は進んでいるかい?」
「そうですね…志望校はA判定なので、このままなら問題ないかなとは思います」
「そうか」
「はい」
溝口は勢いよくその場に土下座をすると「苗字!!頼む!!平日は無理でも、三連休だけ!!県民の休日からの三連休だけでもいいから合宿の手伝いに行ってくれないか!?」と頼んだ。
「大の大人が簡単に土下座なんてしないでくださいよ!!わかりましたよ!行きますよ!条善寺高校にもマネージャーさんいたのに、なんで私が行かなきゃいけないのかわからないですけど、行きますよ!」
「本当か!?」
そう言うと、溝口は立ち上がり名前の両手を掴む。
「助かった!!ありがとう!これで白鳥沢に恩が売れるぜ!」
「…え?」
溝口の言葉に名前は動きを止めると「まさか…」と呟きながら入畑の方を見る。
「場所は、白鳥沢学園だよ」
「…なんで!?」
県民の日の合宿3日目、名前は白鳥沢学園に来ていた。
「…すでに疲れた…」
昨日の夜、及川と岩泉が家に来ていた名前は、明日から不在になることを伝えると、案の定及川からの質問攻めにあった。
「なっんで!?明日県民の日だよ!?休みだよ!?」
「そうね」
「どこ行くの!?そんなお泊りセットなんか用意して!」
そう言うと、及川は名前の部屋の隅に置いてある大きめのリュックを指さす。
「入畑監督と溝口くんに頼まれたの。1年生の強化合宿の手伝いに行ってくれって」
「あぁ、あれか。金田一と国見が呼ばれてるやつか」
「そう。ちょうどいいから、他の1年生たちもしっかり見てくるよ」
「それでお泊りなの!?」
「合宿ね!」
「普段の合宿と何がちげえんだよ!いちいちうるせえんだよ及川!」
「だっていつもの合宿には俺たちがいるけど、今回は俺たちいないんだよ!!岩ちゃんは心配じゃないの!?」
及川はそう言うと岩泉のことを睨む。
「合宿中にやましいこと考えんのはおめえくらいだよ!」
「失礼な!岩ちゃんだってマッキーたちとの猥談に参加してたじゃん!」
「おま!そういうこと名前の前で言うんじゃねえよ!」
「あー、大丈夫。2人も健全な男子高校生だったんだなって、なんか安心した」
「名前!!」
名前は立ち上がると「ハイハイ、そういうことだから私は明日朝から忙しいの!もう帰ってくれる?」と2人を部屋から追い出そうとする。
「あ、もう!!それじゃあ日曜日は迎えに行くから!場所どこ?」
「…え?」
「だから、合宿の場所!条善寺高校?だっけ?そこでいいんだよね?」
「…迎えは結構です」
「なんで!?」
「もういいから、おやすみ!」
「おい名前!」
2人を部屋から追い出した名前は、そのままベッドに入って寝た。
名前は携帯を取り出すと、及川からのメッセージを見る。
『場所が白鳥沢だなんて聞いてないんだけど!!』
『今すぐ帰って来なさい!!』
「(金田一の奴…徹に言ったな)」
名前は適当な返信を送ると、携帯の電源を切ってポケットにしまった。
「おはようございます」
名前は体育館の入り口で穴原を見つけると挨拶をする。
「おお、苗字さん!よく来てくれたね!」
「とんでもないです。お世話になります」
「助かるよ。苗字さんは優秀なマネージャーで、選手たちのこともよく見てると聞いていたからね。練習中に気になることがあったら、どんどん発信していってほしい」
「ご期待に沿えるかわかりませんが、全力でサポートしますね」
穴原は「中に鷲匠先生もいるし、みんないるから簡単に挨拶だけしてもらおうかな」と言った。
2人が体育館に入ると、何人かが入り口の方を見る。
「!」
「あれ、苗字さん?」
「え?」
金田一が名前に気付くと、国見も入り口の方を見た。
「本当だ。なんで苗字さんがここにいるんだろう?」
名前は鷲匠の元に行くと「おはようございます。青葉城西高校男子バレー部マネージャーの苗字です」と挨拶をする。
「うん、よろしく」
「普段の部活の時のような感じで動いて大丈夫ですか?」
「ああ。かまぁねえよ。好きに動いて、何か気になることがあれば言ってくれ」
「わかりました!鷲匠先生の指導方法も盗ませていただきます!」
名前がそう言うと、鷲匠は少しだけ笑った。
「集合ー!」
穴原が集合をかけると、全員が集まる。
「えー、今日から最終日まで合宿の手伝いをしてくれる青葉城西高校3年生の苗字さんです」
「初めましての方も、そうでない方もおはようございます。苗字です。短い間ですが、皆さんのことをしっかりサポートしていきますので、よろしくお願いします」
名前が簡単に挨拶をすると、穴原は「それじゃあ今日も対人パスから!」と言って、練習が始まる。
「それじゃあ苗字さんは、白鳥沢の控えの1年生たちと一緒に」
「ドリンクを作ったり、ボール拾いですね?」
「うん。ボール拾いもしてた?」
「自主練の時にたまにですけど。でも、うまいと思いますよ?」
「それは助かる」
名前はそう言うと白鳥沢の1年生らしい集団のところに行こうとすると「あれ…?」と何かに気付く。
「日向くん?」
「う、ウス!!こんちわっス!」
「何してるの?」
「ボ、ボール拾いっス…」
「え?」
名前と日向は一緒にドリンクを作りに水道に向かう。
その途中、名前は日向から事情を聞いた。
「呼ばれてもいないのに合宿に押しかけて、ボール拾い頑張ってるんだ?」
「はい…」
その言葉を聞いて、名前は「ふっ…」と思わず吹き出しそうになる。
「わ、笑うなら思いっきり笑ってください!!」
日向は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「いやー、いいね!本当日向くんの行動ぶっ飛んでて私は好きだよ」
「うう…!」
「無いチャンスを作りに来たんだね。エライね」
「…でも、結局練習には入れてもらえないですし…」
「…それでも、何か収穫はあったんじゃない?」
名前がそう聞くと、日向は顔を上げる。
「ハイ!!コートの中にいた時だけじゃ気付かないことがたくさんありました!」
「でしょう。外から見てると気付くのに、中に入ってボールだけを追いかけてると見えなくなることってあるよね」
日向は持っていたジャグに水を入れる。
「相手の守備の位置を見て返す場所を見つけたり、スパイカーのフォームを見てどのコースに打ってくるか読んだり。こっちの守備を相手に読ませて逆をついたり、考えれば考えるほどバレーは楽しくなるよ!」
「おれもそう思います…!トスからコースがわかることもあるんだなって!おれ、ボールが来る!って思うと身構えちゃって、早く動けないんですよね」
「あんなに反応早いのにそれじゃあもったいない」
「でも、テニスやってる友達の言葉を思い出したんです!スプリットステップ!」
「ほほう。日向くんも気付きましたか」
「ハイ!体をフラットにして、ボールの落下地点に素早く入るための最初の一歩です!」
「うんうん」
名前は嬉しそうに話す日向の頭を撫でる。
「ホワァッ!!」
「ボール拾いにもやれることはたくさんあるからね。そうやって腐らず頑張る日向くんを、お姉さんは応援してるよ」
「ア、アザース!!」
「よし、それじゃあドリンク運んでボール拾いの準備しよう」
「はい!」