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1月中旬、センター試験を受けた名前は、2月の最初の土曜日に志望校の一般入試を受けた。
合格発表は2月中旬だが、試験の手応えはまずますだった。

「名前ー!お疲れ様!」
「徹」

試験を終えた名前を待っていたのは及川だった。

「一は?」
「岩ちゃんは、明日の試験前の最後のラストスパートで頑張ってたよ」
「そっか」
「どうだった?」
「うん。多分大丈夫だと思う」
「さすが名前だねー」

及川はそう言うと嬉しそうに笑った。

「来月からは自由登校になるし、合格発表までソワソワするけどみんなで遊びに行こうよ!」
「卒業旅行?」
「そう!俺は東京行って、夢の国に遊びに行くのもいいなーって思ってるよ」
「たしかに。みんなでパーっと遊びたいね!」
「部活ばっかだったし、最後に高校生らしい遊びしよ」
「だね!」

及川が早速5人のグループにメッセージを入れようとするが、名前はそれを止める。

「明日、一の試験が終わってからにしよ」
「それもそっか。邪魔しちゃ悪いよね」
「そうそう。花巻と松川は試験終わったんだっけ?」
「確かマッキーは昨日で、まっつんは名前と一緒で今日だったと思う」
「そっか。全員合格しますように!」
「うん!」

名前と及川は両手を合わせて祈るポーズを取って、そう言った。







2月14日、バレンタインデー。
この日は、登校日で久しぶりに3年生たちが学校に登校していた。

「おはよう」
「おう」
「おはよー」

名前と岩泉は、下駄箱で花巻と松川に会った。

「?あれ?及川は?」
「置いてきた」
「なんで?」

2人は及川の姿が見当たらないことに気付き、名前に聞くと「高校最後のバレンタイン。ラッキーなことに登校日。イコール、女の子たちの群れ」と嫌そうな顔をしながら校門の方を指さす。

花巻と松川が名前の指さした方向を見ると、いつも以上に女子生徒に囲まれている及川の姿が見えた。

「あー…、すげえ女子の殺気」
「最後だからここぞとばかりに集まってるね」
「あいつがアルゼンチン行くのももう回ってんだろ?それもあってか今年はエグイな」

普段であれば女子に囲まれている及川を見ると苛立つ岩泉も、さすがに今回は及川に同情していた。

「あれは放っておいていいの?」
「いいんじゃない?」
「さっきから及川が助け求めてるように見えるけど」

名前が及川の方を見ると、及川と目が合う。
顔は笑っていたが、あきらかに”助けて!!”と目が言っていた。

「さすがに私にも無理だわ」

名前が首を横に振ると、及川は白目をむいた。

「まあ、チャイムが鳴るまでには解放されるんじゃない?」
「1、2年は普通に授業だしな」
「俺らは自習だけどな」
「それもそうだな」

そう言うと、4人は及川に”頑張れ”の意味を込めて手を振ってから教室に向かう。

「そうだ。先に渡しておくね、ハイ」

名前は持っていた紙袋から綺麗にラッピングされた包みを取り出すと、3人に手渡した。

「お!今年はマネージャー全員からじゃないんだな」
「もう引退してるからね。今年はお世話になったあんたたちと、レギュラーで頑張ってくれた渡と京谷と新キャプテンの矢巾、後は金田一と国見にだけ作ってきたから内緒にしてね」
「よっしゃ!」
「これで0個は回避だねー」

チョコを受け取った花巻と松川は、自分たちの教室に向かった。
名前と岩泉が教室に入ると、クラスメイトに写真を撮られる。

「イエーイ、2人の間抜け顔ゲット!」
「不意打ちなのに名前の顔が良いな!!」
「何何?」
「いきなり撮んなよ!」

クラスメイトはカメラで写真をチェックしながら「卒業アルバム用の写真だよ」と答えた。

「今日は卒業文集の原稿作成だって」
「ついでに写真部が写真撮っていきまーす!」
「写真部には大変お世話になりました」
「試合では大変お世話しました」

青葉城西の男子バレー部の公式試合の時は写真部も同行して、たくさんの写真を撮っていた。

「そういうかっこいい写真使ってよね。さっきの間抜け顔は使わないでよ!」
「考えとく!」

クラスメイトはそう言うと、名前と岩泉に原稿用紙を渡した。

「はい。今日中に書いておいてね!」
「了解」
「今日はこれだけか?」
「そうだね。書いたら自由にしていいって」
「さっさと書いて帰るか」
「だね」

名前と岩泉が席に座ると、女子生徒たちから解放された及川が5組に入って来た。

「名前!!岩ちゃん!!置いてくなんて酷い!!」
「わーお、徹ボロボロだね」
「もみくちゃにされたんだよ!」
「女子って怖えーな」
「俺を置いて先に行っちゃう2人のが怖えーよ!」

及川は名前に近づくと力いっぱい抱きしめる。

「徹、痛い」
「癒してよー!俺の身も心もボロボロだよー!」
「ハイハイ」

そんな及川たちの周りに、クラスメイトが集まって来た。

「うわー、すっごい量だな及川」
「紙袋って!準備いいな」
「朝お母ちゃんに渡されたの!さすがに食べ切れないから欲しい人いたら持って行っていいよ」
「えー、それはひどいんじゃん?」
「一応受け取ったんだし、捨てることになるよりマシでしょ!」

そう言うと、及川は紙袋を差し出した。

「全部既製品じゃん」
「手作りは受け取らないって伝えてるからね」
「なるほどな」
「お、これ美味そう!」
「俺も俺も!」

及川の貰ったチョコレートに群がる男子生徒たちを見て「うちのクラスの男子は非モテばっかか!」と周りの女子生徒たちがあきれる。

「及川に比べたらみんな非モテだろ!」
「おまえらだって義理チョコすらくれないだろ!最後のバレンタインなのに!」
「なんでうちらがあげる前提なの?」
「ウケるー」

紙袋の中身を見ていると「あ、これ食べたいからもらっていい?」と名前が聞く。

「いいけど、名前は俺に渡すものがあるんじゃないの?」

紙袋の中を見ている名前に、及川が聞く。

「及川さんはこんなにたくさんもらってるんで、いらないんじゃないんですか?」
「名前からのチョコしかいらないよー!」
「んなこと言って、受け取ってんじゃねえか」
「岩ちゃんさっき校門のところで見てたよね!?押し付けられてたの!」

及川はしくしくと泣きまねを始める。

「俺は名前のチョコを楽しみにしてたのに、女子に囲まれても助けてくれないし、冷たいし…」
「さすがにあの女子の中に入っていく勇気はないわ」
「同感だな」
「岩ちゃんがいつもみたいに舌打ちしてくれたらみんな一瞬でいなくなったよ!」
「俺がいつも舌打ちしてるみたいに言ってんじゃねえ!」
「俺に対してはよくしてるから間違いじゃねえな!」

騒いでいる及川と岩泉を無視して、名前は自分の席に戻ろうとする。

「ちょっとちょっと!名前ちゃん!?」
「もううるさい。徹はいつまでウチのクラスにいるの?これ持って早く6組戻りなよ」

そう言うと、名前は紙袋から包みを取り出して及川に渡す。

「名前…!!」

及川は満面の笑みでそれを受け取ると「ありがとう!大事に食べるね!」と言って、自分の教室に戻って行った。

「満身創痍だった及川のHPが一瞬で回復した…!」
「さすが名前だね」
「及川って、本当名前のこと好きだよねー」
「もはや母ちゃんみたいなもんだろ」
「徹のお母ちゃんポジは一のものだよ」
「いらねえよ!」

卒業文集の原稿を書き終え、卒業アルバムの写真を撮ったりしているとあっという間にお昼の時間になる。

「私、1年と2年の教室行ってくるから先に食べてて」
「おう」

名前は教室を出ると、まず2年生の教室に向かい、渡、京谷、矢巾の3人に作ってきたチョコレートを手渡す。

「はい!今年はガトーショコラにしてみたよ」
「あ、ありがとうございます!」
「今年も名前さんからチョコをもらえるとは…ありがとうございます!」
「ケッ、別にいらねえよ」
「京谷は去年いなかったから初めてあげるね。味は保障するからありがたく受け取りなさい」

嫌がる素振りを見せる京谷に包みを押し付けると、しぶしぶといった様子で京谷が受け取る。
よく見ると、少しだけ口角が上がっている京谷。
それに気付いた矢巾は「普通に喜んでんじゃん…素直になれよな」と小さな声で言った。

「あ!?うるせえ!」
「名前さん、この後は1年の教室ですか?」
「そうだよー」
「それなら早く行かないとですね。本当にありがとうございます!また部活にも顔出してくださいね」
「本当ですよ!待ってます!及川さんたちにも言っておいてください!」
「了解!また行くね」

そう言って名前は手を振ると、1年の教室に向かう。
1年5組の教室の中を覗くと、国見と金田一の姿を見つけた。
名前の姿に気付いた金田一が国見に声をかけると、国見が後ろを振り返る。

「名前さん」
「ヤッホー!」

国見と金田一は席を立ち、廊下まで出てくる。

「ハッピーバレンタイン」

そう言って、名前は紙袋に入っていた包みを2人に渡す。

「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「1年生は2人にしか作ってないから、内緒にしてね」
「ハイ!」
「大事に食べます」

2人に渡すことができて満足した名前は「それじゃあ」と言って3年の教室に戻る。

「名前ー!おかえり!」
「ただいま」
「無事に渡せたか?」
「うん」

名前はお弁当を取り出すと、急いで食べ始める。

「もう帰るだけなんだし、そんな急がなくても大丈夫だろ」
「たしかに」
「今日はこの後どうする?」
「みんな国立は受けないから勉強って感じでもないよな」
「パーッとカラオケでも行くか?」
「いいねー!」
「行きたい!」

そう言って5人が盛り上がっていると「及川ー!呼び出し」と教室の扉の近くにいたクラスメイトが及川の名前を呼ぶ。
廊下の方を見ると、朝と同じように女子生徒たちがチョコを持って集まっていた。

「お、多くない…?」
「よっ!モテ男!」
「褒められてる感じがしないんだけど!」
「これだけの人数相手してたら時間なくなるな」
「こいつはおいてこうぜ」
「岩ちゃんひどい!俺だってみんなとカラオケ行きたいよ!」
「うるせえ!!だったら教室の裏に空き箱設置して、ご自由にいれてくださいって貼り紙でもしとけや!」

岩泉がそう言うと、及川は「岩ちゃんナイスアイディア!それでいこう!」と、目を輝かせた。

「え?本当にやるの?」
「さすがに全員を相手してられないから、及川さんボックス作ってそこに入れてもらうことにする」

及川は職員室に行くと、担任に空いている段ボールをもらい、白い紙にマジックで”及川宛バレンタインチョコはこちら”と書いて貼る。
そして、箱を持って廊下に出ると「ごめーん!今日はこの後用事があるから、この箱の中に入れておいてくれるかな。また後で回収に来るから!」と女子生徒たちに告げる。

「マジでやりやがった」
「あれ、岩泉の冗談のつもりでしょ?」
「半分本気だ」
「半分は本気だったのね?」
「どうせ全部は食べられないんだから、断ればいいのに」
「徹は優しいからね。高校最後のバレンタインだし、さすがに受け取るだけはしようって思ったんじゃない?」

そう言った名前を見て、花巻は「…正妻の余裕」と呟く。

「だれが正妻だ」



この日は5人でカラオケに行き、後日回収された及川さんボックスには入りきらないくらいのチョコで埋め尽くされていた。



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