自分の部屋から出て、リビングに向かうとお母さんが私に気づいた。
「おはよう」
「うん、おはようお母さん」
「おはよう」
「お父さんもおはよう」
顔を洗って、口をゆすいでからリビングに戻る。
そして、椅子に座ってお母さんの作ってくれた朝食を食べながら、他愛のない会話をする。
「今日は少し暖かいわね」
「本当だね。もう春が近いね」
「卒業式が終わったらクラス会みたいなのがあるんでしょ?」
「うん。その予定だよ」
「そしたら帰りはまだ寒いだろうから、気を付けてね」
「ありがとう」
食べ終わったら歯磨きをして、部屋に戻って制服に着替える。
今日は卒業式。
制服を着るのは、これで最後だ。
「卒業式、楽しみにしてるわね」
「うん」
「名前」
「何?」
「卒業おめでとう」
「ありがとう。お父さん、お母さん、本当にありがとう」
家を出て、いつもの待ち合わせ場所まで歩く。
こんな風に歩くのも、今日で最後だと思うと少し寂しい。
「も〜!!岩ちゃんはなんでそうなんだよ!」
「うるせー!おまえがいちいち細かいんだろうが!」
「俺が細かいんじゃなくておまえがおおざっぱなの!」
待ち合わせ場所が近づくと、2人の大きな声が聞こえてきた。
卒業式の日だっていうのに、2人はいつも通りでなんだか安心してしまう。
「おはよう」
「あ!名前!おはよう!」
「おう」
「なーに朝からモメてんの」
「名前ー!聞いてよ!岩ちゃんが雑すぎてさー」
「だからおまえが細かいんだよ!」
「朝から元気だね」
本当に、いつも通りの2人で逆に少し泣きそうになる。
この2人の姿を見られるのも、今日が最後なんだな。
「この通学路も今日で最後だね」
「名前!あんまりそういうこと言わないで!学校着く前に泣かせるつもり!?」
「ただの感想なんだけど」
「それはそうだけど、しんみりしちゃうでしょ!」
「おまえのテンションのせいで泣きたくても泣けねえよ」
「岩ちゃん酷い!」
徹が私に手を差し出してきた。
「なに?」
「ん?最後の登校だからさ、手繋ご」
「さすがに朝はちょっと…」
「なんでだよ!」
「もう子どもじゃないしね」
「名前も酷い!」
「いいからさっさと行くべ。遅刻すんぞ」
「うん」
一にそう言われ、私は徹を無視して歩き出した。
学校に着くと、バレンタインの時と同じように女子生徒たちが待っていた。
「及川せんぱ〜〜〜い!!」
「卒業しちゃうの寂しいです」
「ありがとう、そう言ってもらえて俺も嬉しいよ」
「及川さーん」
徹目当ての女の子たちばかりで、みんな泣いている。
そんなに徹のことが好きなんだなって、少し驚くけど、まあ徹がモテる理由もわかる。
「おい、この前みたいに置いてくぞ」
「ちょ!待ってよ岩ちゃん!ごめんね、みんな。また卒業式が終わった後に話そうね!」
徹はそう言うと、女の子たちの中から抜け出して駆け足で寄ってくる。
「さすがに今日は置いてけぼりは寂しいって」
「ならさっさと来い、グズ及川」
「相変わらず岩ちゃんは悪口のレパートリーが少ないね!」
「あ?」
「ハイハイ、こんな日にまでケンカしないでよねー」
ケンカがヒートアップする前に私がそう言うと、一が「…それもそうだな」と言って教室に向かう。
「じゃあ徹も、また後でね」
「うん」
体育館に移動して、卒業式が始まる。
先生の挨拶が終わると、卒業証書が手渡される。
青葉城西では代表者のみが手渡されるので、3年1組の学級委員長の名前が呼ばれていた。
校歌を歌い、卒業生代表の挨拶が終わると退場になる。
卒業式自体はあっという間に終わり、自分の教室に戻る。
「みなさん、卒業おめでとう」
教室に戻ると、担任の先生が話し始める。
「これで高校生活は終わりです。だけど、君たちの人生はまだまだこれから。進学をする人、就職をする人、地元に残る人、ここを出ていく人、それぞれの道に進んでいくと思います。だけど、忘れないでほしいのは君たちの味方はたくさんいる。だから前を向いて頑張ってほしいです」
「先生いいこと言うね!」
「最後だからってかっこつけすぎ」
「最後くらいかっこつけさせてくれよ!」
先生の真剣な言葉に、クラスメイトが茶々を入れる。
「君たちの担任になれてとても光栄だったよ。何かあったら、…何もなくてもいつでも遊びに来ていいからな!」
「ありがとうございました!」
「先生ありがとう!」
「これからもよろしく!」
先生の話が終わると、みんなで写真を撮り始めた。
「名前!写真撮ろ!」
「うん!」
クラスメイトから誘われて、私も写真を撮る。
「名前は大学に行ってもバレー部のマネージャーやるの?」
「うーん、まだ考えてないけど、大学ではもう一度バレー部に入るのもいいかなって思ってるよ」
「そうなの?」
「うん。私の見たかったバレーは岩泉と及川のバレーだからね」
「はあ〜愛だねぇ」
「愛です」
私がそう言うと、クラスメイトはニッコリと笑った。
「でも勉強に集中したいから、まだやると決めたわけじゃないけどね」
「そっかそっか。まあ名前なら、なんだかんだどんな形であれバレーに関わり続けるんだろうなって思ってるよ」
「うん。それはね、もう間違いない」
「私は地元に残る組だから、なかなか今みたいに会えないだろうけど、これからもよろしくね!」
「もちろん!」
そんな話をしていると、廊下が騒がしくなってきたことに気づく。
「廊下騒がしいね?」
「下の学年の子たちが来たかな?」
廊下の方を見ると「名前さん」と名前を呼ばれる。
「国見!金田一!」
「こんにちは!」
「岩泉さんも」
「おー」
私と一は、廊下にいる国見と金田一のそばに行く。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう!」
「お、おめでとうご、ございます!」
「アハハ、金田一めっちゃ泣きそうになってるね!」
「さ、寂しいです!!」
「こうやって言ってもらえるのは嬉しいな」
「だね」
金田一は泣きながら「い、岩泉さん!もし、よ、よければ、ね、ネクタイ…ください!」と言った。
「俺のネクタイなんかどうすんだ?」
「記念に!お、おでのぜんぱいはずごいんだぞって…っ!」
「何言ってんのかわかんねえな」
一は呆れた顔で笑いながらもネクタイを首から取ると、金田一に手渡した。
「ほら。大事にしろよ」
「は、ハイ!!ありがとうございます!!」
「国見も頼まなくていいの?」
「…俺は名前さんのネクタイが欲しいです」
「私の?」
「はい」
「誰にあげる予定もなかったし、別にいいよ」
私がそう言うと、国見の表情が少しだけ緩んだように見えた。
ネクタイを取って国見に手渡そうとすると、国見に渡す前に腕をつかまれた。
「京谷?」
「…」
横を見ると京谷と、その後ろには渡と矢巾がいた。
「京谷?どうしたの?」
「…ッス」
「え?」
「…あの、手を放してもらってもいいですか?」
「…」
「京谷…もしかしてあんたもネクタイ欲しかった?」
「…べ、別にいらねーよ!」
「なんなの」
急に耳元で大きな声を出さないでほしい。
京谷はそう言うと、私の腕を開放した。
「ネクタイは国見にあげるけど、京谷にも何かあげよう」
「!!」
「欲しいなら欲しいってちゃんと言いなさいよ。ツンデレなんだから!」
「…」
ブレザーの一番上のボタンを取ろうとしたが、なかなか千切れない。
「一…」
「あ?」
「ボタン取って」
「…ほら」
一が取ったボタンを受け取ると、私は京谷に手渡した。
「はい。大事にしてよね」
「…ッス」
「名前さん!俺も欲しいです!」
「お、俺も…!」
「2人も?」
2人にあげるためにもう一度、一にボタンを取ってもらっていると、隣のクラスから徹がやってきた。
「あー!!名前が俺以外にネクタイとボタンあげてる!!?」
「あんた…自分の格好見てから言いなさいよ」
「すげえな」
徹はネクタイはもちろん、ブレザーもなければワイシャツのボタンも全てなくなっていて、下の肌着が見えていた。
かろうじてズボンは無事。
「みんな問答無用で取っていくんだもん!追い剥ぎにあった気分だよ!!」
「それだけ丸裸にされてる徹には何も言われたくない」
「名前ちゃん嫉妬かな?」
「なわけあるか」
そう言った私を嬉しそうな顔で見る徹。
「安心して!ちゃーんとワイシャツの第二ボタンは死守したからね!これは名前の物だよ!」
徹は、私の手を取るとズボンのポケットからボタンを取り出した。
「ハイ!」
「…別にいらないけど」
「素直じゃないなー!」
「…まあ、ありがたく頂戴しておきます」
「どうぞお納めください」
「一の第二ボタンもくれるんだよね?」
「ほらよ」
一から第二ボタンを受け取る。
「お、及川の格好やばいな」
「本当だー。寒そう」
花巻と松川が5組にやってきた。
「まっつん!マッキー!」
「寒くないの?」
「寒いよ!でもジャージも取られたの!」
「え、やばいな。ほとんど全部取られてんじゃん」
徹の言葉に2人が笑う。
「仕方ないから部活のジャージ着てくよ。さすがに部活のジャージだけは取られなかったから」
「改めて及川の人気を再確認したわ」
「俺ってばモテモテだよねー!」
「岩泉、一発殴ってくれ」
「任せろ!」
「ちょっとやめてよね!こんなめでたい日に!」
本当に今日で最後なの?と思うくらい、みんないつも通りのテンションだ。
「名前さん」
「ん?」
国見は「…東京だし、忙しくなると思うんですけど、…また遊びに来てくださいね」と言った。
「もちろん!頑張ってね。応援してるから」
「はい。ありがとうございます」
「あ、あの!写真取りませんか?みんなで!」
「いいね!撮ろうか!」
矢巾の提案で、ここにいるバレー部で写真を撮ってもらう。
「撮るよー!ハイ、チーズ!」
ありがとう、青葉城西高校。
ありがとう、男子バレーボール部のみんな。
ありがとう、徹、一。
3年間、ありがとうございました。