「私の住むアパートなのに、なんで徹が一緒に内見に来るの?」
「だって心配じゃん!名前が住む場所なんだよ?ちゃんと見ておかないと!」
「素敵な彼氏さんですね」
「それほどでも!」
「彼氏じゃないです」
なぜか徹も一緒に内見についてきて、私以上に真剣に不動産屋さんの話を聞いていた。
「本当、徹くんは名前のこと好きね」
「過保護だよね。お母さんよりも過保護な気がする」
「愛ね」
「やめて」
いくつか見て、大学までの距離、治安、一の住む家との距離などを考慮して、徹からも花丸をもらった物件を契約した。
「やっと物件が決まって一安心だな」
「だね。後は入学式までに必要な物を買いに行ったりしないとだね」
「ガイダンスとかめんどくせー」
「行かないと入学できなくなるよ」
「だよな」
「岩ちゃんと名前の買い物に俺も付き合うからね!」
「おまえそんな暇あんのか?荷造りは終わってんのかよ?」
「うん!俺は受験勉強もなかったし、もうバッチリ終わってるよ!」
卒業してから私たちは、暇さえあれば3人で集まっていた。
新居で必要な買い物や、引越しの準備など、やることはたくさんあったけど、家族と徹の協力のおかげでスムーズに進んでいった。
そして、3月下旬。
私と一は同じタイミングで引越しをした。
私たちの引越しが終わった2日後に、徹がアルゼンチンに旅立つ。
引越した日は、3家族がうちに集まって私たちの新しい門出を祝ってもらった。
「私たちも見送りに行こうかなって言ったんだけどね」
「来なくていいよ!もう十分!」
「って言うのよ」
「寂しくなっちゃうもんね」
「そんなんじゃねえよ!」
徹は焦ったようにそう言ったけど、徹の表情を見て、やっぱり寂しいんだろうなと思った。
だけど、徹は自分のバレーボールのためにアルゼンチンに行くんだから、余計なことは言わないでおこう。
次の日、私と一、そして徹の3人で東京に出発。
出発の日まで、徹は一のアパートに泊まっていた。
そして、徹の出発の日を迎える。
「おはよう」
「おう」
朝、私が一のアパートに行って2人と合流、その後3人で成田空港に向かう。
「まっつんまでいる!?」
空港に着くと、花巻と松川の姿があった。
「イエーイ、サプライズ」
「まっつん東京来てたの?」
「そう。昨日から花巻のとこ泊めてもらってたんだ」
「及川の見送りは、やっぱこの4人でなくちゃね」
「マッキー…まっつん…!!」
徹が嬉しそうな顔をする。
「手続きまで時間あるからさ、あっちに座ろうか」
「だな」
近くのベンチに座って5人で話をする。
「徹、お腹空いてない?」
「朝ご飯食べたから大丈夫だよ」
「岩泉んとこ泊まってたんだろ?おまえら料理できんのか?」
「あ?できるわけねえだろ」
「コンビニのおにぎりだね」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよプロのバレーボール選手?」
徹の言葉に、花巻が微妙な表情をしてそう言った。
「まあ、むこうでは寮だし、前の日までに伝えておけばご飯も出てくるみたい」
「へー。なんか学生寮みたいだな」
「やっぱりスポーツ選手は体が資本だからね。ありがたいよ」
「でもずっとそこに住んでられるわけじゃないんでしょ?」
「うん。独身のうちまでかな?もしかしたら年齢制限があるのかもしれないけど」
「まあそうだよな」
「でも大丈夫!俺がオリンピック代表に選ばれて、胸を張っていい男って言えるようになったら名前を迎えに行くから!そしたら名前にご飯作ってもらうから問題ないよ!」
「勝手に決めてんじゃねーようんこ野郎」
「久しぶりに聞いたなその悪口!」
松川が私の方を見て「なんて言ってるけど?」と聞いてきた。
「いつもの戯言だね」
「戯言って」
私の回答に松川は笑った。
「名前ちゃん酷い!戯言じゃないんですけど!」
「あれそうなの?」
「わかってるくせに酷い!!」
「及川うるせーよ!!周りに迷惑だろうが!」
「岩ちゃんの声の方がでかいよ!」
2人のやり取りを聞いていて、本当にいつも通りの阿吽コンビだと嬉しくなる。
時計を見ると、もうすぐ12時になる。
「そろそろ時間だね」
そう言うと、徹は立ち上がってリュックを背負うと、持ち込み用のスーツケースを手に取った。
徹の乗る飛行機はたしか13時。
飛行機は手続きが多いから、早めに搭乗口に向かわないといけない。
「頑張ってこいよー」
「活躍期待してるよ」
「まっつんもマッキーもありがとう!」
徹は松川と花巻にお礼を言うと、一の方を見た。
「…忘れんなよ」
「?」
「あの日、俺がおまえに言ったこと」
「あの日って…」
「…アルゼンチンの裏側から応援してるからな、相棒」
「…おう!」
2人はそう言うと、あの日と同じように拳を合わせた。
「名前」
「…ん?」
徹は私の前に立つと、スーツケースから手を放し、私のことを抱きしめた。
「名前…」
「うん」
「俺…頑張ってくるから」
「…うん」
「誰にも負けない、超強いセッターになるから」
「うん」
「…だから、名前も…見ててね。俺のこと」
「言われなくても、ずっと徹のこと見てるよ」
私がそう答えると、徹は抱きしめる力を少し強める。
「でっけー男になって迎えに来るから」
「ふっふふ」
「それまでは岩ちゃんの言うこと聞いて大人しく待っててよ」
「なにそれ」
徹の言葉に思わず吹き出す。
「立派になって帰って来い!」
「うん!」
「それで、もし辛いなとか苦しいなって思ったら溜め込まないで、チームメイトに吐き出しなよ?言いにくかったら私たちでもいいから。一人で背負い込むのは徹の悪いクセだからね」
「…了解」
「…よし」
私も徹の背中に回している腕の力を強めた。
「徹が頑張ってるの知ってるし、これ以上頑張れって言うつもりはないけど…それでもやっぱり頑張れって伝えたい」
「ありがとう」
「負けるな!」
「おう!」
一が「おい、そろそろ時間ヤバイ」と徹に声をかける。
「あーもう!名残惜しいけど行くね!」
「これで飛行機乗り遅れたら笑えるな」
「笑えねえよ!」
花巻にそう言われた徹は、少し急いで保安検査場に向かう。
セキュリティチェックを受けて保安検査場を抜けた徹は、もう一度こっちを向いた。
「名前!」
「ん?」
私が答えると、徹はニコっと笑顔になり「Te amo y nunca me cansare de hacerlo!」と大きな声で言った。
「…発音が悪くてなんて言ったのか聞き取れない!」
「酷い!!もっと発音も頑張ります!」
「はい、いってらっしゃい!」
徹は手を振ると、そのまま出国審査を受けるための列に並んで審査を受けると、そのまま搭乗口へと移動していった。
「行っちまったな」
「…だね」
「あれ、最後の及川のって、スペイン語?」
「うん」
「なんて言ってたの?」
「んー…なんだろうね」
「だいぶかっこつけてたから、なんかいいことでも言ってたんだろ」
「発音が下手で聞き取れないって、かっこ悪いよね」
「及川らしいな」
「本当にね…本当に、徹らしいよ」
あーあ、行っちゃった。
日本の裏側に旅立つ徹に、最大限の敬意と最上級の愛を込めて。
Te amo y nunca me cansare de hacerlo.
愛してる。そして、いつまでも愛し続けるよ。