「ポーチ落としたから拾いに行ったわ」
「ポーチ?」
「大切なポーチなんやろ」
「おまえ、名前のこと守る言うてたんに置いてったんか?」
「しゃあないやろ。人めっちゃおって、名前のこと追いかけられへんかってん」
侑は「ハアアアアァ!?余計アカンやろ!」と言うと、治を呼んだ。
「サム!ちょっと名前のこと迎え行ってくるわ!」
「はよ戻らんと、北さんに怒られんで」
「わかっとるわ。適当に誤魔化しといてや」
「いや、無理やろ」
そう言うと、侑は体育館の中に戻って行く。
「どこにおんねん」
体育館のロビーをキョロキョロと見回していると、佐久早の後ろ姿を見つけた侑。
「臣くんやん。知らんと思うけど一応聞いてみるか…」
佐久早に名前のことを聞こうと思い、佐久早の方に歩き出す。
「臣くーん」
名前を呼びながら歩いていると、佐久早の体に隠れて見えていなかった名前の姿を見つけた。
「なっ!?」
佐久早が名前の腕を掴んでいることに気づいた侑は、急いで二人に駆け寄った。
そして、横から二人の間に入ると、名前の両腕を掴んで自分の方に引き寄せて後ろに隠す。
「あ、侑くん!?」
「…チッ」
「お、臣くん、何しとんねん」
侑が佐久早のことを睨みながら低い声で聞くと、佐久早ではなく名前が答える。
「あ、侑くん!佐久早くんね、私の落としたポーチを拾ってくれただけだよ!」
「…さよか。ほんなら、さっき名前の腕掴んどったんは何?」
「…おまえに関係ねーだろ」
「関係あるから聞いとんねん」
「関係ある?別におまえらただのチームメイトだろ?」
「今はな!」
佐久早はため息をつくと「別に何もしてねーよ」と言って歩き出そうとする。
「あ、佐久早くん!」
名前が呼び止めるが、佐久早は振り返らず「ちゃんと渡せよ」とだけ行ってそのまま体育館の出口の方に歩いて行った。
「なぁ、ホンマになんもなかったんか?」
「うん」
「じゃあさっきの腕はなんなん?」
「うーん、多分、この御守りが見たかったんじゃないかな?」
そう言うと、名前は手に持っていた御守りを侑に見せる。
「御守り?」
「うん。本当はね、もっと早く侑くんに渡そうと思って買ってたんだけど、なかなかタイミングがなくて渡せなかったの。それで、そのことを佐久早くんに話したんだ」
「ほんで?」
「え、えと…それで、佐久早くんが、欲しいなって言ってて…」
名前のその言葉を聞いて、侑は大きなため息をつく。
「全然なんもなくないやんか…」
「ご、ごめんね。でも、多分佐久早くんは、私にちゃんと渡しなよって言いたかっただけだと思うんだよね!」
「…」
合宿で古森の話を聞いていた侑には、佐久早が意味もなくそんなことをするとは思えなかった。
「…やっぱ好きなんかな…」
「え?」
「…何でもあらへん。ほんで、その御守り。俺がもろてもええんやな?」
侑はそう言うと片手を出す。
「もらってくれる?」
「当たり前やん。むしろ、用意してくれてたんやったらはよ渡してや!」
「ご、ごめんね!はい!」
名前は侑に御守りを渡すと「侑くんはこんな御守りがなくても大丈夫だと思うけど、私の、あ、愛情が入ってるからね!」と顔を赤くしながら伝える。
「名前の愛情たっぷりの御守りやったら、めっちゃご利益ありそうやな!大事にするわ!」
「うん!」
侑は名前の手を握ると「ほんなら行くで?はよ戻らんと、監督たちに怒られてまう!」と言って走り出す。
無事に監督たちに怒られた名前は、しょんぼりした顔をしながら午後からの体育館での練習に参加していた。
「気にしすぎやで」
「ゆっこちゃん…」
ドリンクの準備をしながら、中山は名前のことを励ます。
「久しぶりに監督に怒られちゃったなー」
「しゃあないわな。まあ、渡せへんって騒いどった御守り渡せたんやから結果オーライやない?」
「…うん」
「んー?なんや、他に悩みでもあるん?」
「ないよ」
名前の答えを聞いた中山は「名前がそんな風に即答する時は、絶対なんかあったんやな」と言った。
「な、なんで!?」
「大体ツッコんでほしくない時に即答するんやもん。わかりやすいわー」
「ゆっこちゃんにはバレてる…」
ドリンクにスポーツドリンクの粉を入れながら「ほんで?何があったん?」と中山が聞く。
「大したことじゃないんだけど…侑くんと佐久早くんの仲が変にこじれないといいな」
「何やそれ?」
「ポーチ拾ってくれたの、佐久早くんなんだけどね。一緒にいるところを侑くんが見て、変な勘違いしてないかなーって」
「ただ一緒におるところ見ただけなんやったら、別に勘違いせえへんやろ」
「…そうだよね」
名前の煮え切らない態度を見た中山は「ただ一緒におるところやなかったん?」とさらに聞く。
「…腕をね、掴まれて…」
「誰に?」
「佐久早くん…」
「え?佐久早って潔癖やなかった?」
「…うん。そうだと思ったんだけど…ポーチも拾ってくれたし、そこまでじゃないのかな?」
名前がそう言うと「それか、名前やから特別ってこともあるか」と中山が言う。
「…え!?」
「もしかしてー、佐久早も好きなんやない?名前のこと」
「年に1回の遠征合宿と、インターハイと春高の試合会場でしか会わないのに?」
「そらそうかもしれへんけど、いつどこで恋に落ちるかはその人次第やろ?合宿とかで、佐久早に刺さる何かがあったんかもしれんやん!」
中山にそう言われて過去の合宿のことを思い出す名前だったが、まったく思い当たる出来事がない。
むしろ、去年の合宿では人見知りを発動していて、他校の人間だった佐久早とはほとんど喋ってすらいなかった。
「…何も思いつかないよー」
「まあ、なんかある可能性は高いな!それでも、名前は侑なんやろ?」
「うん…」
ドリンクの準備が終わった二人は、カゴにボトルを入れる。
「せやったら気にせんでええんとちゃう?名前は侑だけを見とればええねん」
「そうだね」
「ホンマに好きやったら好きって言われるやろ。憶測で話しとっても仕方ないしな」
「だね」
カゴを持って、二人は体育館へと戻る。
「まずは明日の試合やな。明日、烏野に勝たんと!」
「明日の試合、楽しみだね!」
「せやな!」
体育館の中に入ると、ちょうど練習の終わる時間を迎えていた。
「名前!ドリンク!」
「はい!」
侑が駆け寄ってくると、名前は侑のボトルを手渡した。
「明日の試合、ベンチに入るんわどっちなん?」
「順番で言うと、私かな?でも、インターハイの時に連続でベンチ入ってるからゆっこちゃんかな」
「ええー!名前がええねんけど!」
「わ、わがまま言わないでよー」
名前がドリンクを配りながら歩いている後ろを侑もついて歩く。
「俺らの活躍、一番近くで見たくないん?」
「見たいけど、それはゆっこちゃんも一緒でしょ?」
「そ、それはそうかもしれんけど…」
「私ばっかりベンチに入ったら贔屓になっちゃうよ」
「せやかて、ずっと傍で見といてほしいねん」
そんな2人の会話を聞いていた治は「ガキ」と呟いた。
「お母さんとわがまま息子みたいな会話」
「なーにが”ずっと傍で見といてほしいねん”じゃボケ。180超えた男がかわい子ぶんな」
「治、辛辣」
同じように聞いていた中山が「別にうちはベンチやなくてもええけどな」と言う。
「ホンマに!?」
「せやけど、条件がある」
「な、なんや…!?」
「コンビニのあんまん奢りな、一週間」
それを聞いた侑は「毎日あんまんなんか食っとったら太るやろ」とボソッとつぶやいた。
「二度と変わらん」
「わー!!すまん!すんまへん!!ごめんなさい!!」
侑は急いで中山に謝り倒す。
「何でこう一言多いんだろうね」
「ポンコツやからやろ」
「アホやなー」
侑は「奢る!めっちゃ奢ったる!なんなら肉まんもつけたるから!!」と必死で中山を説得する。
「約束やからな」
「ハイ!」
「せやったら変わったる」
「ホンマに!?」
中山がそう言うと、名前は申し訳なさそうな顔をした。
「ゆ、ゆっこちゃんに悪いよ…」
「ええねん、ええねん。どーせ、次の試合ではうちがベンチに入ることになるんやし」
「でも…」
「選手たちのやる気を出すのも、マネージャーの仕事やで?」
「ありがとう、ゆっこちゃん」
話がひと段落すると、大見が集合をかける。
「明日のスターティングメンバー発表すんで。尾白、大耳、角名、銀島、侑、治、ほんでリベロが赤木や」
「はい!」
「ベンチ入りのメンバーも、いつでもいけるよう準備だけはしとけや」
「はい!」
「勝ちに行くでー!」
「ハイ!!」
いよいよ、稲荷崎高校の春高初戦が始まる。