小学校1年生の頃、私は女の子の中ではかなり大きい方で、性別問わず私のことを見上げる子しかいなかった。
後から教室に入って来た影山が、席に座っていた私を見て「でっか。身長くれよ」とキラキラした目で言ってきた。
「は?」
「何食ってんの?俺もでっかくなりてーんだよ」
「え?」
「バレーボールは身長でかい方が有利だろ!」
「し、知らないけど」
ただでさえ長身で目立つのに、影山がどんどん話しかけてくるから他の子たちからの視線が集まってさらに最悪だった。
「なあ、聞いてる?」
「名前も知らない子に身長のことからかわれて答えたくない」
「からかう?俺、影山飛雄」
「あっそ!」
今思えば、私も十分ヤな奴だったな。
「おまえは?」
「おまえじゃない。苗字名前!」
「名前な。これでいいだろ?なあ、何食ってんの?」
「別に、普通のご飯だよ。お母さんが作ってくれてる」
「今度おまえん家行ってもいいか?」
「なんで!?」
「何食ってんのか知りてえ」
影山は、当時は小柄で小さかったから、純粋に私の身長に憧れただけなんだろうけど、初対面でこの要求はヤバイ。
私はドン引きしたし、私たちの会話を聞いていた回りの子たちも引いてた。
「なあいいだろ?」
「友達になったらね」
「もう友達だろ?」
「早いな!」
「約束な!」
影山の強引さは昔からだ。
そう、一度言い出したら聞かないし、こっちが”はい”と答えるまでしつこい。
それは昔からずっと変わらない。
「なあ、いいだろ?」
「うわー…そのセリフ、すごいデジャヴ…」
「デブ?俺はデブじゃねぇ」
「言ってないから!デジャヴって言ったの!」
あれから10年、私たちは高校1年生になった。
私と影山は地元、宮城の烏野高校に入学した。
影山は白鳥沢を狙ってたらしいんだけど、どうやら推薦がこなかったようだ。
バレーボールは上手なのに、頭は悪いから自力で白鳥沢に合格できるはずもなく、このままじゃどこにも行けない!と私に泣きついてきたから死ぬほど勉強を教えてギリギリ烏野高校に合格した。
私は特進クラスで、影山は普通クラス。
にも関わらず、昼休みになると毎回私のクラスにやって来る。
「それよりさ、影山。あんた友達いないの?」
「おまえがいんだろ」
「それはそうだけどさー、そうじゃなくて、同じクラスにってこと」
「別にいらねぇ」
そう言いながら、影山は私の席の前の席に勝手に座るとお弁当を取り出して食べ始めた。
「話戻すけどよ、バレー部のマネージャーやってくれよ」
「やだよ」
「なんでだよ」
「いや、むしろなんでだよはこっちのセリフだよ」
「おまえ高校は部活入らねぇって言ってただろ!」
元々、ずっと背の高さを活かしてバスケットをやっていた。
影山にはバレーボールをやれって言われたけど、さすがにそれは断った。
でも、そこまで運動が得意なわけでもないし、もっとやりたいことが見つかったから高校ではそれをやろうと思っている。
「だから、バスケ部には入らないって言ったの」
「カメラか?」
「うん。写真部があれば入りたいなって思ってるよ」
「別に部活に入らなくても、名前なら自分でなんとかなんだろ」
「ちゃんと学びたいじゃん」
私がそう言うと、影山はお弁当箱を机に置く。
「1回見にくればバレーの面白さが分かる!だから来てくれよ」
「別に面白さ分からなくていいよー」
「なんでだよ。なら、おまえはいつ俺のバレーを見に来るんだよ」
「えー…」
「小学校でも中学校でも、結局1回も見に来なかっただろ」
「だって…」
正直に言うと、特に中学時代の影山のバレーは興味がなかった。
だって、金田一と国見からボロクソに聞いてたから。
好きなはずのバレーを、苦しそうにやっているみんなの姿に興味なんて全く湧かなかった。
「…楽しいの?バレー?」
「おう?楽しいぞ。楽しくない時なんかねえ」
「そっか」
それなら良かった。
そう思ってお弁当を食べるのを再開しようとすると「話はまだ終わってねー!」と言う影山にお弁当を取られた。
「ちょ、返してって」
「来るよな?」
「…私が”はい”って答えるまでしつこいでしょ」
私がそう答えると、影山はニッと笑ってお弁当を返してくる。
その顔に私が弱いの知っててやってるだろ。
「とりあえず、見るだけね。マネージャーはやらないよ」
「うっ…!」
そんな顔をしても、やらないものはやりません。
初めて影山のバレーをする姿を見た時、すごく楽しそうにバレーをしていて安心した。
中学時代、最後の試合で金田一たちが影山のボールを拒絶したって聞いた時は、どうなることかと思ったけど、烏野のバレー部ではうまくやれてるみたいだ。
多分、同じ1年生の日向くんと月島くんが影山に物怖じせず色々言ってくれるからだろうな。
先輩たちも、変に委縮しないで影山を1人の人間として見てるからだろう。
あの人付き合いが下手で、私以外とはほとんど会話らしい会話をしてるところを見たことがない影山が、あんな風にしっかりコミュニケーションを取って頑張ってる姿を見ると、少しだけ泣けてくる。
「苗字さん、だっけ?」
「清水先輩」
私が体育館の外から中を覗いていると、3年生のマネージャー、清水潔子先輩に声をかけられた。
「最近よく見に来てくれてるよね。もしよかったら、マネージャーやらない?」
「す、すみません。私は見る専で…」
「そっか。苗字さんがいてくれると、影山がいつも以上に生き生きしてるから、残念」
「生き生きしてます?」
「うん」
清水先輩にそう言われてコートの中の影山に視線を戻す。
私がいる時と、いない時の違いは分からないけど、とりあえず楽しそうにバレーをしていてよかった。
というか、清水先輩に見に来ていたことがバレてた。
「そろそろ休憩だから、体育館の中に入っていいよ」
「部外者なので、お邪魔では?」
「いいの、いいの。臨時マネージャーってことで、少しお手伝いしてほしいな」
そこまで言われたら仕方ない。
清水先輩の後を追うように体育館の中の入ると、ちょうど休憩に入る。
「じょ、女子が増えてる…!?」
「あの子って、最近よく見に来てくれてる子だよな」
「誰かの知り合い?」
「ふら〜って来て、ふら〜っていなくなっちゃうんだよな」
先輩たちからの視線が痛いけど、それを無視して清水先輩からタオルを受け取る。
「それじゃあ配ってくれる?」
「分かりました」
私がタオルを配ろうとすると、バレー部の主将の澤村先輩がやって来た。
「清水、新しいマネージャー?」
「ううん。今日だけ臨時でね」
「そうなのか。俺は澤村大地。バレー部の主将だよ」
「存じ上げております。1年5組の苗字名前です」
私が自己紹介をすると「苗字さん、もしよければバレー部のマネージャーに」と誘われたので「すみません」と丁重にお断りをしておいた。
「コラー!!影山!日向!休憩だって言ってるだろ!!」
あれは副主将の菅原先輩。
怒られてるのは、もちろんバレー馬鹿の影山と同じくらいバレー馬鹿の日向くん。
菅原先輩に怒られてもそのまま練習を続けようとするから、私は呆れてしまった。
「影山!」
私が名前を呼ぶと、影山が視線をボールから私に移す。
「名前!」
「名前!??」
影山が私の名前を呼んだら、清水先輩以外が一斉に私のことを見る。
注目されるの恥ずかしいからやめてほしい。
「かかかかか影山くん、彼女ですかぁ!?彼女なんですかぁ!!?」
「影山に彼女だと!?」
騒いでいる先輩たちを無視して影山はまっすぐ私の方に来る。
「何してんだ?いつも俺が声かける前に帰るだろ」
「まあ、今日は特別。はい、タオル」
「マネージャーやんのか!?」
「やらない」
「…チッ」
「舌打ちしない」
私と影山の会話を聞いていた日向くんが「か、影山の彼女?」と聞いてきた。
「違うよ、ただの小学校の時からの腐れ縁」
「な、なーんだ!そっか!」
そんな話をしていると、隣の特進クラスにいる月島くんと山口くんもやって来る。
「苗字さん、だよね?いつも成績上位で名前載ってる」
「うん。山口くんと月島くんも同じくらい成績上位じゃん」
「なんだかんだ王様が赤点回避してるのは苗字さんのおかげだったんだ」
王様って、影山のことだよね?
月島くんは中学時代の影山のことを知ってるってことか。
なかなかいい性格してるな〜。
「苗字さんが勉強教えてくれてるおかげで、影山が試合に出られた時もあったってことか!」
「そうなんですか?」
「ああ。本当、ありがたいよ。これからも影山のこと、よろしく頼むな!」
澤村先輩たちにそう言われたけど「さ、さすがに高校までのお世話になるかなーと思いますよ」と苦笑しながら返す。
「そうなのか?」
「はい。影山は卒業後はそのままプロにいくつもりって言ってたので」
「プロ!?」
影山の方に一斉に視線が集まるけど、当の本人はケロっとした様子で「まあそうっスね」と答えている。
「じゃあゆくゆくは海外チームに移籍か!」
「まあ、海外は一つの目標っスね」
「すげー!スケールがデカイな!」
「じゃあ今からちゃんと英語とか勉強しとかないと、今後が困るべ」
菅原先輩がそう言うと、影山はタオルで顔を拭きながら「まあ、最初は名前がいるんで問題ないっスね」と真顔で答えた。
「…え!?」
「そ、それって…!」
「か、影山?私がずっと一緒にいる前提で話すのやめて」
サラリととんでもないことを言っている影山に私がそう言うと「なんでだよ?」と不思議そうな顔をする。
「海外まで一緒に行けるわけないでしょ!家族でもないんだし!」
「そ、そりゃあそうだ」
「影山〜!常識的に考えろよ!」
田中先輩と日向くんがそう言うと「じゃあ家族になればいいだけだろ?」と、さらに爆弾発言をかます。
「キャー!影山くん、大胆!」
「菅原、やめなさい」
面白がる菅原先輩を止める清水先輩。
「影山、それ意味分かって言ってるの?」
山口くんがツッコむと「当たり前だろ」と答える。
意味が分かって言ってるなら、余計にダメだぞ影山飛雄。
「俺には昔から名前がいて、それが当たり前なんだよ。今までも、これからも」
「か、影山…?」
「手放す気はないからな」
影山は私の方を見ると「なあ、いいだろ?」と言ってニッと笑った。