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次の日、稲荷崎のメンバーは東京体育館にいた。

「ほんなら今日の夕方、ここに集合で。遅れたら置いてくからな。時間までは各自、自由や」

黒須がそう言うと、各自好きなように過ごすために散らばった。

「中山、名前」

北に呼び止められた名前たちは「どうかしましたか?」と聞く。

「集合時間より少し早めに戻って来てほしいんやけどええか?」
「もちろんですよ」
「荷物ですか?」
「せや。毎年なんかしら忘れ物する連中がおるからな。最後にしっかり確認せな」
「ですね」

北と別れた後、中山は「名前、どうする?」と聞いた。

「そうだね。やっぱり烏野高校の試合が見たいかなー」
「せやな!ウチに勝ったんやし、このまま優勝してもらわなアカンな!」
「でも佐久早くんと古森くんの試合も見たい気持ちもある」
「井闥山ってどことやったっけ?」

トーナメント表とコートの場所を確認しようとしている名前に、今まさに話をしていた井闥山学院の古森が話しかけてきた。

「苗字と中山じゃん!」
「古森、それに佐久早やん」
「昨日はおつかれー!めっちゃいい試合だったけど、惜しかったな」
「そっちは順調に勝ち上がってるみたいやん」

名前は「2人とも次の試合も頑張ってね」と応援する。

「今日帰るんだっけ?」
「うん。多分準々決勝までは見れると思うよ」
「どこ見に行くの?」
「烏野と井闥山で迷ててん」
「あー、それは迷うわ!でも俺たち的には、俺らの試合見に来てほしいかな!な、佐久早!」

古森に話をふられた佐久早は「俺にふるな」と一言返す。

「見に来てもらいたいだろ!」
「うるせえ」

開会式の後のことがあり、名前は少し気まずそうにしていた。
そんな名前の様子に気づいた佐久早は少し考えてから「苗字」と名前の名前を呼ぶ。

「は、ハイ!」
「何で敬語?」
「あ、アハハ…」
「ちょっとだけいい?」
「え?」

佐久早はそう言うと、返事を待たずに名前の腕を掴むと東京体育館から出る。

「…連れてかれてもうたな」
「だいぶ冷静だな!追わなくていいの?」
「まあ、あんたらは試合もあるしそれまでに必ず戻って来るやろ?」
「それはそうだけど…」

中山は、名前が連れて行かれた方を見たまま「それに、このまんまやと気まずいやろ、お互い」と言って苦笑した。

「それもそうだな」





東京体育館を出て、人通りの少ない駐車場まで来ると、佐久早は名前の腕を解放した。

「あ、あの…」
「…付き合うの?」
「え?」
「宮と。昨日、噂になってた」

名前は昨日のことを思い出して顔を赤くした。

「お、お見苦しいところを…」
「宮のどこがいいの?」
「…えっと」
「この前の合宿の時、宮が”名前は俺を顔で選んだんじゃない”って言ってたから」

そう言われた名前は「(こ、答えた方が…いいんだよね?)」と思い、口を開く。

「私…今までバレーボールと触れ合ってこなかったんだけど、初めて侑くんのバレーをしている姿を見た時、気持ちが揺さぶられたの。綺麗だなって…。それで、大好きなバレーに真摯に向き合ってる侑くん自身にだんだん惹かれていったんだ」
「…そう」

名前の答えを聞いた佐久早は「…もし」と話を続けた。

「もし、苗字が最初に出会ったバレーが…俺だったら…。俺のこと好きになった?」
「え?」

佐久早のもしもの話を聞いた名前は「わ、私の勘違いじゃなければ…さ、佐久早くんって…そ、その…」とうつむきながら言う。

「好きだよ」
「っ!」
「苗字のこと、好きだよ」
「え、っと…ど、どうして?」

名前には佐久早がなぜ自分のことを好きになってくれたのかがわからなかった。

「初めて遠征で稲荷崎と、夏に練習試合したの覚えてる?」
「1年生の時の?」
「うん」

名前は1年生の夏、稲荷崎高校で井闥山学院と練習試合をした時のことを思い出す。

「あの時、何かあったっけ?」
「…高校生になってから初めての夏の遠征で、自分の体調管理が上手くできてなくて、練習中に吐いた」
「…ああ!あの時!」

佐久早の言葉を聞いて、名前は思い出した。
夏の練習試合、体育館の中は蒸し暑く、試合前の練習中に佐久早が体育館の端でもどしてしまった。

「あの時、俺…最悪の気分だったんだ。でも、そんな俺に真っ先に駆け寄ってきたのが苗字」
「…」
「人の吐いた物を躊躇なく片付けて、俺の体調に気を遣ってくれて…感動した」
「そ、そんな…大げさだよ」

名前は、まさか佐久早がその時のことをそんな風に思っていたとは思わなかった。

「それはきっかけ。その後も、遠征とか合同練習とかで会う度、優しくていい子なんだなって思った。雑用とかも率先してやってるし、周り見て声かけてるし」
「佐久早くん…」
「それが理由」
「…ありがとう」

佐久早は「…俺が先に苗字と出会ってたら、俺のこと好きになった?」と聞く。

「…佐久早くん…私は」

佐久早の質問に答えようとする名前の言葉を、佐久早は「やっぱなし」と遮った。

「え?」
「…そんな顔されたらこれ以上聞けないよ」
「佐久早くん…ごめんね」
「いいよ。俺が開会式の時に余計なことしたから。苗字、気にしてたんでしょ?」

名前はコクっとうなずく。

「苗字と気まずくなるのは嫌だし」
「…私、佐久早くんのバレーも大好きだけど…やっぱり侑くんのバレーが一番好きなんだ」
「…なしって言ったのに、ハッキリ断ってくるね」
「ご、ごめんなさい…」

名前が謝ると、佐久早はマスクの下で口角を上げた。

「ま、そういう苗字だから好きになったんだけどね」
「うう〜…。試合前の大事な時にごめんね」
「そこは苗字が気にするとこじゃないでしょ。俺が話したかったから、話せて良かったよ」
「…ありがとう」

携帯の着信音が聞こえてくると、佐久早がポケットから携帯を取り出した。

「…チッ」
「古森くん?」
「そう。そろそろ時間だから行くわ」
「うん。試合、頑張ってね」

佐久早は名前のことをジッと見つめると「宮に失望したらいつでも俺のとこ来ていいよ」と言う。

「そ、そんな時こないよ!」
「残念」

そう言ってマスクの下で笑った佐久早は「次の試合、俺たちの応援よろしく」と言って体育館に向かって歩いて行く。
そんな佐久早の後ろ姿を見つめながら、名前は「佐久早くん、ごめんね。…好きになってくれてありがとう」とつぶやいた。



体育館の中に戻った名前は、中山の姿を探す。

「ゆっこちゃんどこにいるんだろう」

携帯を取り出して中山に電話をかける。

『もしもし?話終わったん?』
「うん、ゆっこちゃんどこにいる?」
『烏野の試合見んのに観客席おるで』
「私、井闥山の試合見ようかなって思うから、3回戦が終わった後に合流しようか」

名前がそう言うと『…烏野見んでええの?』と中山が聞く。

「…うん。佐久早くんに、応援よろしくって頼まれたし、私も見たいなって思ったから」
『…さよか。ほんなら3回戦が終わったら体育館の入り口ンとこ集合やな』
「了解!」

名前は井闥山学院を応援するために、井闥山の応援団がいる席に向かう。

「名前ちゃん」
「倫太郎くん」
「名前ちゃんも井闥山?」

向かう途中で角名に声を掛けられた名前。

「うん」
「侑たちと一緒に烏野の試合見るんだと思ってた」
「き、昨日のことがあって、侑くんと一緒にいるとちょっと恥ずかしいの」
「付き合ったばっかで?侑の自業自得だけどかわいそ」

そう言って角名が笑う。

「それだけ?」
「え?」
「名前ちゃんが侑と一緒にいないのは、それだけが理由なの?」
「…それだけ」

名前がそう答えると、角名は「佐久早に告白でもされた?」と聞く。
角名の言葉に名前は思わず角名の方を向いた。

「あ、図星だ」
「な、なんで!?」
「さっき佐久早に連れてかれるとこ見かけたらから。それに、うまく隠してるつもりだったんだろうけど、遠征とか練習で一緒になるたんび、名前ちゃんのこと見てるなーって思ってたから気づくよね」
「…き、気づかなかった…」
「それは、名前ちゃんには侑がいるんだし、俺たちのマネージャーなんだし仕方なくない?」

名前は「…傷つけちゃったかな…」とつぶやいた。

「想いに答えられないのなら、変に曖昧にするんじゃなくてハッキリ断った方がいいでしょ。名前ちゃんのためでもあるし、佐久早のためでもあるし、侑のためでもあるよ」
「…そう、だよね。でも、試合前だしタイミングが…とか色々考えちゃって」
「試合前に言ってきたのは向こうなんだから気にしなくていいよ。そんな隙だらけだと、侑が心配しちゃうよ」
「うん…ごめん」

角名は苦笑しながら「ハイ、そんな暗い顔しないで!試合見て、侑のところに戻ってちゃーんと愛を伝えなよ」と言った。

「…そうだね」



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