名前は、この後の練習試合で使うボトルを洗っていた。
「苗字さん!」
「どうしたの?」
1年生2人に声をかけられて、名前は手を止めて振り返る。
「手伝います!」
「大丈夫だよ?」
「たくさん量あるやないですか」
「もうすぐ終わるし、これが私の仕事だからね。2人はちゃんと練習しないと」
「今昼休憩に入ったんで、気にせんといてください!」
「ならなおさらちゃんと休まないと。練習して、ご飯食べて!」
「でも…」
名前の言葉になかなか引き下がらない2人。
どうしようか、と名前が考えていると別の方向から「名前!」と名前を呼ばれた。
「侑くん」
「あ、侑さん!」
「や、やべ…」
「何がやばいん?」
「い、いえ…」
眉間にしわを寄せながら怖い顔をした侑が名前と1年生の2人に近づく。
「何やっとんねん、はよ飯行けや」
「は、はい!」
「すんませんでした!」
侑にすごまれ、1年生2人はその場から走って逃げて行った。
「侑くん」
「ん?」
「ちょっと顔が怖いよ」
「もともとこういう顔や!」
「そんなことないでしょ」
侑は名前の言葉を無視して「これ、運ぶんやろ?」と、置いてあったボトルが入った箱を持ち上げようとする。
「あ!ダメだよ!さっきも言ったけど、これは私の仕事なんだって!」
「ちんたらしとると飯なくなんで?」
「侑くんってば!」
名前は残っていたボトルを急いで洗うと先を歩く侑を追いかける。
「侑くん!」
「なんやねん」
「さっき1年生に言った手前、侑くんに手伝ってもらうの申し訳ないんだけど…」
「ええやろ。俺らは同級生なんやし、遠慮する必要ないやろ」
「もう!むしろ大事なセッター様にこんな雑用させたくないんだけど」
「ほんなら今日の練習試合もバンバン綺麗なセットアップ見せたるから、ちゃんと見といてや!それでチャラやな」
「それでいいの?」
「おん」
「言われなくてもいつも見てるよ」
「〜っ!」
名前が微笑みながらそう言うと、侑は赤くなった顔を隠すように歩く速度を速めた。
「(か、可愛すぎるやろ!!)」
「あ、侑くん!」
名前も慌てて侑の後を追う。
練習試合が始まる前、名前は稲荷崎の女子生徒に声をかけられた。
「ねえ、あんたバレー部のマネやろ?」
「は、はい!」
「今日って今から試合やるん?」
「え、えっと、はい」
「ほらな、言うた通りやん!」
「うちらも見ていいやんな?」
「え、あ、それは大丈夫です」
名前がそう答えると、女子生徒たちは「ありがとー」とお礼を言って、体育館の中に入って行った。
「さすが男子バレー部…」
「名前!どないしたん?」
「ゆっこちゃん!多分先輩だと思うんだけど、うちの生徒の人に声かけられたの」
「何?何言われたん?」
「今日の練習試合見てもいいかって」
「はあ?たかが練習試合やで?そんなん見ておもろいんか?」
「誰かを応援したいって気持ちはいいよね。真っすぐで」
「まあ、そやな。うちらも負けないように応援せんとな」
「うん!」
中山は「そや、もうすぐ相手さんが着くから迎えに行くで」と言った。
「わかった!」
名前と中山は対戦相手のバスを出迎えに、駐車場に向かった。
「出迎えありがとう」
「いえ、わざわざお越しいただきましてありがとうございます」
「ほ、本日は、よ、よろしくお願いします!」
「うんうん、元気があってええなあ」
相手のチームは県内ベスト4に入る強豪校だ。
「お!今年もマネさんのお出迎えやなー。うちのマネもかわええけど、稲高のマネさんもレベル高ない?」
「体育館はこちらです」
「反応してや!」
バスから続々と部員が降りてくる。
「変なこと言うてると怒るで?」
「えー!別に変なことちゃいますやんキャプテン!かわええ子にはかわええって言いたいんです!」
中山に話しかけていた部員は、今後は名前の方を見て「そう思わへん?」と聞いた。
「え、え、あの…」
「たしか去年は雑用ばっかやっとった2人やんな?2年生?」
「あ、は、はい!」
「せやったら俺と同い年やん。同い年同士仲良うしよな!」
「名前、あんたはこっち」
部員に絡まれている名前を見て、中山は名前の腕を引っ張った。
「ゆっこちゃんありがとう」
「ええから。あんたが変なのに絡まれてるのにスルーしたら侑に怒られるわ」
「侑くん?なんで?」
「なんでもや」
中山は名前の背中を押して「ええから、もう行くで」と、体育館まで急ぐ。
体育館に着くと、稲荷崎の部員たちが練習試合の準備をしていた。
「北ー!今回も頼むでー!」
「期待しとるで」
「こっちのセリフや!」
主将同士が握手をする。
「どや!今年もいい1年入ったんか?」
「どやろな。そっちはどうなん?」
「まあボチボチやな。今年こそは俺たちが全国行くから覚悟しときい」
「楽しみにしとるわ」
スターティングメンバーの6人を中心に、アップとストレッチを開始する。
アップが終わると、早速練習試合が始まった。
「キャー!!侑ー!」
「頑張りやー!」
「治どこやねん」
「アランー!」
試合が始まると、少しずつ稲荷崎の生徒が体育館に集まって来た。
「ゴールデンウイーク中なのに、結構人いるんだね」
「まあ、他の部活の人もおるからな。あとは、ミーハー軍団やな」
そう言って中山はある一点を顎でさした。
「あそこの3年は、侑と治の顔ファンや。名前も気いつけたほうがええよ」
「そ、そうなんだ」
練習試合ということもあり、1年生マネージャーにベンチに座らせて、名前と中山はその後ろから試合を見ていた。
侑がサービスゾーンに立つと、侑のファンの女の子たちが騒ぎ出した。
「侑ー!」
「ナイスサーブ!」
「まだ打ってへんやん」
「これ侑の機嫌悪くなりそうだね」
「めんどうやな」
エンドラインから6歩、外に向かって歩く侑。
そして、大きくボールを前に投げると、助走をつけてスパイクサーブを打つ。
「くッ!ほんっまバケモンサーブやな!」
侑の打ったボールは、相手のレシーバーの腕をはじいてそのままコートの外に吹っ飛んだ。
「一本ナイサー!」
「侑すごーい!」
コートの外で騒いでいる女の子たちを見て「打つ時は声出さなかったね」と、角名が言った。
「だてにツムのファンしとるわけやないってことやな」
「サーブの邪魔したらキレるもんね」
「おまえらええ加減集中せんかい!」
「アランくんに怒られてもうた」
そして、練習試合は稲荷崎高校の勝ちで終わった。
「いい試合さしてもらいましたわ」
「こちらこそ」
「次はインターハイ予選で会いましょう」
「楽しみにしてますわ」
監督同士が握手をしながら話している近くで、主将同士も同じように話をしていた。
「次は公式戦やな」
「負けへんで!次こそは絶対うちらが勝たせてもらうわ!」
「俺らも同じ気持ちやで。絶対負けへん」
「おう!それにしても、相変わらずそっちの2年は怖いなー」
「そうか?」
「侑の二刀流なんなん!怖すぎるんやけど!」
「頼もしい後輩やろ」
「侑抑えても治がおるし。ほんまやっかいな相手やで!」
「せやろ。俺も味方でよかったって心底思ってんねん」
「ホンマやな」
北は侑の方を見ると、応援に来ていた3年生の女の子たちに囲まれていた。
「侑ー!あんたホンマすごいな!」
「ドカーンってボール飛んでったなー!」
「ど、どーも」
「愛想ないなー!」
女の子たちに囲まれている侑を見て、名前は「侑くんって本当モテるねー」と中山に言う。
「侑は顔ファンには興味ないと思うで?」
「え、そうなの?」
「そらそうやろ。あいつはアイドルみたいな扱い受け取るけど、アイドルやないからな。本気でバレーやってるスポーツマンやで」
「ゆっこちゃんって、侑くんに詳しいんだね」
「…はあ!?ちょ、ホンマやめてや!うちもずっとバレーやっとったから気持ちがわかるってだけやで!なんとも思っとらんから誤解せんといてや!」
「え、あ、うん!」
普段、冷静沈着な中山の焦りように名前は「(ゆっこちゃんって…本当は侑くんのこと…!?)」と勘違いをしていた。