01

「名前!!」

松田陣平は土砂降りの雨の中、傘もささずに帰り道の途中にある公園に飛び込んだ。
公衆トイレの傍で座り込んでいる幼なじみを見つけると、彼女の前にしゃがみ両肩を掴んだ。

「名前!!大丈夫か!?」
「じ…陣平ちゃん…」
「どっかケガしてねぇか!?」

そう言って松田は名前の体を見ると、名前が左腕を抑えていることに気付く。

「おい…!」
「痛ッ…!」

名前の左腕から血が流れている。

「救急車!」
「だ、大丈夫だよ!これくらい!」
「大丈夫なわけねぇだろ!!」

名前の言葉を無視して松田は救急車を呼んだ。

「電話口から聞こえてたけど、あのクソストーカー野郎はどこ行った!?」
「わ、わかんない…陣平ちゃんの声が聞こえてきて、それで…すぐに反対側の出入り口から走って行っちゃったから…」
「クソッ!!」

名前の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

「じ…陣平ちゃん…来てくれて、ありがと…」
「間に合ってねぇから…悪い…」

そう言うと、松田は名前のことを抱きしめた。

「ケガさせた…」
「ううん…陣平ちゃんが来てくれなかったら…」
「もう言うな!とりあえず屋根のある所に移動すんぞ」
「うん…」

松田は名前のことを立ち上がらせると、公衆トイレの傍の屋根がある休憩スペースに移動し、救急車の到着を待つことにした。
雨に濡れて震える名前の体を抱きしめながら、松田はストーカーが出て行ったであろう公園の出入り口を睨み続けた。







数年後、警視庁警察学校入校の日。

「今日から始まるんだなぁ…」
「おら、さっさと行くぞ」
「陣平ちゃん!少しは感動とかないの?」
「はあ?んなもんねーよ。警察なんてクソ食らえって、いつも言ってんだろ」
「ツンデレ〜」
「うるせえ!」

名前と松田は大学卒業後、警視庁警察学校に入校した。
警察学校は、警察職員を育成するための教育機関、職業訓練学校。
今日から半年間、全寮制での共同生活を送り、教官や助教から、警察職員として必要な教養と訓練を受けることになる。

「陣平ちゃんと同じ教場になれるといいな…」
「何だよ、不安なのか?」
「…少し」
「変わるために来たんだろ?」
「…うん…」
「負けんなよ」
「うん…負けない」

名前の言葉に、少しだけ安心したような顔を見せる松田。

「それならまず呼び方から変えろ」
「え?呼び方?」
「22にもなって女にちゃん付けで呼ばれる俺の気持ち、考えたことあんのか?」
「だ、だって幼稚園の時からずっとこの呼び方だったし!」

松田は目をジト目で名前のことを見ながら「いい加減やめろ」と、もう一度言う。

「萩原君だって呼んでるのにー…」
「ハギは良いんだよ」
「ケチ!」
「いいから!」

名前は納得ができていない顔をするが、松田が一度言い出したことはまげない性格だということを知っているので自分が折れることにした。

「…松田君」

名前が松田の名前をそう呼んだ瞬間、松田は名前の両頬を引っ張った。

「い、いひゃい…」
「なんで一気に距離開いてんだよ!おまえはバカなのか!?」
「にゃ!そんなほとないほん!」
「何言ってんのかわかんねーよ。普通に名前で呼べよバーカ!」

松田はそう言ってから名前の頬から手を離した。

「い、痛かった…陣平容赦なさすぎだよ…」
「だったら最初からふざけんな」
「それに勉強なら私の方ができるのに…」
「なんか言ったか大バカ野郎」

名前が文句を言っていると、2人の後ろから声がかかる。

「陣平ちゃーん!名前ちゃーん!」

2人が後ろを振り返ると、萩原研二が笑顔で手を挙げていた。

「ハギ」
「萩原君!」

萩原は2人に駆け寄ると「いやー、まさか本当に陣平ちゃんと名前ちゃんと一緒に警察学校入るとは、思ってもなかったな」と面白そうに言った。

「うるせえよ」
「それは萩原君にも言えるでしょ。まさか萩原君も警察官目指してたなんて、知らなかったよ!」
「それは俺もびっくりよ」
「え?」
「でも、陣平ちゃんと名前ちゃんと一緒なら楽しくなりそうだ」
「そうだね!」
「腐れ縁だな」

入校式が終わると、それぞれ名札を受け取り教場に移動する。

「やった!陣平と萩原君と同じ教場だった!」
「嬉しいこと言ってくれるねー!俺も名前ちゃんと同じ教場で嬉しいよ」
「ハギ、あんま甘やかすなよ」
「そんなこと言って、陣平だって嬉しいくせに!」
「勝手に言ってろ!」
「はいはい、お二人さん。そろそろ移動しないと怒られるぜ」

萩原の後を追い、教場に向かおうとした松田は視線を感じて後ろを振り返った。

「…」
「ん?どうしたの?陣平ちゃん?」
「…なんでもねェ」



夕飯を食べ、名前を女子寮の前まで送った松田と萩原は自分たちの部屋を目指す。

「さーっきから何キョロキョロしてるのさ?」
「…視線を感じる」
「視線?」
「名前のこと見てる気がすんだよ」
「ここ警察学校よ?さすがにあのストーカー野郎も、こんな所まで追ってはこないでしょ?」
「…それはわかってんだよ」
「陣平ちゃんの過保護っぷりも、ここまでくるとちょっとやりすぎじゃねーの?さすがに名前ちゃんも息がつまっちまうよ」
「あ゛?」
「おーおー怖い顔!名前ちゃんのこと、心配なのはわかるけど、変わりたいって思ってる彼女のことを邪魔しすぎちゃダメだぜ?」

松田は萩原を睨みながら「わかってるっつーの!」と怒鳴った。

「あの時の事は陣平ちゃんのせいじゃないんだからさ」
「だから、わかってるっつってんだろ!けど、あいつはあの事件のせいで未だにこえーもんがいっぱいあんだよ」
「それは知ってるけどさ」
「いいからほっとけ」

そう言うと、松田はそのまま萩原を置いて外に出ていった。

「…歪んだ愛だねー」

萩原の独り言は、誰の耳に届くわけでもなく、そのまま消えていった。



外に出た松田が、「さっきから視線がうぜー!」と少し大きめの声で言うと、建物の陰から同じ教場の降谷零が姿を現した。

「なんなんだよ、さっきから」
「驚いたな。気づかれていたのか」
「あんなあからさまな視線に気付かねぇわけねーだろ」

そう言うと、松田はボクシングの構えをする。

「なんか文句あんのか?それとも名前になんか用か?」
「名前?ああ、彼女の名前か」
「あ?」
「前に電車で助けた女性に似ていたから、本人かどうか見ていただけさ」
「いつだよ」
「どうして気になるんだい?」
「関係ねーだろ」
「それなら、同じセリフをそのままそっくり返すよ」

降谷がそう言うと、松田は降谷を殴る。
それを合図に、松田と降谷の殴り合いが始まった。

「驚いたな…僕の拳を食らって立っている奴がいるとは…」
「へっ、そいつはこっちのセリフだぜ」

松田は折れた差し歯を地面に吐き捨てると「パツキン野郎!!」と叫びながら降谷に殴りかかる。
同じタイミングで降谷も松田の顔を殴る。

「僕の何が気にくわないか知らないが、僕は絶対に警察官にならなきゃいけないんだ…邪魔しないでくれ!」
「そう、それよ!ボクちゃん警察大好きっていう、その根性が気にくわねぇんだよ」
「何をバカな…君も警察官を目指してこの学校に入っただろうに!!」

もう一度、お互いの拳が当たると、同時に地面に倒れ込む。

「はぁ…はぁ…」
「…君が気に入らないのは、僕の根性だけかい?それとも彼女を見ていたこともなのか?」
「…どっちも」

降谷は地面に寝ころんだまま松田の方を見ると「恋人なのか?」と聞いた。

「はあ?ちげーよ」
「じゃあ彼女は君のなんなんだ?」
「…」
「変な勘違いでいらないケンカまで売られたくないからね」

松田は、降谷に目線を合わせず空を見上げたまま「…そんな安っぽい言葉じゃ説明できねーよ」と言った。



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