「…いやー、悪いね2人とも。その話題は、陣平ちゃんにとってもタブーでさ」
「いや、こっちこそ悪かった」
「…名前ちゃんにとっても、陣平ちゃんにとっても、もちろん俺にとっても、結構しんどい話でさ。心穏やかに話せる話じゃねぇし、名前ちゃん本人がそれを望んでないと思うから俺も話せねぇな」
「…わかった。思い出したくないことを聞いてしまったみたいで悪かったよ」
萩原の顔から笑顔が消えていることに気づいた降谷は、申し訳なさそうな顔をした。
「…悪い…。降谷ちゃんが面白半分とか、興味本位で聞いたんじゃないってことくらい、俺らもわかってんだけどさ…」
「ああ。それだけわかってくれていれば十分さ」
「…」
そう言うと、降谷は席を立ち、食堂を後にした。
「…萩原」
「…ん?」
「ごめん。でも、ゼロの気持ちもわかってほしいんだ」
諸伏の言葉に、うつむいていた顔を上げる萩原。
「降谷ちゃんの気持ち?」
「うん。ゼロ、前に苗字さんのことを電車の中で助けた事があってさ、それから電車に乗る度に探してたんだ。多分、ゼロは無意識だったと思うけどね」
「…」
「だから、苗字さんとここで再会できてゼロは嬉しかったんだと思うんだよね。けど、苗字さんの普段の様子とか、無意識に左腕を庇ってる動作とか、そういうので何かあったんじゃないかって思ったんだと思う」
「…流石だねぇ」
「気になる子はほっとけない性格だからね」
萩原はフッと笑う。
「残念だけど、2人の言ってた通り、名前ちゃんは男が苦手だ。これでもだいぶマシになってきたけどな。俺から言えるのはそれだけだ」
「ありがとう」
「降谷ちゃんもモテるだろうに、なんでいばらの道を行くかなー」
「それは、萩原にも言えるんじゃないの?」
諸伏は萩原を見ながら「ゼロの気持ち、萩原にもわかるでしょ?」と言った。
「さあて、何の事やら」
萩原はそう言うと、少し寂しそうな顔で笑った。
名前は寮の自分の部屋でくつろいでいると、窓にコツンッと何かが当たる音がしたことに気づいた。
最初は気のせいかと思って放っておいたが、2回、3回と同じように窓に何かが当たる音がするので、恐る恐る窓を開けて外を見る。
「じ、陣平?」
「シッ!大きな声出すな!」
「お、大きな声出すなって、もうすぐ消灯時間だよ?なんで外にいるの?」
松田は「ちょっと窓から離れてろ」と言うと、窓から離れて助走距離を確保し、壁に向かって走り出す。
壁にぶつかる直前でジャンプをして、右足で壁を踏み込むのと同時に窓枠に左手をかけると、その勢いで壁を登りきる。
「な、何考えてるの!?」
「だから静かにしろって!バレたら俺が鬼公に怒られんだよ!」
窓から入ってきた松田に、名前は驚きながらも口を閉じた。
松田は窓枠に座ると靴を脱ぎ、名前の部屋の中に入ると下駄箱に靴を置く。
「何かあった?」
部屋の中に置いてある椅子に座った松田に、名前は問いかける。
「…」
「何もなくて陣平が来るわけないでしょ?何かあったんでしょ?」
「…バレたか」
「何年の付き合いだと思ってるの?」
そう言って、名前はベッドに座り、松田の方を見る。
「…おまえ、昔ゼロとどっかで会った事あるだろ?」
「降谷君と?」
「ああ」
「えー…どうだったかなぁ…」
松田の問いかけに、名前は記憶をさかのぼる。
「うーん…降谷君とどこかで会ってたら忘れるワケないと思うんだけどなぁ」
「入校してすぐ、ゼロから言われたんだよ。昔、名前に似た女を電車で助けた事があったって」
「そうなの?」
「高3の時、リハビリもかねて1人で電車に乗った時、おまえ電車で…あったろ」
「…そういえば、そんなこともあったね」
「あん時助けに入ったのがゼロだったんじゃねーのか?」
名前は、あの日あったことをなんとか思い出そうとする。
痴漢にあったことは覚えているが、その時は終始下を向いていたため、助けてくれた人の顔をまともに見ていなかった。
電車を降り、駅員に説明をしてくれた所までは一緒にいてくれたが、その人も用事があったようで警察が来る前に事務室を後にしてしまった。
そのため、名前は助けてくれた人が誰なのか全く見当がつかなかった。
「あの時、ずっと下向いてたから助けてくれた人の顔見てないんだよね」
「そうか」
「あ、でも入校した次の日、降谷君に意味深なこと言われた気がする」
「何言われたんだよ?」
「確か…君はあの時の、とか、髪の毛切ったんだね、とか」
「ナンパ野郎のセリフだろ」
降谷が言った言葉を聞いて、松田はドン引きした。
「私が髪切ったのって、大学入学のタイミングだったから、その前に降谷君とどこかで会ってるってことだよね。それがあの時だったのかな?」
「そうかもな」
「もし、本当に降谷君ならお礼言えたらいいな。降谷君の方が覚えてるなら特に!お礼も何も言えないままだったから」
「今更だろ」
「今更でも!」
松田は名前の返事を聞いて嫌そうな顔をした。
「何よその顔?」
「別にィー。今更蒸し返す話じゃねーと思っただけだよ」
「陣平にそう聞いてきたって事は、降谷君だって気にしてるって事じゃないの?」
「そ、それはそうかもしんねーけど…」
松田の嫌そうな顔と態度を見た名前は、ニヤニヤとした表情になると「何ー?陣平ちゃんったら、もしかして拗ねてるの?」と聞いた。
「別に拗ねてねーよ!」
「はいはい。陣平はわかりやすいなー」
「うるせー!」
名前はベッドから立ち上がると、松田の前に移動する。
「私の事、全部を守ろうとしなくていいんだよ?」
「そんなこと思ってねーよ」
「もう、大丈夫だから」
「…」
名前は、松田の両手を握ると「あれから何年経ったと思ってるの?」と聞く。
「そりゃあ、まだ雨とかいきなり後ろから左腕を掴まれたりされるのは怖いけど、それでも私は強くなったよ」
「…それでもまだこえーんじゃねぇかよ…」
そんな松田の言い草に、名前は苦笑する。
「陣平ちゃんにだって、怖いものあるでしょ?例えば、千速さんのゲンコツとか!」
「それは間違いねぇな」
「でしょ?人は誰しも苦手なものや嫌いなもの、怖いものがあるんだよ。私の怖いもそれと一緒」
「…それはちげーだろ」
名前は「同じだよ」と言って、松田を安心させるように笑う。
「後数か月後にはここを卒業して、みんな配属先がバラバラで、なかなか今までみたいに会うこともできなくなっていくんだよ。だから、陣平も私のことはもういいんだよ」
「ッ!」
「責任を感じる必要は、もうないんだよ。陣平は、陣平の人生をちゃんと生きてほしい」
「…んだよ、ソレ…。なんでおまえの方が、そんなつえーんだよ…」
うつむく松田を名前は抱きしめると「陣平、今まで私の事を守ってくれて、本当にありがとう」と言った。
「別に俺は…おまえに責任を感じて義務感で一緒にいたわけじゃねーからな」
「そ、そうなの?」
「…やっぱ勘違いしてやがったか」
松田は名前の反応にため息をつく。
「俺がおまえと一緒にいたかったから。それだけは忘れんなよ」
「うん。わかった」
「本当にわかってんのか?」
「わかってるって!」
「それに、卒業してからも必要があればちゃんと頼れよ!」
松田の言葉に「えー、でも私だってちゃんと術科訓練受けてるし、前と比べると結構強くなったと思うんだけどなー」と言った。
「それはわかってっけど、1人じゃどうしようもねー時もあんだろ。そういう時はちゃんと頼れって言ってんだよ」
「はーい」
「俺でもいいし、ハギでもいいし。それこそゼロでもいいだろ?」
「流石に降谷君には頼めないでしょ」
松田は、何も答えずにジッと名前のことを見つめる。
「…え?何?」
「…いや、まだ自覚してなさそうだから言わねー」
そう言うと、松田はあっかんべーと舌を出した。
「え!?何それ!」
「早く気づけるといいな」
「本当に意味がわかんないんだけど!」
そんな話をしていると、あっという間に消灯時間になる。
「あ!大変!もうこんな時間だよ!そろそろ自分の部屋に戻らないとマズいよ?」
「確かにそうだな」
名前は「先に私が外の様子見るから、ちょっと待ってて!」と言って、扉の方に向かう。
「窓から出る」
「危ないでしょ!」
「2階くらいの高さなら飛び降りても問題ねーだろ」
「明日体育あるんだよ?ケガしたら大変だよ!」
「へいへい」
名前は扉を開けて、廊下に誰もいないか確認する。
「うん、今なら大丈夫そう」
「おう」
松田は自分の靴を持って名前の部屋を出て、男子寮へと戻って行った。