大麻の密売者を捕まえてから二週間、名前たちは授業をサボった罰として休日の外出禁止となった。
その為、降谷と休日に外出許可を取って出かける約束は延びに延びて、あの時間から約三週間後の今日に。
寮から一緒に行くと、誰かに見つかるかもしれないということで、2人は最寄りの駅で待ち合わせをしていた。
「(こ、この格好で大丈夫かな…?)」
休日の外出には、私服の着用が認められているが色々と制限がある。
その中でも最大限、降谷の隣を歩くのに恥ずかしくない装いを選んだつもりの名前だったが、落ち着かない様子で降谷が来るのを待っていた。
「ごめん、お待たせ」
「降谷君!」
名前が連絡をしてから数分後に降谷が駅に現れた。
「本当なら僕が先について待ってるべきだったのに、申し訳ない」
「ううん!全然大丈夫だよ」
降谷は名前のことを何も言わずにジッと見つめる。
「ふ、降谷君?何か変かな…?」
「ああ、いや、そうじゃなくて。苗字さんとこうやって私服で会うのは初めてだから新鮮で」
「た、確かに…!」
「いつもの制服姿もいいけど、やっぱり私服は可愛いね」
「あ、ありがとう!」
名前は顔を赤くしながらお礼を言う。
そんな名前を見て、降谷はフッと笑うと「それじゃあ行こうか」と言って、改札を通る。
名前と降谷がやって来たのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。
「ここなら隣との距離もあるし、ゆっくり話すにはちょうどいいと思ったんだ」
「素敵なカフェだね。探してくれてありがとう」
「松田とか萩原ともよくこういう所に来るの?」
「たまに?陣平とは、ホームセンターとか工具が置いてあるショップとか、そういうお店に行くことが多いかな」
「なるほど、あいつらしいな」
降谷はメニューを名前に見せる。
「なんでも好きな物を頼んで。今日は僕にご馳走させてほしい」
「え!そんな大丈夫だよ!むしろ私が誘ったんだから、私に出させて!」
「僕の顔を立てると思って、甘えてほしいな?」
「う…!そんな顔で言われたらハイって言うしかないよー」
降谷の少し困った顔を見て名前がそう言うと、降谷は「ありがとう」と笑顔に戻る。
食事も済み、ひと段落した所で名前は本題に入ることにした。
「それで、降谷君」
「ん?」
「あのね、確認したい事があって、今日は時間を作ってもらったんだ」
降谷は飲んでいたカップを置くと「うん」と答えた。
「降谷君、入校してすぐくらいに…私のことを見て”あの時の”って言ってたじゃない?」
「そうだね」
「あれって、昔、私とどこかで会った事があるってことで間違いない?」
「ああ。君は覚えてないかもしれないけど、高校生の時に電車で」
「や、やっぱり!」
降谷の返答を聞き、名前は「あの時、私の事を助けてくれたのは降谷君だったんだね」と言った。
「君はずっと下を向いていたし、僕は用事があって最後まで一緒にいられなかったから。…それでも覚えていてくれたんだね」
「じ、実は…忘れてたんだけど、陣平に言われて思い出したんだ」
「そっか。でも、思い出したくない思い出だったんじゃないかな?」
「ううん、そうでもないよ」
「え?」
「もっと、思い出したくないことは他にあるから…」
聞き取れるかどうか、というくらい小さな声でそう言った名前に、降谷は思わず「僕は!」と少しだけ大きな声を出す。
「僕は…できることなら、ずっと君に笑っていてほしいって思ってる」
「降谷君?」
「辛い事も、忘れたい過去も…丸ごとひっくるめて君だと思ってるから…吐き出したくなったら何でも言ってほしい」
「…ありがとう」
名前は少しだけはにかみながら笑ってお礼を言った。
「あっ」
「ん?」
名前が窓から外を見ると、先ほどまで晴れていた空が暗くなっており、今にも雨が降りそうな天気に変わっていた。
「…降谷君、傘、持ってる?」
「天気予報が晴れだったから、今日は持ってきていないや。苗字さんも?」
「うん…あの、雨が降る前にどこかで傘を買ってもいいかな?」
「そうだね。せっかくおしゃれしてきてくれたのに、雨に濡れたくないよね」
「ふ、降谷君がモテる理由がわかった気がする…!」
「そうか?」
名前と降谷は、雨が降り出す前にコンビニ寄って傘を買うことにした。
「とりあえずコンビニで傘を買って、って降ってきた!」
「わっ!本当だ!」
傘を買う前に雨が降ってきたため、降谷は名前の手を握ると走り出した。
「こっち!」
「う、うん!」
雨宿りのできる軒下を見つけると、2人は急いでその下に入る。
「結局濡れちゃったね」
「一足遅かったねー」
降谷は「風邪ひくと大変だから、僕はコンビニで傘とタオルを買ってくるよ」と言って、握っていた手を離してコンビニに向かおうとした。
「ま、待って!!」
しかし、名前が手に力を入れた事で、降谷は軒下に引き戻された。
「苗字さん?」
「ご、ごめん降谷君…あの…迷惑だと思うんだけど…ここにいて。一緒にいて…」
いつもと違う様子の名前に、降谷は少し戸惑いの表情を見せる。
「苗字さん?大丈夫?」
「だ、大丈夫…!」
「けど…震えてるよ?」
「お、お願い…」
繋いでる手にギュッと力を入れた名前。
降谷は何も言わず、空いている手を名前の背中に回して軽く抱きしめる。
「大丈夫、ここにいるよ」
「…ごめん…」
「こういう時は、ありがとうと言ってほしいかな」
「…うん、ありがとう…」
名前が落ち着きを取り戻すまで、降谷はそのまま名前のことを抱きしめ続けた。
しばらくすると雨脚も弱まり、名前も落ち着いてきた。
「あ、あの…」
「ん?」
名前は顔を伏せたまま「降谷君…あの、もう大丈夫です…」と小さな声で言う。
「…本当に?」
「うん…お騒がせしました」
「顔を見せてくれないか?」
「そ、それは…少しだけ待ってくれるとありがたいです…」
「なぜ?」
「何でも!」
かたくなに顔を上げようとしない名前に、降谷は疑問を感じ、いたずら心が芽生えた。
「あの、降谷君…?もう本当に大丈夫だよ?」
「…苗字さんが顔を見せてくれたら離すよ」
「え!?」
「苗字さんに何かあったんじゃないかって、心配で心配で。顔を見せて安心させてほしいな」
「う〜!!絶対面白がってるでしょ!」
そう言いながら、名前は顔を上げる。
「あはは!顔が真っ赤だけど大丈夫かい?」
「降谷君わかってやってるでしょ!」
「何の事?」
「もー!」
至近距離で降谷の笑顔を見た名前は、さらに顔を赤くしながらも「もう!ちゃんと顔上げたよ!」と言って、降谷から距離を取ろうとする。
「いつも松田とはこの距離感なのに、そんなに恥ずかしい?」
「それは相手が陣平だから平気なの。降谷君は、違うよ」
「何で僕だと違うの?」
「ふ、降谷君意地悪!」
降谷は笑うと、握っていた手を離して名前のことを先ほどよりも強い力で抱きしめる。
「…君は、男が苦手なんだよね?」
降谷の言葉に、名前の体が一瞬こわばる。
「ごめん…。きっと、さっき言ってた思い出したくないことなんだよな」
「…ううん…」
「さっきも言った通り、君は君だ。どんな過去も、今の苗字さんを構成している一部だ。もし、その過去が辛いのなら、僕にも一緒に背負わせてほしい」
名前は「…降谷君は、何でそんな風に言ってくれるの?」と聞いた。
「何で、か…。きっと、苗字さんを助けたあの日から、君を笑顔にしたいって思ったんだろうな」
「え?」
「俯いて、震えている君を守りたいって、本能で思ったんだと思う」
「降谷君って、意外とキザ?」
「君にだけだね」
降谷はそう言うと、名前から体を離して名前の顔を見る。
「僕の勘違いじゃなければ、僕は苗字さんに嫌われてないと思ってるんだけど」
「そ、そういう事は心の中にしまっておいてよ!」
「じゃあ聞かなかったことにしてくれ」
降谷は名前の反応を見て面白そうに笑う。
「さっきから笑い過ぎ!」
「僕だって楽しければ笑うよ」
「からかってるだけでしょ!」
「心外だなー」
降谷はそう言うと、左手で名前の右手を握る。
「…僕の事は怖くない?」
「…うん。降谷君の体温は、安心する」
「そ、そういうことを簡単に言わないでくれ」
名前の言葉に少しだけ動揺した降谷を見て、名前は「さっきまでのお返し!」と言って笑った。