「うん、ありがとう」
名前の返事を聞いた降谷は、立ち上がって冷蔵庫に向かった。
「今日、僕があそこにいたのは探偵として雇われたからなんだが…元を辿ると組織の命令なんだ」
「組織の?てっきり、公安の仕事だと思ってた」
ペットボトルを持ってベッドに戻った降谷は、名前にボトルを手渡すと、ベッドの縁に腰かけた。
「ああ。…少し前に、組織の人間が毛利さんを狙った事があっただろ?」
「…うん。ちょうど、私もその時に毛利探偵事務所にいたから覚えてるよ」
「毛利さんが狙われたのは、組織の人間に毛利さんが盗聴器を仕掛けたんじゃないかって疑われたからなんだ」
「え!?」
名前は思わず大きな声を出す。
「ま、まさか…。毛利さんは組織の事は何も知らないと思うよ?」
「…そうだな。僕もそう思う」
「でも、だから零君は毛利さんを試すような感じだったんだね」
「ん?」
「今日の零君の推理、なんというか…強引っていうか、普段とどこか違うように感じたから」
名前がそう言うと、降谷は「名前はさすがだな」と言って笑った後、名前の持っていたペットボトルを受け取って水を飲む。
「ただ、組織の人間が毛利さんを疑っていて…それで僕が毛利さんを監視するように命じられたんだ」
「そうだったんだ…。毛利さん…大丈夫だよね?」
「…毛利さんとは親しい間柄なのか?」
名前は「…昔、毛利さんがまだ刑事をしていた時にお世話になった事があったんだよね」とだけ答える。
「そうか。まあ、僕も毛利さんを疑っているわけではないんだが、組織の命令だから仕方ない。逆に僕が命令されて良かったな」
「うん。毛利さんをよろしくね」
「ああ」
そう言うと、降谷は名前の頬に口づけをし、床に落ちていたシャツを拾い上げると袖を通す。
「本当は、もっとゆっくりしていたいんだが…」
「お仕事でしょ?こんな時間から大変だね」
「理解のあって助かるよ」
「フフフッ」
仕事に向かう降谷を見送るために、服を着ようとベッドの中から落ちている服に手を伸ばす名前。
そんな名前の姿を見て「普通に布団から出てくればいいだろ?」と言う。
「裸だもん!恥ずかしいよ!」
「今更?もっと恥ずかしい事してるだろ」
「もう!そういう事言わないで!着替えるし、あっち向いてて!」
「ハイハイ」
笑いながら返事をすると、降谷はリビングに移動して名前の着替えが終わるのを待つ。
「お待たせ零君!」
「わざわざ見送らなくてもいいんだぞ」
「私がちゃんとお見送りしたいの」
名前は降谷の背中に腕を回すと「気を付けて、いってらっしゃい」と言う。
「ああ、ありがとう」
その名前に応えるように、降谷も名前の事を抱きしめた。
「3人組の強盗犯の逃走先はまだ見つからんのかね」
「…すみません」
「ったく…」
捜査一課では、一週間前に起きた2億円強盗殺人事件の犯人である3人組の行方を追っていた。
「上から、銀行の防犯カメラの映像を公開すると言われた」
「…必ず見つけます」
「頼んだぞ」
名前達が強盗犯の行方を追っていると、目暮から連絡が入る。
「目暮警部、すみません…。まだ新しい情報は特に…」
『その事件とはまた別の事件だ!すぐに毛利君の探偵事務所に来てくれ!』
「毛利さんの…?」
目暮に言われた通り、名前は高木と2人で毛利探偵事務所に向かう。
「毛利さんの事務所で何が起こったんでしょうかね?」
「…ね。みんな無事だといいんだけど…」
名前は、組織が小五郎を狙っているという話を思い出し、思わずハンドルを握る手に力が入った。
「警部!」
「お待たせしました!」
「おお、ご苦労」
毛利探偵事務所の前で目暮が2人を待っていた。
「何があったんですか?」
「実はな、毛利君の事務所のトイレで自殺した男と、その男に監禁されていた女性が見つかったんだ」
「え!?」
「今、監禁されていた女性の服から発射残渣が出ないか調べてもらっているから、高木君はそっちに。苗字君は、詳しい話を聞きに行くぞ」
「分かりました!」
名前と目暮が事務所の中に入ると、そこには監禁されていた樫塚圭、そして小五郎達の他に降谷の姿があった。
「それじゃあ、何があったのか詳しく話してもらいますかな」
「は、はい…」
目暮がそう言うと、樫塚は「私は、毛利さんに亡くなった兄が残したコインロッカーがどこの物なのかを捜査してもらうためにここに来ました」と説明を始めた。
「ですが、事務所を訪れた時には毛利さんの姿はなく、毛利さんの助手だという男性がいました」
「それが、トイレで自殺をした男性ですか?」
「はい…。その人にスタンガンで気絶させられて、気が付いたらガムテープで拘束をされて、トイレに押し込まれていました…。逃げないように、ブーツを脱がされ、靴紐まで抜かれました」
樫塚は泣きながら「それで、毛利さん達が戻ってっ来て、トイレのドアを開けられそうになったので、自分の口に銃口を入れて…自殺を…」と続けた。
「しかし、あの男は何の目的であなたをトイレに?」
「ず、ずっと質問攻めにあってました…。こ、この鍵はどこのロッカーの鍵だ!?言わないと殺すぞって…」
そこに高木が戻って来る。
「目暮警部!」
「ん?」
「彼女の身体や衣服からは、ほとんど発射残渣は出なかったようです」
「つまりあの男は自殺…。彼女の証言は事実だという事か…」
目暮はそう言うと「よーし、まずはそのコインロッカーの所在を割り出し、自殺した男の目的を突き止めろ!!」と高木に指示を出す。
「はい!!」
名前はトイレの中を確認するために、探偵事務所のトイレに向かった。
「(トイレのタンクにもたれかかるように…)」
「しかし、何でこの男はここに樫塚圭さんを連れ込んだりしたんだね?」
名前の後ろから目暮と小五郎が同じようにトイレの中を覗き込む。
「本当ですよね。わざわざスタンガンで気絶させてガムテープで拘束までして…。いつ毛利さん達が戻って来るか分からないのに…」
「どこのコインロッカーの鍵かを聞き出したかっただけなら、場所を移動すればいいものを…。挙げ句の果てに拳銃自殺だからな」
「まぁ、この毛利小五郎が良そう以上に早く戻って来たから、逃げきれないと観念したってところでしょう」
名前達の会話を聞いていた樫塚が「す、すごく焦ってたみたいです…。早くそのコインロッカーを見つけないとヤバイとか言ってましたから…」と言う。
「うーん…」
「しかしねぇ樫塚さん。あなたは本当にあの男に見覚えはないのかね?」
「は、はい!全く…」
「あの男性の狙いがそのコインロッカーの鍵なら、あなたのお兄さんの知り合いの可能性が高そうですが、いかがですか?」
「兄の友人にはあまり会った事がないので…」
樫塚を挟んだ反対側に立っていた降谷が「ちなみにお兄さんは何で亡くなったんですか?」と聞くが、樫塚は何も反応しない。
「お兄さんの死因は?」
先程より少し大きめの声で聞き直すと「あ、はい!4日前に事故で…」と樫塚が答える。
「これが兄ですけど…」
樫塚は携帯を取り出すと、待ち受け画面にしている兄との写真を見せた。
「待ち受けにしてるんですね」
目暮は「携帯電話といえば、自殺した男のこの携帯、妙なんだよ…」と言いながら、男の携帯電話を取り出した。
「妙とは?」
「樫塚圭さんを装って”会う場所を変えたい”という毛利君に当てたメールは送信履歴にあるんだが、それ以外のメールが全くないんだ」
「あの男の人、その後のメールは私の携帯を使って送ってましたから…」
樫塚がそう言うが「…にしても、受信、送信メールがそれ1つだけとは…。電話帳も真っ白だし。そんなに新しい機種には見えんのだが」と、目暮は納得いかない顔をしながら言った。
「型落ちした携帯を安く買ったんじゃないんスか?ほとんど傷付いてないし…」
「でも、男性のポケットには大量の小銭が入っていたんですよ。それも小銭だけで5千円近く!財布は別に持っていて、1万円札が2枚、5千円札が5枚、千円札が47枚も!小銭と一緒に携帯を入れてたら、結構傷付きませんか?」
「その時たまたま同じポケットに入れただけで、いつもは別で持ってたんじゃねぇのか?」
降谷が「よかったらポケットの中に入っていた物、見せてもらえます?」と聞く。
「もちろんです」
名前は男のポケットに入っていた物を机に並べた。
「これで全部です。例のコインロッカーの鍵は、高木君が今調査をしているのでここにはありません」
男のポケットにはスタンガンの他、タバコ、傷だらけのライター、約5千円分の小銭、そして財布が入っていた。