約束の、その先で

※注意
こちらは諸伏高明新刊『約束の、その先で』のサンプルになります。
サンプルになりますので、名前変換ができません。
固定名は英花月はなふさかげつです。

プロローグと第一章の途中、第六章の途中までを公開しております。
カバーの折り返しの部分に、名前変換のできるページにアクセスするためのパスワードを記載しておりますので、名前変換有でもお楽しみいただけます。

原作65巻、66巻『死亡の館、赤い壁』シリーズ、96巻File-7『遺品』のネタバレ注意です。

以上、問題ないようでしたらお楽しみください。











プロローグ

 ――君と交わした約束が、こんな形で終わるなんて、思ってもいなかった。

「姉ちゃん、こっちこっち!」
「景光君、待って」

 走り出す景光を慌てて追いかける。景光は自分だけの秘密基地に到着すると「見て! ボクが作った秘密基地!」と、満面の笑みを浮かべた。

「素敵な場所ね」
「兄ちゃんにも教えてない秘密の場所だからね! 絶対言っちゃダメだよ!」
「そんな素敵な場所を、どうして私には教えてくれたの?」
「だって……姉ちゃんは特別だからね!」

 恥ずかしそうに顔を赤くする景光を見て、花月はほんの少しだけ口角を上げる。

「ありがとう」
「うん!」

 土と草の匂いが広がる秘密基地の中に入ると、二人は地面に座った。

「今日はこれ! 算数教えて!」
「私よりも、高明君の方が頭いいと思うけど」
「ボクは姉ちゃんに教えてもらいたいの!」
「景光君、いつも言ってるけど私は景光君のお姉さんじゃないのよ?」

 花月が困った顔をしてそう言うと、景光は頬を膨らませながら「えー……。じゃあ、どうしたら姉ちゃんはボクの本当の姉ちゃんになってくれるの?」と聞く。

「……そうね。私が、高明君と結婚して、景光君の家族になったら、かな……」

 それ聞いた景光は、何かをひらめいたように「あっ……」と言葉をもらす。

「じゃあ兄ちゃんと結婚してよ!」
「え?」

 先ほどとは打って変わって明るい表情の景光を見て花月は思わず苦笑する。

「結婚は一人じゃできないのよ? それこそ、高明君の気持ちがあるからね」
「大丈夫だよ! 兄ちゃんも絶対姉ちゃんと結婚したいって思ってるもん!」

 それを決めるのは景光ではないだろう……そう思った花月だったが、景光に現実を突きつけるのはかわいそうだと判断し、それ以上なにも言わなかった。

「約束! 絶対だよ? 兄ちゃんと結婚して、ボクの本当の姉ちゃんになってね!」
「……そうね」

 景光の差し出した小指に、花月が自分の小指を引っかけると「ゆびきりげーんまん、うそついたら針千本のーます!」と大きな声で歌う。

「約束ね!」
「うん」

 花月の返事を聞いた景光は、満足したように笑う。

「……まったく、こんなところで勉強か? 景光」
「!」

不意に聞こえてきた聞き覚えのある声に驚いた景光が、恐る恐る声のした方に顔を向けると、秘密基地の入り口からあきれた顔をした諸伏が中を覗いていた。

「ギャ! 兄ちゃんに見つかった!」

 そんな二人のやり取りを、花月はいつまでも見つめていた。
 


 朝陽が差し込む寝室。
 枕元に置いた携帯のアラーム音で目を覚ました花月は、布団の中からゆっくりと顔を出す。

「……懐かしい夢……」

 長野県警本部刑事部捜査一課の警部である英(はなふさ)花月(かげつ)は、幼いころに母親が蒸発。施設に引き取られ、隣接する幼稚園で諸伏高明と出会う。諸伏は、同年代の子どもと比べると大人びており、二人の距離が縮まるのに時間はかからなかった。そんな諸伏に弟が生まれたのは、二人が小学校に進級するころだった。諸伏と過ごす事が多かった花月は、必然的に景光と過ごす機会も多くなり、いつの間にか景光の『お姉さん』になっていた。
 しかし、二人が中学生になってしばらくすると、状況は一転する。二人が林間学校で不在にしている間に、諸伏と景光の両親が殺害されたのだ。諸伏は長野の親戚に、景光は東京にいる親戚に引き取られる事となる。東京行きの朝、景光は両目に涙を溜めながら諸伏と花月の服の裾を握って放そうとしなかった。

「まぁ……そんな景光君を高明君が納得させたんだけどね」

 そんな懐かしい記憶を思い出しながら身支度を整えると、机の上に飾られている景光の写真を見る。警察学校卒業式の日に撮ったであろう制服姿の景光の写真には、なぜか顎ひげが描かれていた。

「景光君、元気かな……。警察を辞めて、一体どこでなにをしているのかしら」

 ジャケットをはおり、少し高めのヒールのパンプスをはいた花月は、小指に視線を送った。静寂に包まれた部屋の中に「……約束……覚えているかしら」と誰に向けたものでもない言葉が静かに落ちる。

「……行ってきます」

 その一言は、いつもより少しだけ迷いが混じっていたようだった。
 


 捜査一課の前で、花月は名前を呼ばれて立ち止まる。

「花月!」
「敢助君」

 杖をつきながら足早に近づいてきた、小学校からの付き合いである同僚の大和敢助に「敢助君はやめろ」と言われた花月は「ならあなたも呼び捨てはやめなさい」と不服そうな表情で答える。

「ハーッ! そういう表情、コウメイにそっくりだな!」
「ただの幼なじみなのに、顔が似てくるわけないでしょう。なにを言ってるの?」
「うるせえ!」

 めんどくさそうな顔をした大和に「それで? なにか用?」と話をふる。

「捜査で少し不在にする」

 花月は思わず大和の事を二度見する。

「なんだよ」
「あなた……十ヶ月前、雪崩に巻き込まれて半年ほど前まで意識不明の重体で、左目を失って今は杖が手放せない状態なのに……?」

 早口でそう言い切った花月に「あー……はいはい、悪かったよ! 心配かけた!」と大和は言葉だけの謝罪をする。

「どこに行くわけ?」
「甲斐さんの事件……まだ解決してねぇだろ」

 大和が慕っていた甲斐玄人巡査が、六年前の長野で不審死を遂げた。八年前の窃盗事件で甲斐に逮捕された窃盗犯の一人、御厨貞邦。甲斐が亡くなる直前に仮釈放となるが、すぐに失踪したため、甲斐の死となにか関係があるのではと疑った大和が追跡。しかし、御厨を追跡中に未宝岳で雪崩に巻き込まれてしまい、彼はそのまま行方不明となる。二ヶ月ほど音信不通になったため、周囲の人間達は大和の生存は絶望的だと諦めた。当時、大和と一緒に甲斐の事件を追っていた同僚であり幼なじみの上原由衣が、単独で捜査を続けるために、刑事を辞めて事件関係者の男性のもとに嫁いだのだった。同じく長野県警本部の警部だった諸伏は、御厨を未宝岳で逮捕し、大和が雪崩に巻き込まれたという情報を聞き出したあと、山梨県の病院で大和を発見。その後、大和は無事に刑事に復職したが、上原は現在、嫁ぎ先の長野の山奥で発生した殺人事件に巻き込まれていた。

「……由衣ちゃんもいるしね」

 大和は花月から視線を外すと「容疑者の一人になってるらしいからな」とつぶやいた。

「じゃあ、早く事件を解決して、由衣ちゃんを連れ戻して来なさいよ」
「お前に言われなくてもそのつもりだぜ」

 大和はそう言うと笑った。





第一章 容疑者の一人

「由衣ちゃん、刑事復帰おめでとう」
「花月ちゃんありがとう!」

 上原が巻き込まれた連続殺人事件、そして甲斐の不審死事件が無事に解決したあと、未亡人となった上原は長野県警本部の刑事に復帰した。

「まあ……私達に黙って刑事を辞めて結婚までした事はまだ許してないわよ」
「それは本当にごめんなさい! とても反省しています!」

上原は両手を顔の前で合わせると、花月に誠心誠意謝った。

「これからは事前に相談してよね。私も高明君も……本当に心配したのよ」

 少し震える声でそう言った花月に、上原は「花月ちゃん……ありがとう」と応える。

「……そういえば、諸伏警部はまだ新野署に……?」
「ええ……。仕方ないわ。御厨逮捕と敢助君を見つけ出すために、上司の命令に逆らって自分勝手に行動をしたんだから」

 諸伏は、大和が雪崩で行方不明になったあと、彼が追っていた御厨を同じ未宝岳で逮捕したが、その時の捜査方法があまりにも強引だったという事で、責任を取らせる形で所轄署に異動となったのだ。

 花月がそう言うと「……なんだか申し訳ないわ」と眉を下げる上原。

「由衣ちゃんのせいじゃないわ。それよりも、甲斐さんの事件、無事に解決してよかったわね」
「うん。本当に……敢ちゃんのおかげよ」

 嬉しそうに笑う上原に「それで? 敢助君とはなにか進展があったの?」と聞く。

「な! なにもないわよ!」

 顔を赤くしながら上原が否定すると「あら、あやしい」と、花月がからかう。

「も、もう! そんな事言ったら花月ちゃんの方はどうなの? 諸伏警部とは……」

 上原が諸伏との関係を言及しようとするが、その前に「おーい! 諸伏嫁ー!」と、花月の先輩である真田が花月の事を呼ぶ。

「真田警部……」
「いたいた! 事件だぞー」

 真田の持っていた資料を受け取りながら「何度も申し上げておりますが、私は決して諸伏嫁という名前ではありません」と、否定する。

「ああ、そうか。今こっちにいる諸伏はお前だけだから嫁はいらねぇな」
「そういう意味では……」
「あ? まだ籍入れてないのか?」
「まだもなにも、入れる予定はないのですが……」
「なに言ってんだよ! あんな息ぴったりで似た者同士、そんな相性がいいヤツはなかなか現れないぞ」

 真田がそう言うと「そうですよね! 私もそう思います!」と、隣で聞いていた上原も同意する。

「だよな! 結婚式には呼べよ〜。しっかりスピーチしてやるから!」

 真田は自分の言いたい事を一方的に言い終えると刑事部に戻って行った。

「頭が痛い……」
「もう公認よね」
「公認もなにも……高明君とは付き合ってすらいないのに……」

 花月の言葉に「やっぱりまだなにも進展してないんだ?」と残念そうな顔をする上原。

「……私達、そんなに似てるかしら?」
「さすが幼なじみって感じ」

 花月は目をつぶると「……ハァ」とため息をつく。

「クールビューティーで美男美女って言葉がピッタリの、仕事もできる憧れ夫婦って感じかしらね?」
「みんなおもしろがってるだけでしょう」

 上原は「そんなわけないじゃない! 本当にお似合いだと思ってるわよ!」と力強く否定する。

「……高明君は、優秀だし素敵な人だと思うわ。……まあ、人の話を聞かずに暴走するきらいがあるから、そこは問題だけど……」

 花月の表情を見ながら「でも、そんな諸伏警部の事が嫌いなわけじゃないでしょう?」と聞く。

「……嫌いだったら一緒にいないわ」
「諸伏警部の事が嫌いじゃないのなら、なにが問題なの?」

 上原の純粋な疑問に、花月は思わず苦笑した。

「そうねー……」

 花月は手に持っていた捜査資料に視線を落とすと「……高明君の心には、別の人がいるから……これ以上踏み込む事はできないわ」と、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。 



 上原と別れて資料室で資料を確認していた花月を呼びに来たのは大和だった。

「花月、休憩」
「まだ休憩の予定じゃないけど」
「いいから付き合えよ」

 大和はそう言うと、強引に花月を資料室から連れ出した。

「コウメイを本部に復帰させる」

 大和は自販機で缶コーヒーを買い、花月に渡すとベンチに座る。大和の隣に座った花月が、もらった缶コーヒーを開けて一服したタイミングで、大和が話を切り出した。

「……敢助君にそんな権限はないわよ?」
「分かってるっつーの! コウメイになにかデカイ手柄を立てさせんだよ!」

 大和の言葉に、花月は「ああ……そういう事」と納得する。

「コウメイが所轄に異動になったのは俺のせいだろ……」

 諸伏の異動の原因が自分の捜索であった事に責任を感じている大和は、諸伏をもう一度県警本部に復帰させたいと考えていた。

「でも、そんな事を高明君が望むかしら?」
「望むわけねぇだろ。だからバレないようにやるんだよ!」

 自信満々に「俺に考えがある」と言ってのけた大和表情を見て、嫌な予感がした花月。

「……敢助君が自信満々な時って、なにか起きそうで怖いわ」

 疑いのまなざしを向ける花月に、大和は「失礼なヤツだな」と睨み返す。

「絶対に『余計な事をしてくれましたね、敢助君』って言うと思うわ」

 花月の似ていない諸伏のモノマネを無視して「お前達が一緒にいるところを、久しく見てねぇな」と言って笑う。

「……そろそろお前が寂しがるって思ったしな」
「それこそ、余計なお世話よ」
「なんだかんだ、コウメイがいないと寂しいだろう」

 花月は「むしろせいせいしてるわ。そんな事を気にしてる暇があるのなら、自分の事を考えなさいよ」とあきれた顔で言う。

「あ?」
「由衣ちゃんがかわいそう……」
「なんでそこであいつの名前が出てくるんだよ」

 言葉の意味を理解していない大和の様子を見て、花月はため息をつく。

「苦労するわね、由衣ちゃん……」

 ベンチから立ち上がり「それで? 話は終わり?」と仕事に戻ろうとする花月の携帯が鳴る。

「……高明君?」
「コウメイか? なんだって?」
「小橋さんに供えるお花、これでいいかって」

 花月はそう言うと、送られて来たメールの画面を見せる。

「……他の女の相談、普通お前にするかぁ?」
「逆に誰に相談するのよ。高明君の気持ちは高明君のものよ」
「……お前がそれでいいならなんも言わねぇけどよ」

 乱暴に頭をかきながら大和は「俺から見たら、コウメイはお前の事が……」と言いかけるが、花月は人差し指を唇に当てる。

「……あなたが言うべき言葉じゃないわ」
「……たしかに、そりゃあそうだ」
「それじゃあ私はそろそろ戻るわ。敢助君も、捜査に戻りなさいね」



 諸伏からメールが届いた数時間後、三人の同級生で小説家の小橋葵が生前住んでいた『希望の館』で、遺体が見つかった。遺体の第一発見者は、花を供えに行った諸伏と、その部下の刑事だった。遺体は、三年前に亡くなった小橋葵の夫である明石周作。死因は、部屋の中に閉じ込められた事による、極度の栄養失調に伴う心不全だった。

「それで、第一発見者は高明君って事ね」
「ええ。正確に言うと、私と私の部下ですね」

 希望の館に到着した花月は、現場の状況を確認する。

「……窓から放り出された画材道具に、遺体が見つかった部屋の壁はこの面だけがスプレーで赤く染まっている……」
「どんな状況だよ」
「敢助君」
「おや、君達もこの事件の担当ですか?」

 遅れて現場に到着した大和と上原を見た諸伏が、嬉しそうに口角を上げる。

「なんでお前までいるんだよ!」
「それは、私が今回の事件の第一発見者ですから。そもそもここは我々新野署の管轄です」

 大和が花月の方を見ると「高明君がお花を供えに来た時に、外に散らばっている画材道具を発見して不審に思ったそうよ」と説明する。

「そうかよ。んで、この赤い壁は……」
「犯人からのメッセージかしら?」

 諸伏は「恐らく、その線はなさそうです。この部屋に仕掛けられていた盗聴器がそのままになっていました」と部屋の状況を伝える。

「なるほどな。もし犯人からのメッセージだったら、これを遺したあとに盗聴器を回収してるって事か……」
「ええ。この赤い壁は、犯人を示す被害者からのダイイングメッセージだと考えたほうがよさそうですね」

 花月はぐるりと部屋の中を見回すと「……わざわざ窓を割って画材をすべて外に落として、部屋の真ん中に白と黒のイスを釘で床に固定して……壁を赤く染めてから自分のサインを赤い壁の端に書いた……」と、状況を一つずつ確認する。

「被害者である明石さんは、画材をすべて放り出し、部屋に残されたこの三色で犯人を伝えようとしていたって事よね」

 部屋の中に残されているのは、壁の赤、イスの白と黒。

「怪しいのはここに住んでた元住人達だな」

 花月は、持っていた捜査資料から、この館に住んでいた人物達の写真を取り出した。

「……ここに住んでいた人達って、名前に色が入っているのね」
「みたいだな。だから、害者の明石周作も色で示したんだろうぜ……。ったく、遺すならもっと分かりやすく遺せっての!」

 部屋の中を見ているだけでなにも発しない諸伏に「コウメイ! 聞いてんのか!」と大和が声をかける。

「……」
「おい! コウメイ!」

 名前を呼ばれている事に気づいた諸伏は「……ええ。もちろんですよ」と返事をするが、大和と花月は彼の様子がいつもと違うと確信する。

「……私は先に戻ります」
「おい! 所轄が勝手な事すんじゃねーぞ!」

 諸伏は歩みを止めるとゆっくり振り返り「……この事件は、もともと我々の管轄で起きた事件。そして、第一発見者はこの私です。私が率先して動く事になにか不都合でもありますか?」と大和に聞く。

「……チッ」
「なにか分かり次第、ご報告いたしますよ」

 そう言って笑うと、諸伏は館をあとにした。

「……なんだか様子が変ね、諸伏警部」
「……」

 上原の疑問に、大和はなにも答えない。

「まぁ……仕方ないわよね」

 館を出て「それじゃあ、私はこのまま元住人の四人に話を聞きに行って来るわね」と花月が言うと「待て、俺達も行く」と大和が止める。

「一人で大丈夫よ」
「コウメイよりも先にこの事件を解決してぇんだよ!」
「……」

 大和の言葉を聞いた上原は「え? どうして?」と聞く。

「……また、強引な捜査をしかねない」
「またって、敢ちゃんを捜し出した時みたいにって事?」
「……その話はあとだ! とっとと聞き込みに行くぞ!」

 強制的に話を終わらせると、大和は車に乗り込んだ。





第六章 君との約束

「え? 警視庁?」
「ええ。警視庁捜査一課の刑事さんから連絡がありまして、私宛の封筒が殉職された刑事さんのロッカーから出て来たそうです」

 食堂で少し遅めのお昼ご飯を食べている花月の前に座った諸伏が、唐突にそう言った。先日、自力で長野県警本部に戻って来た諸伏は、お昼ご飯を食べている花月を見つめながら、警視庁の刑事から連絡が来た事を伝える。花月はお茶を一口飲むと「警視庁って事は、景光君と関係あるのかしら」とつぶやいた。

「恐らく……。正確には私宛らしき封筒ですが、字がにじんでいて読みづらく、差し出し人も不明らしいので……」
「……妙ね」

 諸伏は「その殉職された刑事さんの名前を聞いたのですが、特に心当たりがなく……」と続けた。

「……それって本当に大丈夫なの?」
「預かっていたのは捜査一課の刑事さんだったそうなので、そこは問題ないでしょう」
「そう。それならいいけど……」
「心配性ですね。よければ花月さんも一緒に行きますか?」

 諸伏の提案を「行かないわ」と間髪入れずに断った。

「おや、残念ですね。せっかくなら、一緒に東京観光でもと思ったのですが……」
「はいはい」

 諸伏は「荷物を受け取ったらすぐに戻りますので」と言って微笑んだ。
 


 しかし、諸伏が東京に出向いた日、諸伏に連絡をして来た警視庁捜査一課の佐藤美和子と高木渉が不在にしており、次の週に出直す事になった。出直した際、怪盗キッドの事件に巻き込まれ、長野に戻る予定だった日から一日遅れて長野駅に到着した諸伏。彼は花月の家に直行。いつものように、合鍵を使って中に入ると、普段と変わらない様子の花月が、ソファーに座ってくつろいでいた。そんな、いつもと変わらない花月の姿を見て、無意識に安堵のため息をつく。

「びっくりした……。来るなら事前に連絡くらいしなさいよ」
「……すみません」

 諸伏の様子がいつもと違う事に気づいた花月は「どうしたの?」と聞く。

「……人生、死あり……。修短は命なり……」

 諸伏の言葉を聞いた花月は「……え?」と聞き返すが、諸伏は無言のままソファーに座る。そして、ゆっくりとした動作で自分のスーツの内ポケットから穴の開いた携帯電話を取り出して花月に渡した。

「……私宛の封筒の中身は……これでした」

 携帯電話を受け取った花月は、穴の内側の黒ずんだ染みに気づき、携帯を裏返す。携帯の裏面には、傷のように見せかけた独特の『H』の文字が刻まれていた。

「……これは……景光君の携帯なのね」

 花月は『H』の文字にそっと触れた。

「……はい。恐らく、景光は警察を辞めたのではなく、公安に配属されてどこかに潜入中に命を落としたのでしょう……。穴は弾痕、黒い染みは血痕でしょうから……」

 花月の視線は「……そっか……。景光君、高明君と同じくらいできる子だったものね」と、携帯に残された『H』の文字から動かない。

「人の死は……なぜ、かくも平等なのでしょうか」
「それが……人間だからよ」
「……後悔する前に伝えたい想いは伝えるべきだと、改めて痛感しました」
「……そうね」

 諸伏は頭を軽く下げると「……すみません」と花月に謝った。

「どうして高明君が謝るの?」

 突然、謝罪の言葉を口にした諸伏を不思議そうな顔で見つめる花月。

「……景光を、守る事ができなくて」
「景光君は、彼の人生をしっかり歩んだと思う。きっと、これからもあなたの事を見守っていてくれるわ」

 諸伏は「そうではありません……」と花月の言葉を否定する。

「どういう事?」
「景光との約束を……守らせてあげる事ができず、申し訳ありませんでした」
「約束って……?」

 不思議そうな顔でそう聞く花月に「……景光と……結婚の約束をしていたでしょう?」と質問で返す。








サンプルはここまでです。
読んでいただき、ありがとうございました!
6月13日22時〜BOOTHにて頒布予定です。
頒布開始まで、今しばらくお待ちくださいませ。




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