「調べ物?」
「…うん」
「あんまり気負うなよ」
「わかってるよ。それよりゼロ、最近は苗字さんとどんな感じなの?」
「どんな感じって、まあ普通だよ」
「普通ー?」
諸伏は視線をパソコンの画面から降谷に移した。
「そんなこと言って、苗字さんに何か言ったんでしょ?この前苗字さんと出かけてから2人とも雰囲気変わったよ」
「そうか?」
「うん。てっきりゼロが告白でもしたのかと思ったんだけど、違った?」
「警察学校では基本的に恋愛禁止だろ」
「そうだけどさ、班長だって彼女いるし、付き合ってる人もそこそこいるでしょ?」
諸伏にそう言われ「まあ、そうだけど」と降谷が答える。
「好きなら好きって言わないと、後悔することになるかもよ?」
「…大切な人がいなくなるのは辛いよな」
「ゼロ…」
降谷は持っていた資料を棚に戻しながら「何てな!」と言って時計を見る。
「おっと、もうこんな時間だ。この後は教練の授業だ」
「あー、ヤダなー…」
「教練が好きな人はいないな」
「気合と根性で乗り切るしかないね」
そう言うと、降谷と諸伏は教練の授業に向かうため資料室を後にした。
「な…なんだかすごく見られてるような気がする…」
名前は、いつもより女子学生達からの視線を感じていた。
「何かあったの?」
「うーん…何もないと思うんだけど…」
カレーを食べながら名前は林からの質問に答える。
「あの、苗字さん?」
「はい?」
名前に話しかけてきたのは、同じ鬼塚教場の女子学生だった。
「ここ、座ってもいいかな?」
「え?うん、どうぞ」
「ありがとう」
そう言うと、その女子学生は持っていたお盆を置いて、林の隣に座った。
「な、何か用だった?」
「ん?ああ、そう」
女子学生は「ねえ、苗字さんって降谷君と付き合ってるの?」と言った。
「へ?」
「え?名前、あんたいつの間に付き合い始めたのよ」
「ううん!付き合ってないよ!」
名前は大きく首を振った。
「あれ?そうなの?私、先週末に外出してたんだけど、その時に苗字さんと降谷君が抱き合っている所を見たんだけど」
「え!?」
「名前!?」
「あ、あの時…」
名前のつぶやきに、林は「何何ー??本当に抱き合ってたんだ!」と、目を輝かせながら聞いた。
「あ、いや、あのそれは…事実だけど、それが真実とは限らないというか…」
「どういう意味よ」
「抱き合ってたのは本当だけど、付き合ってはいないってこと?」
「そうです…」
「ふーん。苗字さんって、男が苦手なのかなって思ってたけど、付き合ってもいない男と抱き合うくらいだから意外と軽いんだね」
その女子学生の言葉に、名前は動揺して持っていたスプーンを落とす。
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない?」
「えー、でもそうじゃない?松田君と萩原君は幼なじみだから距離が近いのは仕方ないかもしれないけど、降谷君とはここで知り合ったんでしょ?それなのに、そういうことができるって、そういうことじゃない?」
そう言うと、女子学生はニッコリと笑う。
「ただの良い子ちゃんなのかと思ってたから少し驚いたけど、そういうことなら私も遠慮しないから」
「え?」
「私、松田君のことが好きなんだ。苗字さんがいるからあきらめようと思ってたけど、苗字さんがそんな感じなら気にせずアタックさせてもらうね?」
女子学生はそう宣言した後は何も言わずご飯食べて、終わったら「それじゃあ、今度の体育祭前の教場飲み、楽しみにしてる」と言って席を立った。
名前は、その女子学生の後ろ姿をボーッと見つめるしかできなかった。
「なるほど。大方、あの女が名前と降谷が抱き合ってたって、他の女に言ったからいつもより視線を感じてたってとこね」
「…多分そうだね」
「ヤな感じ!気になるなら名前に事実確認取ってから言いなさいよ」
「聞きにくかったんじゃないかな…」
「聞きにくい!?あんな嫌味な事を本人に直接言ってくるような性悪女はそんなこと思ってないわよ!」
「…でも、あの子の言ってることは正しいと思うから…」
「付き合ってもいない男って言うけどさ、名前は降谷のこと良いなって思ってるんだし、降谷以外にそういうことしてないのに軽いって言われるのが癪だわ」
林はそう言うと、眉間にしわを寄せる。
「名前の事知りもしないで勝手な事ばっかり言って…」
「…でも、知らない人から見たら、私ってそう見えるんだよね」
「名前…」
「…確かに、私は陣平に甘えすぎてた所があるから、これからは気をつけようと思う」
名前は気合を入れる為に頬を軽く叩く。
「名前が気をつけても、松田が放っておかないと思うけどね」
「でも、陣平には陣平の人生があるから!私もいい機会だし、陣平離れしないとね!」
「まあ、確かにいつまでも松田といたら、降谷とも進展しないし、いいんじゃない?私は賛成」
「凛子ちゃん、ありがとう」
林は、少し離れた席でご飯を食べている松田を睨む。
「ほんっと、あんなののどこがいいんだか」
「凛子ちゃん…」
林の言葉に名前は苦笑する。
「だって、傍若無人で態度は悪いし口も悪いし協調性ゼロ。それなのに専門知識が高いって言うのが気に入らない!」
「凛子ちゃんは陣平とは相性悪そうだねぇ」
「あんたや萩原だから、ずっと松田と一緒にいられるんだろうなって思うわ」
「ああ見えて、結構優しい所もあるんだよ?」
「それはあんたにだけでしょ」
名前は松田を見ながら笑った。
名前と林の視線に気づいた松田が顔を上げて、名前を見ながら「何だよ」と口パクで伝える。
それに対して名前は、同じように「何でもない」と口パクで伝えた。
「それで会話できるのがすごいわ」
「だてに長年幼なじみやってないからね」
「あれ?でも萩原とも幼なじみなんじゃないの?」
「萩原君と陣平は昔から仲が良かったけど、私は小学生になるまで萩原君と同じクラスにならなかったんだ。幼稚園生の頃も、一緒に遊んだりしてたけど、小さすぎてあんまり覚えてないの」
「なるほどね。だから純粋な幼なじみは松田だけなんだ」
「うん。でも、そう言うと萩原君が悲しむから内緒にしてね」
「ハイハイ」
林は、今度は萩原の事を見る。
「でも意外。昔から萩原とも一緒なら、萩原に恋はしなかったの?」
「萩原君?」
「うん。優しいし、カッコいいし、萩原みたいなのが傍にいたら恋に落ちちゃわない?」
「うーん…研ちゃんは女の子になら誰にでも優しいからなー…」
「研ちゃん?」
「あッ!」
名前は慌てて口を閉じる。
「へー!昔は萩原の事、研ちゃんって呼んでたんだ?」
林はニヤニヤと口角を上げながら聞く。
「う…うん…。この前萩原君に、昔の呼び方に戻してほしいって言われて、心の中で練習してたから咄嗟に出ちゃった…」
「何で呼び方変えたの?」
「萩原君って、昔からモテモテで!」
「想像できるわー」
「小学生までは、男女の差とかあんまり気にならなかったじゃない?けど5年生くらいから、少しずつ男女で仲良いのはおかしい、みたいな空気が出てきて」
「あー、あったわ。懐かしい」
名前の話に、林は頬杖をつきながら同意した。
「でしょ?それで、萩原君は特にモテてたから、私が研ちゃんって呼んでたら他の女の子達から呼び出されてね」
「小5で!?マセガキ〜」
「私もびっくりしたよ。”萩原君のこと研ちゃんって呼んで、仲良いアピールでもしてるの?”って…。それから、私は萩原君呼びになりました」
「それが正解。無駄な争いは避けるべきね」
林は納得した表情になる。
「でも、萩原に研ちゃん呼びに戻してほしいって言われたんだ?」
「うん」
「萩原って、名前のこと好きだったりする?」
「それはないよ」
「そうなの?」
「萩原君は、女の子が平等に好きなんだよー」
そう言った名前の後ろから「名前ちゃーん、ちょっと語弊がある言い方しないでくれるかな?」と、萩原が現れる。
「び、びっくりした!」
「名前ちゃんが俺の話してくれるのは嬉しいけどさー、内容が嬉しくねぇなァ」
「松田は?」
「食器返しに行ってるぜ」
そう言うと、萩原は返却口の方にいる松田を指さす。
「さっきから何話してるのさ?」
「萩原の研ちゃんよ」
「お、懐かしい呼び方」
「あんたも名前のこと好きだねー」
「ちょ、凛子ちゃん!?」
「何何?そんな当たり前の話してたの?」
萩原の反応を見て、林は「あんたもそういう感じの”好き”かー!つまらん!」と言った。
「だから言ったでしょ」
「俺が名前ちゃんのこと好きなんて、当たり前のことじゃんかー!ねえ?」
そう言って萩原はニッコリと笑いながら名前を見る。
「ありがと」
「いいえー!」
そう答えた萩原の表情を見た林は、少し違和感を覚えたが何も言わずに残りのご飯を口に入れた。