23

名前が病院から戻って来た次の日の朝、林が松田と萩原に声をかけた。

「…ねえ」
「…あ゛?」
「コラコラ、陣平ちゃん」

不機嫌な表情を隠そうとしない松田に、多少ひるんだ林だったが「昨日はごめんなさい…。名前の事が心配でついカッとなって…。あんたたちの気持ちを考えずに責めるような事言った」と謝った。

「林ちゃんが名前ちゃんの事を心配して言ってくれたのはわかってっから大丈夫!な?陣平ちゃん?」
「…」

松田はジト目で林を見た後、大きなため息をつく。

「こっちこそ悪かったな」
「陣平ちゃんが素直に謝った!」
「うるせー!」

そう言うと、松田は食堂に歩き出した。



「あ!凛子ちゃんおはよう!」
「名前!」

食堂の前で名前は林を待っていた。

「どこ行ってたの?」
「念のため、朝起きたら医務室に行ってって言われてたから医務室に行ってたよ」
「そっか。なんともない?本当に大丈夫?」
「うん!もう全然元気だよ!凛子ちゃんにも心配かけちゃってごめんね」
「ううん…良かった…」

林は「松田は?」と聞いた。

「陣平と萩原君なら先に中入ったよ。私は、凛子ちゃんの事待ってたんだ」
「そう。じゃあ私たちも朝ご飯食べよ」
「うん!」

2人が食堂に入ろうとしたタイミングで「名前!!」と、名前を呼ばれた名前は後ろを振り返る。

「降谷君。それから諸伏君も」
「名前!大丈夫か?」

降谷は名前の両肩を持ってズイッと近づいた。

「あ、う、うん。昨日も言ったけど大丈夫だよ!精密検査でも異常なしだったし」
「そうか…」

名前の返答を聞いて、降谷はホッとした顔をした。

「本当は昨日、僕も松田達と一緒に君を迎えに行きたかったんだけど鬼塚教官からの許可が出なくてね」
「そうだったんだ。わざわざありがとう」
「ゼロってば、部屋の中をずっとウロウロしてて落ち着きなかったんだよ」
「そうなの?」
「私には大丈夫って言いきってたくせに」

そう言われた降谷は、少し拗ねた表情をしながら「そりゃあ心配するだろう」と言った。

「降谷君は優しいね!」
「…僕をこんな風にさせるのは君だけだよ」
「…うん」

2人がそう言って笑い合っている姿を見た林は「これって、いい感じなんじゃない?」と、諸伏に小声で伝える。

「だね。邪魔者は退散しようか?」
「そうね」

そう言うと諸伏と林は2人を邪魔しないようにこっそりと食堂の中に入って行った。
名前と降谷がその事に気づいたのは、朝ごはんを食べ終わった松田と萩原に「…おまえらそんな所で何してんだ?」と声をかけられた後だった。







警察学校の体育祭も終わり、残すイベントは卒業式だけとなった名前たち。
名前と林は、夕飯の後、談話室でくつろいでいた。

「あと少しで卒業だね」
「どこに配属される事になるのやら」
「凛子ちゃんは成績もいいだろうし、きっといい所に配属になるんだろうな」
「それを言ったら名前だって」

卒業の前に配属先の辞令が出る予定だが、まだ配属先の発表はない。
どこに配属になるのか想像を膨らませていると、林が話題を変えた。

「って、それはそれでいいんだけど、私がしたいのはその話じゃないのよ」
「どの話がしたいの?」
「降谷よ、降谷!」
「降谷君?」
「そう!この前の爆発事件の後から、降谷の呼び方が変わってたわ!」
「あー、確かに」

林は「この前もいい感じだったし、名前で呼ぶようになったって事は、進展したの?」と嬉しそうな顔をしながら言った。

「進展はしてないかな」
「え?」
「名前で呼ばれるようになったのはちょっとビックリだけど、多分他意はないと思うよ?」
「そんなわけないでしょ!」

名前がの言葉を否定すると「あの!降谷が!なんとも思っていない女子を!名前で呼び捨てにするわけないでしょ!?」と、前のめりで言う。

「で、でも、本当に進展も何もないんだよー。降谷君からも特に何も言われてないし」
「もうすぐ卒業よ!?あの意気地なし!」
「…前に諸伏君が言ってたじゃない?降谷君には忘れられない年上の女医さんがいるって。多分、降谷君はまだその人の事が好きなんじゃないかな?」
「名前…」
「自意識過剰じゃなければ降谷君ももしかして、って思った事もあったけど、多分違うんだろうなって」

寂しさを誤魔化すように笑った名前を見て、林は「名前はそれでいいの?」と聞いた。

「え?」
「名前は、降谷に想いを伝えなくてもいいの?」
「…うん」
「どうして?」
「…もし降谷君が女医さんの事がまだ好きなら、私の気持ちは迷惑になるし」
「憧れかもしれないじゃない?」
「…うん。じゃあ憧れだったとして、私に好意を持ってくれているのに何も言われないって事は、多分何か他に理由があるんだろうなって思って」
「他に理由?」
「私に想いを告げる事ができない何かがあるのかもしれないって思ったら、私の気持ちはやっぱり迷惑になるじゃない?」
「名前…」
「どっちにしても、私の気持ちは降谷君にとって迷惑なんだよ」
「そ、そんな事…「そんな事はない!」

名前の言葉を林が否定しようとするが、その前に別の声が重なった。

「ふ、降谷君…」

名前が後ろを振り返ると、そこには息を切らした様子の降谷が立っていた。

「林さん、ちょっと名前の事を借りる」
「え?」
「返さなくていいわよ」
「え!?」
「ありがとう!」

そう言うと、降谷は名前の手を繋ぎ、そのまま2人で談話室を出て行った。

「お幸せにー」



降谷が名前を連れて来たのは屋上だった。

「屋上、懐かしいね」
「君と松田と、3人で話したな」

2人は手を繋いだまま屋上の真ん中まで歩く。

「…あの日、僕がここで話た事を覚えていたんだね」
「そりゃあ、まだ半年も経ってないよ?それに降谷君の話だもん」
「嬉しいやら忘れてほしいやら、複雑な気持ちだよ」
「ふふふ」

降谷は名前と向き合うと「あの日、僕が話していた見つけたい女性っていうのは昔お世話になった人なんだ」と話始めた。

「昔からこの髪と肌の色のせいでからかわれてケンカばかりしていたんだ。そんな時に、僕を手当したくれたのがその人」
「そっか」
「でも、彼女はある日を境に僕の前から姿を消した」
「そうなの?」
「うん。…僕はその理由がどうしても知りたい。急にいなくなった彼女を捜したいと思って警察官を志望したんだ」
「そうだったんだね」
「ああ」

そう言うと、降谷は名前のもう片方の手も取る。

「だから、そこに恋愛感情はないよ」
「それは、もうないって意味?」

名前はからかうように言った。

「うっ…」
「ふふふ、冗談だよ!初恋って事だよね?」
「ま、まあ、そういう事になるかな。でも彼女は結婚していたし、僕と同い年くらいの子どももいた」
「そんな詳しく話さなくても」
「君には誤解してほしくないからな!」

降谷の焦った様子を見て、名前は思わず吹き出す。

「あはは!いつも冷静でなんでもできる降谷君のそういう姿を見られるとは思わなかったよ」
「ぼ、僕だってまだ22!好きな人の前で平然を装う事はできないよ」
「そ、そっか」

降谷はそう言うと、名前から視線を逸らして下を向く。

「…僕が、君に想いを告げられていないのは彼女の事があったからじゃないんだ」
「別に理由があるの?」
「…」
「…もし、言いたくないのなら無理に聞かないから大丈夫だよ」
「…フッ」

名前の言葉に降谷は笑みを浮かべると「君ならそう言うと思ったよ」と言った。

「実は、僕もある部署からスカウトをされたんだ」
「そうなんだ!降谷君ほどの人だから、すごい所からスカウトが来たんじゃない?」
「…警察庁警備局警備企画課」
「警察庁、警備局…警備企画課?」
「ああ」

名前は「それって…どこ?」と聞く。

「公安警察を総括する秘密機関で、通称ゼロというらしい」
「ゼロ…」
「ただでさえ公安は危険の多い仕事だ。テロリストなどの過激派を対象としていて、法外な捜査を行う事だってある。実力が認められれば、潜入捜査を命じられる事もあるだろう」
「…うん」
「立場上、連絡が取れない事も多いだろうし、それでいて何も言えないという事もある」
「うん」
「君を…幸せにできない可能性が高い」
「降谷君」

降谷のその言葉を聞いた名前は、降谷の名前を呼んで繋いでいる両手にギュッと力を入れた。

「降谷君は、私の事どう思ってるの?」
「…」
「これからの事とか、そういうの全部抜きにして、降谷君の気持ちが知りたい」
「…」

降谷は、伏せていた顔を上げると名前の目を見る。

「…君を笑顔にしたい。名前の事が好きだ」
「うん。私も降谷君の事が大好きだよ」

そう言って名前が笑うと、降谷もつられて笑う。

「僕の気持ちも知らないで…」
「あら?私だって警察官だよ?誰よりも降谷君の立場を理解しているんだから安心して?」
「それはそうだけど…」
「それに、私は降谷君がいてくれるだけで笑顔になれるから」
「名前…」
「物理的な距離じゃなくてもね。心で繋がっていられるだけで幸せなんだよ!」

降谷は、繋いでいた手を解くと名前の右腕を掴んで自分の方に抱き寄せた。

「普通の恋人のように、外を歩いたりできなくなる日が来るかもしれない」
「うん」
「…それでも、僕と一緒に歩いてくれるか?」
「もちろん。喜んで!」



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