「もしもし?」
『名前、僕だ』
「零君、お疲れ様!」
『お疲れ』
名前の電話の相手は降谷。
名前達が警察学校を卒業してから、早くも1ヶ月が経っていた。
『調子はどうだい?』
「やっと一日の業務に慣れてきたって感じかな〜?」
『そうか。さすがだな』
「そうかな?でも、零君の方が忙しいんじゃない?」
『そうでもないよ』
警察学校を卒業し、名前と降谷はそれぞれ交番勤務が始まった。
名前は、杯戸町にある杯戸駅前交番勤務で、山中巡査長から仕事を教えてもらっていた。
降谷は、警察庁警備局警備企画課に配属される前のカモフラージュとして、都心から少し外れた場所にある所轄署に籍を置いているが、実際は警視庁公安部に出向いている。
毎日忙しい日々に追われている2人だったが、それでも仕事が終わり、時間のある時は電話で他愛のない話をしていた。
「声が疲れてるみたいだから、時間があるなら電話しないでゆっくり休んでいいからね?」
『献身的すぎるな。もっとわがままを言ってもらってもいいんだぞ』
「頑張ってる零君の事を知ってるから」
『僕が好きでやってるからいいんだ。名前と話す事が僕の至福の時間なんだよ』
「それなら嬉しいけど」
そう言うと、名前はフフッと笑った。
『そういえば、さっき松田から連絡が来てたな』
「ご飯に行こうって連絡?」
『ああ。卒業してから1ヶ月、さすがに集まるのは早すぎないか?』
「それだけ零君達に会いたいんじゃない?ああ見えて、結構寂しがり屋だから」
『フッ!あの顔でか?』
名前の言葉に降谷は思わず吹き出す。
「意外とね!」
『さすが名前、松田の事なら何でもお見通しだな』
「そ、そんなんじゃないよー!」
『ハハハッ、分かってるって』
降谷が電話口で何やらゴソゴソしている音が聞こえてきて、名前は「零君?もしかして忙しい?」と聞く。
『いや、さっき風呂から出た所だから、髪を拭いているだけさ。うるさいか?』
「ううん。大丈夫」
『名前は?風呂には入ったのか?』
「入ったよー!髪の毛も乾かしてます!」
『早いな』
「前に帰ってすぐ寝落ちしちゃった時があって、だから最近は帰ったらすぐ入るようにしてるんだ」
名前は少し恥ずかしそうに言う。
『確かに、最初は慣れない仕事で大変だよな』
「うん。お風呂入っても髪の毛乾かす前に力尽きて、朝起きて寝ぐせが大変な事になってたり!」
『じゃあ僕が乾かしてあげるよ』
「え?」
『今度泊りに行かせてくれ』
「う、うん!」
名前の返事を聞いた降谷は『じゃあ、楽しみにしてる』と言って笑った。
「私も!楽しみにしてるね!」
『ありがとう。…そろそろ寝るか』
時計を見ると、もう0時を回っていた。
「電話ありがとう」
『名前からかけてきてくれてもいいんだからな』
「はーい!」
『君は僕に遠慮しすぎだ』
「遠慮じゃなくて、心配してるんだよ」
『じゃあ余計な心配はしなくていいから、もう少しわがままを言ってくれ』
「考えておくね」
『全く。まあ、そこが名前の良い所でもあるからな』
「エへヘ」
『それじゃあ、またな。次に会うのは週末の集まりだな』
「うん!久しぶりに会えるの楽しみにしてるね!」
『僕も』
「おやすみ零君」
『ああ。おやすみ、名前』
週末、非番だった名前は、公休の松田と2人で先に居酒屋に向かっていた。
「今日は呼び出しありませんように!」
「おーおー、大変だなァ交番勤務」
「いまだに交代制勤務は慣れないね」
「そうか?」
「陣平は、元々不規則な生活習慣だったから慣れてるでしょ!」
「別にいいだろ!」
松田は文句を言いながら携帯を開くと「結局、今日来れんのはハギとゼロか」と言う。
「うん。諸伏君は仕事が忙しいって言ってて、班長は当番だからね」
「ま、なかなか全員で集まんのは難しいよな」
「だなー」
居酒屋に着くと「いらっしゃいませー!何名様ですか?」と店員に聞かれる。
「後から2人来るんで、4人です」
「失礼ですが、年齢の確認できるものはお持ちですか?」
「は…?」
店員から年齢確認を要求された松田は、思わず低い声が出る。
「わー!陣平、ストップ!」
「申し訳ないのですが、お二人とも年齢確認ができないとお通しする事が難しくて」
「どう見たって成人してんだろ!」
「陣平!素直に免許証とか出しなさいよ!」
名前は松田を抑えながら「これで」と言って免許証を出す。
「ありがとうございます。そちらの方は…?」
「…ホラよ!」
納得できないという顔をしながらも、松田は財布を取り出して免許証を出す。
「ありがとうございます。まずは2名様、ご案内!」
ようやく中に入る事ができた松田は、席に座ってからも文句を言っていた。
「おまえは分かるけど、なんで俺まで年確されなきゃいけないんだよ!」
「ちょっと、それどういう意味?」
「そのまんま」
「言っておくけど、陣平ちゃんだって普通に未成年に見えるからね!」
「んなワケねぇだろ!」
「ありますー」
名前はバッグから手鏡を取り出すと「ホラ!見て!立派なベビーフェイスだよ」と言って見せる。
「そのセリフ、そのままそっくり返してやる!」
名前の持っている手鏡を掴むと、名前の方に向けようとする松田。
「痛い痛い!」
「放せよ!」
「これ私のだからね?」
「いいから貸せって!」
そんなやり取りをしていると、個室の障子が開かれて降谷と萩原が現れた。
「お疲れさーん!」
「…何してるんだ?」
名前と松田の奇妙な攻防戦を見た降谷は、あきれた顔で聞く。
「あ!2人ともお疲れ様!」
「よお!」
「その状況で普通に挨拶してくるのが怖いんだけど」
「まあまあ降谷ちゃん、いつもの事だよ!」
萩原は気にせず靴を脱いで、座敷に上がる。
「おいおい、陣平ちゃん。いつも通り、ナチュラルに名前ちゃんの隣に座ってっけど、そこはもう降谷ちゃんの場所だぜ?」
「あ?」
松田はそう言うと「ああ、そうか。悪いゼロ!」と言って、名前の隣から萩原の隣に移動した。
「別にかまわないよ」
「いや、かまえよ」
「そのくらいで腹を立てるほど、僕は心が狭くないからね」
「そーんな事言って、さっき2人を見てた降谷ちゃんの目、マジだったぜ?」
「余計な事を言うな」
降谷も靴を脱ぐと、名前の隣に座る。
「僕が座ってもいいかな?」
「も、もちろんだよ!」
名前が返事をすると、降谷は嬉しそうに笑う。
「そんじゃあ、適当に注文するか」
「オッケー」
「生の人ー?」
ある程度注文を終えた萩原は「そんで?さっき2人は何してたのさ?」と聞いた。
「ああ、手鏡?」
「それがよォ、聞いてくれよ!」
松田は眉間にしわを寄せながら「ここに入る時に、年確されたんだよ」と言った。
「年確?」
「そ!2人して」
「そういえば、降谷ちゃんもされてたな?」
萩原に指摘された降谷は「…クソッ」と恥ずかしそうにする。
「ハギー。もしかしておまえ…」
「そ!俺だけはスルー!年相応のナイスガイって事だねぇ」
「言ってろ!」
「零君も年齢確認されたんだね」
「不本意ながら…」
名前はフフッと笑う。
「そ、それで?それがさっきの手鏡とどう繋がるんだ?」
「ああ。それで、名前だけならまだしも、なんで俺も年確されなきゃなんねーんだよって言ったら」
「陣平だって、ベビーフェイスだよって教えてあげるために手鏡を見せたの」
「ブッ…!」
萩原がこらえきれず吹き出す。
「ハハハハハハッ!じ、陣平ちゃんが…ベ、ベビーフェイス…ッ!アハハッ!」
「笑うなー!」
「たしかに、陣平ちゃんはベビーフェイスだな!」
「ハギ!ブン殴るぞ!」
「まあまあ、落ち着けよベビーフェイス松田」
「ギャハハハハッ!」
「ゼロ〜!!」
松田は怒りに震えながら「それならおまえもベビーフェイス降谷だろうが!」と言い返す。
「ヒーッ、もうやめて!お腹痛い!」
「ハギ!てめーは笑い過ぎなんだよ!」
「フフフッ、みんな楽しそうだね〜」
「一番のベビーフェイスが高みの見物をしているな」
「え?」
「この中なら、名前が一番ベビーフェイスだろ」
「そ、そんな事ないよ!?」
「いーや!そんな事ある!」
名前と松田が言い合っていると「ハイハイ、俺からしたらどっちもどっちだぜ?」と萩原が止めに入る。
そのタイミングでドリンクが届いたので、不毛な争いは一時中断した。
「ほら、とりあえず乾杯しようぜ」
「だな」
「まずは1ヶ月、頑張ったご褒美だな」
「うん!」
4人はグラスを持って「乾杯!」と、グラス同士を軽く当てた。