瞳の中の暗殺者03

「…ここは…」

名前が目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。
周りを見渡して「そうだ…私、撃たれたんだ…」とつぶやく。
ボーッとしていると、看護師が部屋にやって来て「目が覚めましたか!」と名前に近寄る。

「あ、あの…」
「もう大丈夫ですよ。すぐに先生を呼んできますね」
「はい」

名前の手術を担当した外科医がやって来て「安心してください。内臓器への損傷も見られなかったので、傷口がふさがれば退院しても大丈夫です」と言う。

「それは、どのくらいかかりますか?」
「人にもよりますが、一週間は安静にしていてほしいですね」
「一週間…」

名前は「(さすがにそんなに休んでられないけどなー…)」と思いつつ、2、3日はゆっくりしようと思った。



名前がベッドの上で暇を持て余していると、病室の扉が開いて千葉が顔を見せる。

「苗字さん!目が覚めたと聞きました!」

千葉が名前の病室に入って来ると、名前は「千葉君だ〜!」と嬉しそうな顔をした。

「大丈夫ですか?」
「うん!麻酔も効いてて、元気いっぱいだよ!」
「それは元気とは言わないんじゃ…」

名前の様子を見た千葉が、苦笑しながらそう言った。

「美和子ちゃんと蘭ちゃんは?」
「…佐藤さんは、弾の摘出手術は無事に成功したのですが、まだ意識が戻らずで…。助かるかは五分五分だそうです」
「そ、そんな…ッ!」

名前は思わず体を起こそうとするが、傷が痛んで動きが止まる。

「ああ!無理しないでくださいよ!苗字さんも、一週間は絶対安静なんですから!」
「…はーい」
「蘭さんも、今のところは大丈夫です」
「今のところ?」

含みのある言い方に、名前ははてなマークを浮かべるが、捜査状況についての質問を先にする事にした。

「捜査状況は?」
「現在、友成真を指名手配しています」
「そうなの?」
「犯人が左利きだという事から、全ての現場にいた友成真が怪しいと判断した目暮警部が指名手配を」
「…そっか」

名前は顎に手を当てて考える素振りを見せるが、それ以上何も言わなかった。

「さっきの蘭ちゃんの事だけど、今のところは大丈夫って言ってたけどどういう意味?」
「それが、実は蘭さん…記憶喪失になっていまして…」
「記憶喪失!?」

千葉の言葉に、今度は体を飛び起こした名前。

「イテテッ…」
「苗字さん!傷が開きますよ!」
「き、記憶喪失って…」
「蘭さん、自分が懐中電灯でお二人を照らしたせいで撃たれてしまったと、責任を感じてしまったようで…そのせいで」
「そんな…」
「それに、蘭さんが犯人の顔を見ている可能性が出て来たんです」
「本当!?」
「はい」

名前は「それなら私の所に来てる場合じゃないでしょ!蘭ちゃんの護衛に行って大丈夫だよ!」と言う。

「苗字さんならそう言うと思いましたけど、佐藤さんの事や捜査状況が気になるかなと思ったので」
「それは正解」
「今は高木さんと交替で蘭さんを見ているので安心してください!」
「頼んだよ!千葉君!」
「はい!苗字さんも、くれぐれも無理をせず、きちんと休んでくださいね!」
「分かった。ありがとう」

そう言うと、千葉は病室を出て行った。



その日の夜中、名前は人の気配を感じて目を覚ます。

「…ん?」
「…」
「…零…君?」
「名前…」

病室には、降谷がいた。

「ど、どうしてここに?」
「…君が撃たれたと聞いた」
「誰から?」
「…僕は公安警察だ。どこにいたって、君の情報は把握している」
「こ、公安でも普通はそんな事知らないでしょ?」

名前は呆れた様に笑った。
名前が体を起こすと、降谷はゆっくり名前に近づいて、ベッドの横に置いてある椅子に腰かける。

「…痛むか?」
「今は麻酔が効いてるから大丈夫だよ」
「そうか…」

降谷は下を向いたまま話をしており、名前は「ねえ、零君?顔を上げてほしいな?」とお願いする。

「…」
「零君?」
「…イヤだ…」
「ええー?」

名前はそう言うと「久しぶりに会えたのに、零君の顔が見られないのは悲しい」と続ける。

「…」
「…?」
「…きっと、酷い顔をしている」
「酷い顔?」

そう言うと、降谷はゆっくりと顔を上げた。

「零君…」

眉間にしわを寄せつつ悲しげな表情をした降谷の表情を見て、名前は「…心配かけてごめんね」と謝った。

「君まで…失うかと思ったんだぞ…」
「うん」
「僕以上に危ない事に巻き込まれるのはやめてくれ…」
「ごめんね」
「君の事を、部下から聞いた時は血の気が引いた…」

降谷の言葉に「そっか、零君の部下の人に知られてたんだね…」と名前が呟くと「今、そこは問題じゃない」と降谷が言う。

「はい、ごめんなさい」

降谷は名前の事をやさしく抱きしめると「頼むから…僕の目の届かない所で死んでくれるな…」と、消え入りそうな小さな声で伝える。

「零君…ごめんね」

名前は点滴のついていない右腕を降谷の背中に回すと「私はここにいるよ」と伝え、降谷をなだめるように背中を撫でる。

「…君は大きな事件に巻き込まれる体質なのか?」
「そうかも」

名前はそう言うとフフッと笑う。

「零君、来てくれてありがとう」
「…名前の顔を見て安心したかったんだ」
「安心できた?」
「…まあまあ」
「フフフッ」

降谷は時計を見ると「すまない、本当はもっとゆっくりしたいんだが…」と申し訳なさそうに言う。

「大丈夫だよ。忙しいのに来てくれてありがとう」
「怪我人なんだから安静にしてろよ?」
「うん」
「絶対に無茶するなよ!」
「分かってるよ!零君は心配性だなぁ」

降谷は納得ができないというような顔をするが、椅子から立ち上がって名前の頬に手を添える。

「ゆっくり休めよ」
「ありがとう」

降谷は名前の頬に口づけると「また来る」と言って、病室を出て行った。

「キ、キザ〜!」

名前は頬を手で押さえながら降谷の出て行った扉の方を見る。

「零君、ありがとう」





数日が経ち、暇を持て余すようになった名前は、千葉からもらった捜査資料を見ながら今回の事件を整理していた。

「今回の事件…本当に友成真さんが犯人なのかな…」

今回の事件、名前達は、1年前に起きた東都大学付属病院、第一外科医師の仁野保の自殺が関係していると考えていた。
手術ミスをして遺族に訴えられていた仁野が酒に酔い、右の頸動脈を手術用のメスで切った。
部屋のワープロにも、手術ミスを謝罪する遺書が残されており、事件を担当した友成真の父である友成警部は自殺の可能性が高いと判断した。
しかし、兄の保は患者の事など全く考えない最低の医者で、手術ミスを詫びて自殺する事などありえないと、第一発見者である妹の仁野環が自殺を否定。
さらに、その1週間ほど前に、ある倉庫の前で紫色の髪をした若い男と口論しているのを見たと証言。
その証言を聞いた友成警部は、奈良沢、芝、佐藤を連れて倉庫に向かった。
そこで、友成警部は持病の心臓発作が起き、佐藤の車で病院に運ばれるが手術中に息を引き取った。

「…もし、この仁野さんの事件が自殺じゃなくて他殺なら、その犯人も左利きのはず」

返り血を浴びずに右の頸動脈を切るには、左手でメスを使うしかない。

「でも、仁野さんと友成真さんに接点はない…」

仁野が口論していた紫色の髪の男が小田切警視長の息子の敏也だった事、そして友成警部の急死もあり、捜査は打ち切りとなった。

「打ち切りになったはずなのに、奈良沢刑事が事件の再調査を美和子ちゃんと芝刑事に頼んだって事は、何かがあったんだろうな」

佐藤が時間外に何かを調べている事には気づいていたが、名前はそれをただ見守っていた。

「…美和子ちゃん…」

無意識に手に力が入り、持っていた捜査資料がくしゃりと音を立てた。

「失礼します」
「高木君」

名前の病室に入って来たのは高木だった。

「お疲れ様です、苗字さん」
「お疲れ様。どうしたの?」
「実は、今週末に蘭さん達とトロピカルランドに行く事になりました」
「トロピカルランド?」

名前が復唱すると、高木が「はい。この前テレビを見ていたらトロピカルランドの映像が流れて、蘭さんが覚えていると言ったそうです」と答える。

「それで、実際にトロピカルランドに行ったら記憶が戻るんじゃないかって」
「…もし蘭ちゃんが犯人の顔を見ているなら危ない気もするけど…」
「そ、そうですよね…」
「でも、蘭ちゃんが行くって言ったの?」
「…はい」

高木の返事を聞いて「…分かった。私も行く」と名前が言う。

「なっ!苗字さんはまだケガが治っていないでしょう!」
「蘭ちゃんがトロピカルランドに行った時に巻き込まれた事件、私も一緒にいたんだよ!その時の話をすれば、記憶がもっと戻りやすくなるかもしれないじゃん!」
「だ、だからって!」
「大丈夫!もうほとんど治ってるし、絶対安静の一週間は経ったからさ!」

名前がそう言うと、高木は「ハァ…」とため息をついて「本当に、無茶だけはしないでくださいよ」と念を押した。



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