06

爆発物処理班の萩原達が巻き込まれた爆破事件。
あの後、現場は騒然としていた。
消防隊員と救急隊員が爆発現場となった高層マンションの20階に向かったが、1フロアが爆弾によって全て吹き飛び、何も残っていなかった。
もちろん、爆弾解体のために爆弾の近くにいた萩原達の遺体も、何一つ残っていなかった。







萩原の通夜が行われる会場に向かう名前と松田。
2人は何も喋らず、うつろな目をしていた。

「松田、名前…」
「…」
「零君…それに諸伏君と班長」

会場の前には、先に到着していた降谷、諸伏、伊達が2人を待っていた。

「…大丈夫か?」
「…ご、ごめんね…。正直、まだ実感できなくて…」
「…そうだよな。ごめん」

降谷が名前に寄り添うと、松田には諸伏と伊達が寄り添った。

「松田…」
「…さっさと中入ろうぜ…」

松田はそう言うと、顔を伏せたまま会場の中に入って行った。

「陣平…」

そんな松田の後ろ姿を、名前は泣きそうな顔で見つめている。



受付を済ませて中に入ると、萩原の姉である千速と友人の大江忍が萩原の写真の前に立っている。
名前達が入って来た事に気づいた千速は「陣平、名前、それから…」と後ろにいる降谷達に視線を移動させた。

「千速さん、3人は研ちゃんの警察学校の同期だよ」
「そうか」
「萩原千速さん。研ちゃんのお姉さんで、神奈川県警の白バイ隊員だよ」

名前が降谷達に千速を紹介する。

「萩原千速だ。わざわざすまないな、研二も喜んでいるよ」
「あ、いえ…この度はご愁傷様です」
「ああ。ありがとう。時間までまだある。それまで自由にしてて構わない」
「分かりました」

降谷達は邪魔にならないよう少し離れた位置で待機する事にした。
名前は、飾られている萩原の遺影に近づきながら「この写真って…」と千速に聞く。

「おまえ達が、警察学校に入校した時の写真だ」
「あの時の…」

警察学校に入校した日、名前は松田と萩原と一緒に写真を撮った。
その時の写真が遺影として飾られている。

「嬉しそうに送ってきたぞ。”これで俺も立派な警察官!名前ちゃんのような被害者を一人でも多く救えるように頑張るわ”ってな」

そう言って千速は懐かしそうに笑った。
千速の言葉を聞いた名前は「研ちゃんが警察官を目指したきっかけって…」と言う。

「まあ、色々あるだろうが、一番のきっかけはおまえだろうな」
「ウソ…」
「おまえを大事に思っていたからな」
「私が…研ちゃんを、巻き込んだ…」

千速は「それは違う。研二が警察官を志したのはあいつの意思だ」と、名前の言葉を否定した。

「我が弟ながら、何を考えているか分からない時も多かったけど、名前が関わると分かりやすかったな。研二に道を示してくれてありがとう」
「千速さん…」
「研二は、きっと幸せだったよ」

千速の言葉を聞いた名前は涙を流しながら「研ちゃん…研ちゃん…!」と両手で顔を覆った。
そんな名前の肩を千速が抱く。

「ち…千速さ…ッ、ご、ごめんなさい…。千速さんの方が、悲しいのに…わッ、私の方がこんな泣いて…」
「悲しい気持ちに大きいも小さいもあるか。悲しかったら泣け。悔しかったら怒れ。その方が、研二も救われる」
「うっ…千速さん…、私、悔しい…!」
「ああ…」
「どうして、研ちゃんなの?研ちゃんは…何もしてないのに!」
「…ああ。そうやって感情をぶちまけてくれた方が良い。あのバカみたいに、変な事は考えるなよ」

千速は、降谷達と会場の端に移動した後も何も話さないでジッと黙っている松田を見ながらそう言った。



通夜が終わり、名前と松田は通夜振る舞いの席に呼ばれた。

「それじゃあ僕達はここで」
「うん」
「また明日の告別式でな」
「そうだね」
「…松田は大丈夫?」

何も答えない松田を、心配そうに見守る諸伏。

「…陣平…」

松田は「…悪い」と一言だけ言うと、先にその場を離れた。

「諸伏君、ごめんね」
「ううん。オレの方こそ、ごめん。…大丈夫なわけないよな」
「…陣平ならきっと大丈夫だから、心配しないで」
「うん…」
「名前、おまえもあんまり思いつめるなよ」

降谷はそう言うと、名前の頬に触れると「目が腫れてる…」と言った。

「零君、ありがとう」
「何かあったら呼んでくれ。何もできないけど、傍にいる事はできるから」
「うん…。また明日ね」
「ああ」
「またな」
「班長も、ありがとう」

降谷達を見送った名前は、松田を探しに行く。



「陣平…!」

椅子に座ってうな垂れている松田を見つけた名前は、松田の元に急いで駆け寄る。

「陣平?大丈夫?」
「…どこにもいねえんだよ」
「え?」
「棺の中…空っぽなんだよ…」
「陣平…」

松田は悔しそうに頭を抱えながら「俺が…俺があいつを…爆処なんかに誘ったから…!」と呟く。

「違うよ!違う!研ちゃんは…私が…陣平ちゃんのブレーキになってほしいって…ッ」
「俺が誘わなかったら、今頃あいつは所轄の警察官で、のんびり交番勤務してたはずなんだよ!」
「私が押し付けたの!陣平ちゃんが心配だって言った、私の気持ちを…」

名前は松田の前に座ると、松田の両手を握る。

「ねえ、陣平ちゃん…。研ちゃん、幸せだったかな…?私達と一緒にいて、楽しかったかな?」
「…俺達の親友だろうが。幸せだったに決まってる!けどよ…もっと幸せになる権利が、あいつにはあっただろ…」
「陣平ちゃん…」

松田は顔を上げると、名前の目を真っすぐに見た。

「俺は、爆弾犯を絶対に許さない…。必ず、萩原の敵を取る」
「…私も、犯人を捕まえる!」
「俺とハギの約束だ。おまえまで巻き込めねえよ」
「私だって、怒ってるよ!絶対、絶対に犯人を捕まえて、罪を償わせる!」
「…なら泣き止め!」

名前の右手を振りほどくと、松田は名前の瞳から零れ落ちている涙を乱暴に拭う。

「泣き虫は捜一になんか入れねえぞ!」
「捜査一課?」
「俺は、警視庁の捜査一課特殊事件捜査係に転属願を出す」
「え?」

松田の言葉に驚き、名前の涙が止まった。

「特殊事件捜査係って、誘拐やハイジャック事件とか、爆破事件とかを担当する?」
「ああ。爆弾犯を追うには一番都合がいいだろ」
「でも…爆発物処理班はいいの?」
「爆処にいたんじゃ、解体はできてもヤツを捕まえる事はできない。俺は、自分の手でハギを殺した犯人を捕まえてえんだ」
「…分かった」

名前は頷くと「それなら、私は捜査一課強行犯係を目指す!」と言った。

「はあ?なんでだよ」
「別の部署にいた方が、色々と情報が入りやすいと思うから」
「名前…」
「2人で爆弾犯を捕まえよう」
「…おまえまで付き合う必要はないんだぜ?元々、生活安全部目指してただろ」
「ううん。私の意思で、研ちゃんの敵を取りたいの。陣平ちゃんと同じ気持ちだよ」

松田の事を真っすぐに見つめ返してきた名前に、松田は「…本当、おまえは一回言い出したら聞かねえ頑固者だぜ」と言った。

「それは陣平ちゃんもでしょ」
「うるせえ」

先ほどまでと比べると、心なしか表情が明るくなった松田を見た名前は、少し安心した。



名前達は通夜振る舞いの席で、萩原の両親や千速、忍達と話をしながら料理を食べて、1時間ほどで会場を出た。

「陣平!名前!」
「千速…」
「千速さん」

会場を出た所で、千速が2人の名前を呼んだ。

「もう帰るのか」
「ああ」
「明日も来ます」
「気をつけろよ」
「?」

千速は松田を見ると「陣平…本当に気をつけろよ。無茶な事は考えるな」と念を押す。

「おまえもな」
「私はおまえと違って無茶な事はしない」
「どうだか」
「…まあ、名前が一緒にいるなら大丈夫か」

千速はため息をつくと、持っていたポリ袋の中から1通の手紙を取り出した。

「名前」
「え?」

封筒の表には”名前ちゃんへ”と書いてある。

「これは?」
「…研二の寮の部屋を片付けていたら見つけた。おまえ宛ての手紙だ」
「…ありがとうございます」

名前はそう言うと、千速から手紙を受け取った。

「それから、これだ」

持っていたポリ袋を松田に押し付ける千速。

「あ?何だよ」
「カートンで買っていたタバコだ。私達は誰も吸わないから、おまえにやる」

中には萩原が吸っていたタバコのカートンが2箱入っていた。

「それじゃあ、また明日な」
「はい。また明日」
「おう」

名前と松田は千速に挨拶をすると、そのまま駅に向かって歩き出した。

「陣平ちゃん」
「あ?」
「タバコ、1箱ちょうだい?」
「はあ?おまえ吸うのかよ。ゼロが泣くぜ」
「吸わないよ!ただ、持っておきたいだけ」

松田は少し考えたが、カートンの封を開けて、タバコを1箱取り出した。

「ホラよ」
「ありがとう」

名前に渡した後、松田はもう1箱取り出すと、封を開けて1本取り出す。
そして、胸ポケットからライターを取り出して火をつける。

「スゥ〜…ゲッ、ゲホッ!ハギのヤツ…こんな重てえの吸ってたのかよ」
「重たい?」
「タール!って言っても分かんねえよな」
「うん」

松田が普段吸っているタバコとは銘柄が違う萩原のタバコを吸って、一瞬むせた松田だったが、その後も静かに吸い続けた。

「…萩原…萩原…」

名前は、タバコを吸いながら静かに涙を流す松田の事を見ないように、後ろからそっと松田の左手を握った。



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