FILE.1 萩原研二の告白・前編

俺が名前ちゃんに出会ったのは幼稚園の年長。
多分、名前ちゃんは覚えてないんだろうな。

「なあ陣平ー!おもちゃバラバラにしてないで遊ぼうぜ!」
「こっちのが面白いんだよ!」
「なんだよ陣平のバーカ!」

陣平ちゃんは、おもちゃで遊ぶよりも構造を知りたがっていて、よくバラバラにしていた。
そんな陣平ちゃんを、周りはちょっと変わった男の子という目で見ていた。

「もう、陣平ちゃん!そんな事してると、お友達みんな逃げちゃうよ!」
「おまえがいるんだから別にいいだろ!」
「そうじゃなくてー!」

そして、そんな陣平ちゃんの傍には、いつも名前ちゃんがいた。

「まったくもう…。あっ」

名前ちゃんは顔を上げると俺の方を見て、目が合うと俺の方に駆け寄って来た。

「ねえ、あなたももも組さん?」
「俺はいちご組だよ」
「そうなんだ。私、苗字名前っていうの。あたなのお名前は?」
「俺は萩原研二」
「萩原、研二…?それじゃあ研ちゃんだ!」

そう言ってニコッと笑った名前ちゃんの顔を見て、素直に可愛いなと思った。

「ねえねえ研ちゃん」
「なあに?」
「あそこでおもちゃバラバラにして遊んでるの、私のお友達なんだけど、変な子じゃないの」
「えっ?」
「研ちゃんがもしよかったら、話し相手になってあげてくれないかな?陣平ちゃん、良いところいっぱい持ってるのに、みんな分かってくれないんだ」

悲しそうな顔をした名前ちゃんに、俺は思わず「いいよ!」と食い気味で返事をした。

「ほ、本当?」
「うん!俺もおもちゃの組み立てとか好きだし」
「あ、ありがとう!研ちゃんはやさしいね!」

さっき笑った表情よりも、さらに愛らしい顔で笑った名前ちゃんから、俺は目が離せなかった。
多分、この日、俺は初めて恋をしたんだと思う。



それから、小学校も同じで中学校も同じ。
ただ、中学に入る頃には、名前ちゃんからの呼び方が変わっていた。

「萩原君、って呼ぶのは何で?」

急に名前の呼び方が変わり、我慢できずに本人に聞いた。

「…だって、萩原君人気者なんだもん」
「えっ?」
「私が研ちゃんって呼ぶと、悲しむ女の子達がいるんだ」
「何それ」
「付き合ってもいないのに、異性を名前で呼ぶのはおかしいんだって。みんなそう言ってるよ!」

そんな風に説明されたけど、俺は今まで通り名前で呼んでほしいと頼んだ。
けど、名前ちゃんからの呼び方は変わらなかった。
俺の呼び方は変わったのに、陣平ちゃんへの呼び方は変わらなかった。

「かァ〜!今日も暑っちいな!」

体育の後、うちわで扇ぎながら水を飲んでいる陣平ちゃんに名前ちゃんが駆け寄って来て「陣平ちゃん!ちゃんと汗拭きなよ」と、タオルを渡してまたすぐ去って行った。

「あいつは俺の母ちゃんかよ!」
「…いいじゃん。羨ましいぜェ、本当」
「あ?」
「陣平ちゃんと名前ちゃんは、ずっと変わらねェよな」
「何だよそれ。まるでおまえと名前は変わったみたいじゃねえか」
「…みたいじゃなくて変わってんの!陣平ちゃん気づいてないの?俺だけ苗字呼びに変わっちゃったの!」

俺が陣平ちゃんの耳元で騒いでいると「う、うるせえ!」と言って軽く殴られた。

「俺と名前は兄妹みたいなもんだろ!」
「…本当に恋愛感情はないのか?」
「はっ?」

俺が珍しく真剣な顔で聞いた事に驚いた陣平ちゃんが、目を丸くした。

「おまえ、もしかして…」
「どうなのさ!」
「…ふ〜ん」

陣平ちゃんは、意地悪そうな顔で笑うと「俺達の間に、愛だ恋だなんて感情は一切ねえから安心しろよ!」と言いながら肩を組んできた。

「にしても、ハギ!おまえがね〜」
「むしろ、あんな可愛くて優しくて、ずーっと傍にいてくれるのになんとも思わない陣平ちゃんのが謎だよ」
「俺を変人みたいな言い方すんなよ!」

陣平ちゃんは「ま、でもお似合いだと思うぜ?おまえと名前!俺の好きなもん同士がくっつくんなら大歓迎だぜ!」と言いながら笑った。

「俺は名前ちゃんに相手されてねえよ」
「そうか?」
「名前だって呼び方変わっちまったしな」
「ハギ…おまえって案外女々しいんだな」
「慎重だって言ってくれよ!」

少し引いたような目で見てきた陣平ちゃんに、俺は「本気の子には慎重になるだろ」と言ってそっぽを向いた。

「おーおー、あのハギが1人の女に悩んでんの、貴重だな」
「誤解を生むような言い方しないでくれます?」
「まあ、せいぜい頑張れよ!」
「もっとちゃんと応援してくれよ!」
「へいへい、頑張れよ」
「陣平ちゃん!」

陣平ちゃんには俺の気持ちがバレちまったが、それはそれで好都合。
何かと陣平ちゃんにも協力してもらって、名前ちゃんに分かりやすくアプローチをかけていたが、当の本人は恋愛に興味がないのか、俺に興味がないのか、まったく手応えがなかった。



名前ちゃんから”萩原君”と呼ばれ慣れるのに、俺は3年かかった。
3年も経てば、俺達は高校生になる。
3人とも同じ高校に進学した時は、さすがに”仲良し3人組過ぎる”って親や姉ちゃんからからかわれたけど、俺は嬉しかった。
高校3年間で、必ず名前ちゃんとの関係を進展させる!
そう思っていたのに、名前ちゃんは事件に巻き込まれた。

名前ちゃんをストーカーしていた弓道部の顧問が捕まって、少しずつ通常の生活を取り戻してきたと思ったけど、名前ちゃんの心の傷は俺が思っていた以上に深かった。

「あ!名前ちゃん!」
「ッ!は、萩原君か…」

誰かから後ろから話しかけられたり、左腕に触れられるのを極端に怖がるようになってしまった。

「ご、ごめんね、ちょっとボーッとしてて…」
「ううん、俺も後ろから声かけてごめんね」
「大丈夫だよ!」

そう言って無理やり笑顔を作る名前ちゃんを見ていたら、俺は心が苦しくなった。
それと同時に、名前ちゃんをこんな風にした犯人が許せなかった。

名前ちゃんの本当の笑顔が見たい。

ただ、それだけだった。

「おい、研二!おまえ進路はどうするんだ?」
「ん?」

高校2年になって進路調査票を書いていると、姉ちゃんが部屋に入って来た。

「んっ?」
「あ、ちょっと勝手に見ないでよ」

姉ちゃんは俺の書いていた紙を取り上げると「警察官…」と、書いてある文字を呟いた。

「何だ研二、そんなに私の事が好きか!」
「別に姉ちゃんの後追ってるわけじゃねえよ」
「可愛くないな、ほんの冗談だろ。ノリが悪い」

姉ちゃんも警察官を志望している事は知っていた。

「分かっている。名前だろう?おまえは本当、昔から名前の事が好きだな!」
「ちょっ!何で!?」
「知っているに決まってるだろ!バレてないとでも思ってたか?」

姉ちゃんからの言葉に、俺は地味にショックを受けた。
絶対隠せてると思ってたのに、よりによって一番知られたくない姉ちゃんに知られていた。

「名前は可愛いし、いい子だしな。あの子が義妹になるなら大歓迎だ!」
「気が早いし、そもそも俺は名前ちゃんと付き合ってないからね」
「これからは分からないだろう」
「…名前ちゃんもそんな事してる場合じゃないっしょ」
「何?」

俺は「あんな事があって、未だに怖い事が多くて…恋愛なんて考えられないでしょ」と言った。

「バカだな」
「なっ!」
「おまえがそんな弱気でどうする。ちゃんと名前と向き合え!名前はきっと乗り越えるだろう。それまで、おまえが傍にいて名前を守ってやれ」
「…本当にそれして大丈夫?付き合ってもいない男だよ?」
「そんな事は知らん!だが、大丈夫だろう!多分」
「だよねー!姉ちゃん恋愛に疎いじゃん!期待した俺がバカだった!」
「なんだと。これでもモテるんだぞ」
「陣平ちゃんにでしょ!」

俺がそう言うと、姉ちゃんは「とにかく、研二。警察官を志すのは構わないが、大学にはしっかり通え!」と言って、進路票にバツを書いた。

「わー!姉ちゃん!?」
「高卒と大卒だと雲泥の差だぞ」
「うっ…」

それもそうか、と思った俺は次の日、進路調査をもう1枚貰って書き直してから提出をした。
まさか大学まで陣平ちゃんと名前ちゃんと同じになるとは思わなかったけどね。



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