「苗字さん、調書の内容が大雑把すぎます。もう少し詳しく、丁寧に書いてください」
「は、はい…すみません!」
名前としてはきちんと書いているつもりだが、戸崎が細かい性格という事もあって、隅々までチェックされて、その度にやり直しを要求されていた。
「全く、今までの上司はそれで良かったのかもしれませんが、私は許しませんよ」
「は〜い…!」
名前は涙目になりながら調書を作り直す。
「(えーっと、たしかに…分かりにくい気がする…)」
そう思いながら、名前は分かりにくい部分を書き直していく。
「名前、お疲れ様!」
「凛子ちゃん!」
「今日はもう上がりだから遊びに来ちゃった!」
「お疲れ様!」
林は名前の書き直している調書を見て「うわー細かい。供述調書ってめんどくさいね」と言った。
「戸崎さんが細かい人だから余計にそう感じるかも」
「戸崎警部って、あの神経質そうな見た目の人だよね?カッコいいのにもったいない〜」
「アハハッ」
名前は最後の一行を書き直すと「よし、完成!」と言った。
「お、お疲れ様」
「凛子ちゃんは、どう?慣れた?」
「そうだね。奥穂の時と、やってる事自体はそこまで変わらないからね。まあ規模は大きくなったけど」
「そっか。凛子ちゃん流石だね」
「そうでもないわよ。一緒に配属になった同期が女子を煮詰めたみたいな感じの子でさー!」
「えー何それ」
2人で話をしていると「苗字さん?」と名前を呼ばれた。
「と、戸崎さん!」
「お喋りは結構ですが、終わりましたか?」
「ハイ!終わりました!」
名前は作成し直した調書を戸崎に渡すと「…はい。これなら問題ないです」と、ようやく戸崎から合格点が出た。
「苗字さんは、元々できる人なんですから最初からこのレベルの物を提出してください」
「分かりました!」
「同期ですか?」
林は「苗字の同期で交通執行課の林です」と挨拶をした。
「苗字さんの教育係の戸崎です。苗字さん、今日はもう上がっていいので一緒にどうぞ」
「いいんですか?まだやる事が…」
「最初から飛ばし過ぎですよ。明日は非番なんですから、ゆっくり休んでください」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ、何かあったら遠慮なく呼び出しますけどね」
「かしこまりました!」
「お疲れ様です」
そう言うと、戸崎は自分のデスクに戻って行った。
「戸崎警部、良い人じゃん」
「でしょ?」
林は小さな声でそう言った。
「それじゃあ警部のお許しも出たし、名前!今日は飲みに付き合って!」
「もちろんだよ!」
名前がデスクを片付けると、2人はバタバタと刑事課から出て行った。
名前が捜査一課に異動して数か月経ったある日、名前は非番が重なった松田と2人で飲みに行く事になっていた。
「陣平!」
「オゥ」
待ち合わせ場所に現れた松田は、サングラスをかけて両手をポケットに入れたまま歩いてくる。
「陣平、すごーく輩っぽいよ」
「ほっとけ」
「もう夕方なのにサングラス…。お店の中に入ったらサングラスは外してよね」
「ヘイヘイ」
適当に返事をした松田に、名前は呆れた顔をしたが、そのままお店の中に入る。
平日という事もあり、中は空いていた。
「いらっしゃいませー!2名様ですね、申し訳ございませんが年齢確認のできる物はありますか?」
「デ、デジャヴ…」
「チッ、またかよ」
そう言いながら、2人は財布から免許証を取り出すと、店員に見せる。
「ありがとうございます!こちらへどうぞー!」
免許証で2人の年齢を確認した店員は、名前と松田を個室に通した。
「なぜか陣平と2人で居酒屋に来ると年確される説」
「それはこっちのセリフだ」
「あの時みたいに陣平が店員さんに何か言うんじゃないかって心配したけど」
「もう俺もガキじゃねえんだよ」
「本当、そうみたいだね」
そう言って名前は笑う。
「で?なんかあったのか?」
「…何で?」
飲み物と食べ物を注文した松田は、名前に向き合うと単刀直入に質問した。
「おまえからは買い物とか甘いもんとかの誘いは多いけど、飲みの誘いはほとんどないだろ?そういう時は、決まってなんかある時だろ」
「…分かるよねー」
「分からねぇわけねえだろ」
松田がそう言うと、個室の扉が開いて飲み物が運ばれてきた。
「とりあえず、乾杯」
「はい、乾杯」
名前は手に持ったジョッキを一気に飲むと、飲み終わったジョッキをダンッ!と机に置く。
「お、おお…豪快だな」
「陣平…ちょっと相談なんだけどね」
「何だよ」
「どこがとはハッキリ分からないんだけど、何となく今までと変わったかなって感じる恋人に対して、どういう態度を取ればいいと思う?」
「…はあ?」
名前の質問に、松田ははてなマークを浮かべる。
「私の勘違いかもしれないんだけどね」
「相談してぇなら、そんな分かりにくい遠回しな言い方するんじゃなくて、ハッキリ言えよ」
「うっ…」
松田の言葉に「そ、そうだよね…分かりにくいよね…」と名前が言う。
「で?どういう事だ?」
「…最近、零君の様子がおかしいの…」
「あ?ゼロ?」
「…うん」
そう言うと、名前は松田に最近の降谷との事を話し始めた。
「いつも以上に忙しそうなんだけど、それでも連絡はくれるのね」
「あいつもマメだなー」
「でもね、電話してる時とかに、上の空になってる時が多いんだ…」
「おまえの話が長げェからじゃねえの?」
「零君は誰かさんと違って、どんな時でもちゃんと聞いてくれるの」
「誰かさんって誰の事だコラ」
枝豆を食べながら名前の事をジロリと睨む松田。
「なんだか考え込んでるみたいで…心配なんだよね」
「浮気…は、ゼロに限ってしねえな。公安なんだから仕方ねえんじゃん?」
「…うん」
「俺やおまえの所と違って、公安は言えない事も多いだろ。それはおまえ自身も分かってんだろ?」
「それはね、もちろん分かってるんだけど…」
名前は「なんか、ピリピリしてるというか…何て言うんだろう。零君が零君じゃなくなるような、そんな不安があるんだよね」と言った。
「…考えすぎだろ。ゼロはゼロ!それはおまえが一番よく知ってんだろ?」
「…そうなんだけどさぁ。最近は諸伏君の話も全然聞かないし…」
「そういえばそうだな」
「でしょ?公安の2人が忙しそうだと、心配だよ…」
松田は飲み物を飲むと「それに引き換え、俺達爆処は暇だぜ」と言った。
「良い事じゃない」
「まあな」
「陣平は、SITに異動できそう?」
「…どうだろうな。何度も転属願は出してんだけどな」
松田はタバコを取り出すと「吸うぞ」と名前に一言断ってから火をつける。
「そっか。まあ、決めるのは上だもんね」
「…チッ。多分、今年は1だろ」
「そうだね…去年のFAXが2だったから」
「せめて来年の0になる前に…」
「大丈夫、陣平なら絶対異動できるよ。私も、戸崎さんにもう一度話してみるから!」
「…オゥ」
そんな話をしていると、名前の携帯が鳴る。
「んっ?」
「あ?」
携帯を確認すると、降谷からメールが届いていた。
「零君」
「ゼロ?」
「ちょっと確認するね」
そう言って名前は降谷からのメールを開くと、そこには一言”今日の夜”とだけ書いてあった。
「…」
「なんて?」
「…あっ、うん…。何でもない」
「?」
名前は嫌な予感がした。
今までにないくらいシンプルな文章に、何かあると確信した。
「…陣平」
「ああ?」
「…フラれたら慰めてね」
「…ゼロに限ってそんな事ねえと思うけど、万が一フラれたらおまえの好きなスイーツバイキングでもなんでも付き合ってやるよ」
「…ありがとう」
名前は無理やり笑顔を作ると、携帯をバッグの中に仕舞った。