携帯の着信音に気づき、松田は佐藤からの電話に出る。
『もしもし?松田君?大丈夫?』
「ああ。だが、今の振動で妙なスイッチが入っちまったぜ」
『え?』
「水銀レバー」
『水銀レバー?』
「わずかな振動でも中の玉が転がり、玉が線に触れたらオダブツよ」
『え?』
「俺が吹っ飛ぶのを見たくなきゃあ、こいつを解体するまでゴンドラを動かすんじゃねえぞ」
『で、でも…爆発まであと5分もないわよ?』
「フッ、この程度の仕掛け…あと3分もありゃ…ッ!」
松田は、タイマーの上に表示され始めた文章に気づく。
「勇敢なる警察官よ…」
『え?』
「君の勇気を称えて褒美を与えよう」
『ちょ、ちょっと!何言ってんのよ?』
「もう一つのもっと大きな花火の在処の…ヒントを表示するのは、爆発3秒前。健闘を祈る」
松田は表示された文章を読み上げると「これがたった今、液晶パネルに表示された文章だ」と言う。
「どうやら爆弾を止めて、パネルの電源が落ちると二度とそのヒントを拝めなくなっちまうらしい。つまりヤツは最初から警察の誰かをゴンドラに閉じ込めて、この文章を見せるつもりだったってわけだ」
『じゃあ、さっきの爆発は、松田君がゴンドラに乗ったのを見て犯人が…つまり、この近くに爆弾犯がいるのね!?』
佐藤の言葉に、松田は「この人混みの中からヤツを特定するのは難しい」と言った。
「が、もう一つの爆弾の在処の検討はついてるぜ」
『え?』
「FAXに書いてあったろ?”我が戦友の首”って。円卓の騎士は中世ヨーロッパ…あの頃の騎士はたいてい十字がデザインされた仮面をつけてんだ。もう分かるよな?」
『病院の地図記号!』
「ああそうだ!それがどこの病院かは、ヒントを見たら連絡する」
『れ、連絡するって…!ヒントが出るのは3秒前でしょ!?』
「おっと、もう電池が切れそうだ。じゃあな」
そう言うと、松田は電話を切る。
ゴンドラの中で、松田はタバコに火をつけると、大きく吸って吐いた。
禁煙のマークを見つけると「フッ…」と笑う。
「今日くらい、大目に見てくれよな」
松田がゴンドラに乗る少し前、戸崎と一緒に事情聴取を終えた名前は本庁に戻って来ていた。
「あれ?陣平は?」
刑事部に戻ると、そこには松田や佐藤、さらには目暮達の姿がなかった。
「苗字さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。ねえ、陣平達どこに行ったの?」
「松田刑事ですか?たしか、朝礼後に届いたFAXの内容を確認して、すぐに出て行きましたよ」
「FAX!?」
「これです」
名前はFAXを受け取ると、そこに書かれている内容を確認する。
「…杯戸ショッピングモールの大観覧車です」
「車を出しましょう」
「戸崎さん、お願いします」
名前は急いで刑事部を出た。
「(陣平…!)」
戸崎の運転する車で、名前は杯戸ショッピングモールを目指す。
「戸崎さん!急いでください!最初の爆弾が爆発するまで、後10分もありません!」
「分かっています」
戸崎はアクセルを踏んで加速する。
「見えた!観覧車!」
名前は助手席の窓から観覧車を確認する。
「…?停まってる?」
「煙が出ていますね。何かあったんでしょうか」
「とにかく急ぎましょう!」
名前がそう言うと、名前の携帯の着信音が鳴る。
「陣平!」
名前は急いで通話ボタンを押すと「も、もしもし!?」と言った。
『オゥ』
「陣平!何で一人で行っちゃうの!」
『仕方ねえだろ、正午まで時間がなかったんだからよ。それより、おまえ今どこだ?』
「ショッピングモールに向かってるよ」
『だろうな。名前、おまえは来るな』
「えっ?何で?」
松田の言葉に名前は「犯人が近くにいるかもしれないんだよ!?」と反論した。
『…フゥ』
「陣平…?ずいぶん静かだけど、ねえ…今どこにいるの?」
『…』
「陣平?ねえ、答えてよ!陣平!!」
電話口からは、松田がタバコを吸って吐いている音だけが聞こえてくる。
『名前』
「陣平…」
『愛してるぜ』
「じ、陣平…」
その言葉を聞いて、名前は松田が停まった観覧車のゴンドラの中にいる事を確信した。
『おまえと一緒にいられて、ハギとバカやって、本当楽しかった』
「な…なんでそんな最期みたいな事言うの…」
『おまえは、俺みたいに敵討ちなんて考えずに楽しく生きろよ』
「…陣平…」
名前の両目からはボロボロと涙が流れている。
そんな名前に、戸崎はハンカチを差し出すが、名前はそれに気づいていない。
「陣平は…そういう人だよね。なんでも一人で決めて…でも、それが陣平らしい…」
『…さすが、俺の事分かってるじゃねえか』
「あ、当たり前でしょ。何年の付き合いだと思ってるの」
2人の間で、何度この言葉を交わし合ったのだろう。
それほど、苗字名前と松田陣平の付き合いは長かった。
『唯一の心残りがあるとしたら、名前とゼロの結婚式か。おまえの花嫁姿が見られなかった事だな』
「…フフッ、それが唯一の心残りでいいの?」
『ああ。俺にとって、おまえの幸せが一番だからな』
「もっと…、自分の幸せも考えてよね」
名前は、松田に泣いている事が気づかれないように会話をしようとしていた。
これが、松田との最後の会話になると分かったていたからだ。
「写真持って行くから、楽しみにしててよね」
『オゥ。けど、そんな急いで来んなよ。あんま急いで来たら、俺もハギも許さねえぞ』
「わ、分かった…。零君と幸せに過ごして、満足したらそっち行くね」
『それがいい』
名前は「陣平…、私も大好きだよ」と言った。
『ああ。幸せになれよ』
「うん…」
『じゃあ、またな』
「…またね」
そう言って電話が切れた瞬間、名前は両手で顔を覆った。
「陣平…!じ、じんぺッ…!何で!」
両手から溢れて零れ落ち続ける涙で、名前のスーツは濡れていた。
「…立派でしたよ」
「と、戸崎さん…」
「どうしますか?行きますか…それとも戻りますか?」
戸崎に聞かれた名前は、涙でグチャグチャになった顔を上げて「…行きます!」と答えた。
「いかん、あと1分だ」
「みなさん!ここから離れて!」
白鳥は、見物をしている一般人を避難させる。
「松田君!」
「よせ!佐藤!」
観覧車に近づこうとする佐藤を、目暮が止める。
「もう間に合わん…!」
「で、でも…」
目暮は静かに首を横に振る。
爆発まで残り10秒。
ようやく到着した名前が、車から急いで降りて、観覧車の方に走る。
「(陣平…!)」
ゴンドラの中では携帯を取り出し、メールを送るスタンバイをする松田。
「危険です!下がってください!」
「でも、まだ彼が!彼が中に!」
佐藤の目から涙が流れていた。
「苗字さん!ダメです!」
走って来た名前を見て、白鳥が大きな声で止める。
「陣平…」
タイマーは進み、爆発まであと3秒。
「陣平…」
メールを送信した瞬間、タイマーが0秒になる。
「(悪いな萩原…どうやらおまえとの約束は…)」
「陣平ええええ!!」
名前が松田の名前を叫んだ瞬間、ゴンドラに仕掛けられていた爆弾が爆発。
「あ…」
その瞬間を下で見ていた名前や佐藤達は、顔を青くする。
呆然と立ち尽くしている佐藤の携帯が鳴り、佐藤は「ハッ!」と我に返ると内容を確認する。
「ど、どうします…FAXによると、爆弾はもう一つ…」
「そんな事!分かっておるわ!!」
「…米花中央病院…」
「え?」
佐藤は、もう一度「米花中央病院…」と言った。
「もう一つの爆弾はここです!」
佐藤は松田からのメールを見せる。
「すぐに爆発物処理班を向かわせてください!」
涙を拭って指示を出す佐藤に、目暮は「わ、分かった!」と言って爆発物処理班に連絡をする。
「だ、大丈夫ですか?苗字さん…?」
何も言わない名前に、白鳥は恐る恐る声をかける。
「…どうして…」
「えっ?」
「…ううん、何でもない。何でもないよ…」
名前にはその後の記憶がなかった。
「苗字さん…!苗字さん!」
「と、戸崎…さん?」
「そうです。私です」
「あれ、ここは?」
「仮眠室です。あの後、君は気を失ってしまったので、私が運びました」
「す、すみません!業務中に…」
そう言うと、名前は慌てて体を起こす。
「大丈夫です。目暮警部も、君はゆっくりするようにと」
「…わ、私…」
「一人で帰れそうですか?もし帰れないようでしたら、私が送っていきますよ」
「…大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「本当に大丈夫ですか?」
「はい…。ありがとうございます」
名前が答えると、戸崎は眉間にしわを寄せつつも「分かりました」と言った。
「明日は休みでいいそうです。とにかく、ゆっくり休んでください」
「はい」
戸崎はジッと名前を見つめるが、それ以上は何も言わず、そのまま仮眠室から出て行った。