12

松田の父、丈太郎は過去に殺人容疑で警察に逮捕された事がきっかけで家族から絶縁されていた。
プロボクサーの彼は、逮捕がきっかけで予定していたタイトル戦が中止になる。
後に、真犯人が捕まり、誤認逮捕だという事が分かった後も、何をやっても上手くいかず、ボクシングを引退し、酒に溺れた。
そんな丈太郎を、松田と一緒に陰ながら心配をしていた名前は、重い足取りで松田家に向かっていた。
松田の死を、丈太郎に伝えるためだ。

「…」

松田家の前に着いた名前は、虚ろな瞳をしていた。

「…」

名前は、ゆっくりとチャイムに手を伸ばし、呼び鈴を鳴らす。

『…はい』
「おじさん、名前です…」
『…開いてるから勝手に入れ』

丈太郎はそう言うと、インターホンを切った。
家の中に入ると、薄暗い部屋で丈太郎が酒を飲んでいた。

「…おじさん、昼間っからお酒はダメだよ。それに、鍵もちゃんとかけないと」
「そんな小言を言いに来たのか?警察ってのは暇だな」

丈太郎は酒瓶に手を伸ばすとコップに注ぐ。

「飲むか?」
「ううん」

コップに注いだ酒を一気に流し込むと、丈太郎はドンッ!とコップを机に置いた。

「…陣平の事か?」
「ッ!?なんで、それ…」
「昨日、刑事がやって来たよ。”お宅の息子さんは立派な最期でした”ってな。立派な最期だァ?親を残して先に死ぬ事の、どこが立派なんだよ!」
「おじさん…」

丈太郎は机を叩くと「…それでもアイツが選んだ道だ。俺はそれを尊重するしかねえ」と言って、片手で両目を覆う。

「おじさん…」

名前は丈太郎の前に座り、両手を床に付けると頭を下げた。

「一緒にいたのに、陣平の事を助けてあげられなくて本当に申し訳ございませんでした」
「…顔上げろ。アイツの事だ、どうせ名前ちゃんを巻き込まねえようにしたんだろ」
「…それでも…私が…ッ」

涙を流さないように、必死にこらえる名前。

「…なぁ、名前ちゃん。アイツは、笑ってたか?」
「…」
「小さい頃から、余計な心配ばっかかけたけどな、俺なりに大事にしてきたつもりなんだぜ…」
「おじさん…」
「久しぶりに会うのが葬式たァ、ずいぶんじゃねえの…」

名前は「おじさん…ごめんね…ごめんなさい」と言いながら顔を上げた。

「…そんな顔するな。俺が陣平に怒られちまうよ」
「だ、だって…」
「…名前ちゃん。口が悪くて、無駄な敵ばっか作るようなバカ息子と…ずっと一緒にいてくれてありがとうな」

そう言うと、丈太郎は名前の頭に手を置く。

「お、おじさん…私…陣平ちゃんと幼なじみで最高に幸せだったよ…!」

こらえきれなくなった涙が、名前の両頬を伝う。

「ああ。きっと、陣平も幸せだったさ」
「うっ…うん…!」





その後、丈太郎に葬式の日程を聞いた名前は、自分の部屋に帰った。
ジャケットを脱ぐと、そのままベッドに倒れ込んだ名前。

「…陣平」

思い出すのは松田の事ばかり。
携帯電話を取り出し、松田宛にメールを作って送信するが、エラーでメールは届かない。
今度は電話をかけるが、それもまた繋がらない。
何度も通話ボタンを押すが、電話は松田に繋がる事はなく、電話口からは女性の声でアナウンスが流れるだけだった。

「…あの時と同じだ…」

萩原が爆弾犯の手によって亡くなった時と同じ状況に、名前は目の前が真っ暗になる。

「どうして…」

自分の目の前から松田までもがいなくなってしまった事を実感できずにいる名前。

「…幸せになんて…なれないよ…。陣平がいなきゃ…」
「それは聞き捨てならないな」
「っ!?」

名前は体を起こし、声がした扉の方を見ると、そこには11月にも関わらず汗だくの降谷が立っていた。

「れ…い君?」
「ああ」
「れ、零君…」
「名前」

降谷は名前の傍によると、そのまま名前の事を抱きしめた。

「零君、陣平が…陣平が…」
「…ああ。ニュースを見た後、本庁にいる後輩に聞いたよ…。辛い時に一緒にいられなくて悪かった」
「仕事は?」
「抜け出してきた」
「えっ?だ、大丈夫なの?」

名前が不安そうな顔でそう聞くと、降谷は「急ぎの仕事はないからね。公安の方も、組織の方も」と言って安心させた。

「そ、そっか…」
「…腫れている。何か冷やす物を持って来る」

降谷は名前の目元を優しく撫でると、一度名前から離れようとする。

「いいの!ここにいて!」
「名前…」

しかし、それを名前が制止し、今度は名前から降谷に抱きつくと、降谷の左胸に耳を当てる。

「零君は…生きてる…」
「大丈夫。僕は生きてるよ」
「うん…良かった…」

降谷の心音を聞いて、名前は少しだけ安心した。

「…ねえ、零君」
「ん?」
「…もう、会わない方がいいかもしれないね」
「…急に何を言い出すんだ?」

降谷が質問をすると「だって、私って死神みたい。私と関わってると、零君もいなくなっちゃうかもしれない…」と答える。

「現にこうやって、私のせいで危ない橋を渡らせてる…」
「これは僕の意思だ。名前が気にする事じゃないし、その辺は上手くやってるから問題はない」
「…でも」
「それに、俺がおまえを手放す事は一生ないと言っただろ?」
「…零君までいなくなったら…私、もう耐えられないよ…」

そう言って名前はうつむく。

「…こういう仕事をしている以上、絶対にないとは言い切れない。名前が欲しい言葉を言ってあげられなくて悪い…」
「零君…」
「だけど、僕は何度だって名前の元に帰って来る。どんな状況でもだ!こう見えて、僕は人より頑丈だからな。必要以上に心配する事はない」

降谷がフッと笑うと、名前もつられて思わず笑う。

「フフッ、何それ。…そんな事初めて聞いたよ」
「昔、クラスメイトに裏でパワーゴリラって呼ばれていたよ」
「想像できない」
「そうか?でも、それだけ頑丈って事だ。だから、僕は約束通り、全部が終わったら君を迎えに来るよ」
「…うん。陣平にも、写真見せるって約束したんだ…」
「写真?」

降谷がそう聞くと「私と、零君の結婚式の写真。人生に満足したら、その写真を持って、陣平と研ちゃんに見せに行くんだ」と名前が答える。

「それなら、名前に一番似合うドレスを僕が選んで、2人に自慢してやろう」
「…うん」

名前の目からこぼれる涙を、降谷は優しく拭う。

「零君、ありがとう…」
「だからさっきの言葉は撤回してくれ」
「さっきの?」

名前がきょとんとした顔をすると、降谷は「松田がいないと幸せになれないって言葉だ」と、少し言いにくそうに言った。

「僕が、松田の分まで名前の事を幸せにする」
「零君…」
「松田と萩原の分まで、名前の事を幸せにして…ああいい人生だったなって思ってもらえるように努力するよ」

そう言った降谷の目は真剣だった。

「零君…ありがとう。酷い事言ってごめんね」
「問題ない」

名前はシャツの裾で涙を拭うと「何か飲む?」と聞いた。

「いや。大丈夫だ。それより、何か食べたか?」
「…正直に言うと、食欲がなくて…」
「…簡単に食べられそうなゼリーとか、色々買ってきたから冷蔵庫に入れておく」
「ありがとう」

降谷は一度リビングに戻ると、ダイニングテーブルの上に置いてあったコンビニの袋から中身を出して冷蔵庫に仕舞う。
そんな降谷の後ろ姿を、名前はジッと見つめていた。

「なあ、名前…」
「…なあに?」
「泣いたか?」
「えっ?」

冷蔵庫に仕舞い終わった降谷は、名前の方を振り返る。

「ちゃんと、泣いたか?」
「…何で?」
「我慢していないか?」
「…泣いたよ」

降谷は無言で名前に近づくと、そっと抱きしめる。

「僕には、我慢しているように見えるんだ…」
「零君…何でそう思うの?」
「何となく。名前の雰囲気で、思いっきり泣けていないんじゃないかと思ったんだ」
「…零君には分かっちゃうんだ」
「何年の付き合いだと思っているんだ」

昨日も松田と同じようなやり取りをした事を思い出した名前。

「…まだ4年だよ!」

そう言って降谷の背中に腕を回し、降谷にすがりつくようにして泣きじゃくった。



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