ベッドの中にいる事に気づいた名前は、降谷が運んでくれたのだろうと思った。
降谷の姿はなく、ベッドから起き上がってリビングに向かうと、ダイニングテーブルの上にある書置きを見つける。
そこには”何かあったらすぐに連絡してくれ。降谷”と書かれていた。
「零君…」
名前は、冷蔵庫からゼリーを取り出すとスプーンを持って来て椅子に座る。
ポロポロと涙を流しながら、それでも生きるために食べ続け名前だった。
食べ終えた名前は、顔を洗い、服を着替える。
クローゼットに仕舞った喪服を取り出すと「…また、着ることになるなんてね」と呟いた。
松田の葬式会場に向かう途中、降谷から電話が入った。
『名前、すまない。今日の松田の通夜だが…』
「大丈夫だよ」
『…本当にすまない』
「本当に大丈夫だよ」
『明日も…、本当は行きたいんだが…』
「うん。大丈夫、零君の立場を考えたら仕方ないよ」
『悪い…また連絡するから』
「うん」
『無理はするなよ』
「うん。ありがとう」
返事をすると、名前は通話を切った。
「…大丈夫。大丈夫」
名前はタクシーの中で、呪文のように何度も同じ言葉を繰り返した。
会場に着くと「名前ちゃん」と声をかけられた。
「おじさん」
「悪いな、手伝わせて」
「ううん。だって、私は陣平と兄妹みたいなものでしょ」
「…ああ。そうだったな」
親族から絶縁されている丈太郎は、通夜の手伝いを名前と名前の両親に頼んでいた。
「松田さん…この度はご愁傷様でした」
「…恐れ入ります」
「何かあれば頼ってくださいね」
「ありがとうございます」
葬儀屋から説明を受けた後、名前は会場に向かった。
会場の中に入ると綺麗な花で飾られた真ん中に、松田の写真が飾られている。
その下には、棺が置いてあるが、棺の中は空っぽだ。
名前は棺についている小さな窓を開けて中を見るが、その中は花で埋め尽くされているだけだった。
「…空っぽだ…」
「本当にな」
「っ!」
独り言に返事が返って来た事に驚いた名前は、後ろを振り返る。
「千速さん!」
「よお」
「今日仕事は?」
「終わらせてきたから問題はない」
「良かったです…」
千速は名前の横に立って、同じように小窓から中を覗く。
「ほんっとうに、バカ野郎だな。ここまで一緒になる必要はなかっただろうが」
「…本当ですよね。本当…陣平も研ちゃんも、最後まで気が合うんだから…」
「名前、何か入れたい物は持ってきたか?」
「一応…陣平の替えのサングラスと私が誕生日に贈ったジッポーを持って来たんですけど、多分これ入れられないですよね」
「そうだな…。それに、それは名前が持っているといい」
「えっ?」
「あいつの形見だろ」
「…そうですね」
千速はカバンから封筒を取り出すと、中身を見せた。
「それは…」
「写真だ」
千速から写真を受け取ると、名前は1枚ずつ見ていく。
「…懐かしいですね。この夏祭りの写真とか」
「ああ。この時、研二も陣平も食べ過ぎて腹を壊してたな」
「そうです。陣平、お腹痛い〜って騒いでたら、研ちゃんも青い顔して…あの時は面白かったですね」
「これは小学校の卒業式だな」
「こっちは中学の入学式ですね。修学旅行で私が千速さんに送った写真もある…」
名前と千速は、写真を見ながら当時の出来事を振り返る。
「…本当に、おまえら3人はいつも一緒にいたな」
「…写真を見返すと、本当にそう思います」
「…ずっと見ていたかったよ。これからも、この先も、おまえたち3人を」
「…千速さん…。どうして、陣平は…自分を犠牲にする方を選んだんでしょうか…」
名前の質問に、千速は「仕方ないだろう。陣平はいつだって後先考えずに突っ走る、アクセルだけの男なんだからな」と言った。
「…フフッ、間違いないですね」
千速は名前と向かい合うと、名前の両肩に手を置いた。
「名前。もうこれ以上はいい。研二と陣平の敵を取ろうなんて、もう考えなくていいからな」
「…千速さん…」
「研二も陣平も、名前にそんな事は望んでいない。ちゃんと、自分の人生を生きろ」
「…千速さん、私は…」
名前は答えようとするが、その前に「名前!」と名前を呼ばれたので振り返る。
「凛子ちゃん、それに班長」
振り返ると、そこにいたのは林と伊達だった。
「名前…」
「凛子ちゃん、そんな顔しないで」
「苗字、大丈夫か?」
「班長も…。ありがとう、なんとかね」
名前は伊達を見ると「せっかく、来週から班長も来てにぎやかになるって思ったのにね」と言いながら笑顔を作ろうとする。
「苗字、無理するなよ…。ゼロは?」
「零君は来られないってさっき連絡があったよ」
「そうか…」
「もう!降谷も仕事が忙しいのは分かるけど、こんな時くらい…!」
「仕方ないよ。零君も、命を懸けて…仕事をしてるからね」
「名前…」
名前は時計を見ると「そろそろ時間だね。2人とも、来てくれて本当にありがとう。千速さんも、また後で」と言って、持ち場に戻った。
通夜が終わり、参列者が帰っている中で、名前は知らない男性から呼び止められた。
「苗字刑事!」
「えっと、あなたは?」
「私は、爆発物処理班の坂井と言います。松田さんの後輩でした」
「陣平の…」
その男性は、爆発物処理班所属で、松田がまだ爆処にいた時の同じ班の後輩だった。
「この度は、お悔やみ申し上げます…」
「ありがとうございます」
「私、松田さんには本当の良くしてもらって…解体の事とか色々ご指導いただいていたんです!」
「そうだったんですね」
名前は「今日は、わざわざありがとうございました。陣平も喜んでいると思います」と言った。
「本当に…松田さんは…」
「…はい」
そう言うと、坂井は涙をにじませながら持っていたバッグの中に手を入れた。
「あ、あの!これ!」
「これは…」
坂井が取り出したのは、名前にとっても見覚えのある物だった。
「これ、陣平の工具?」
「はい!松田さんの解体用の工具です!」
松田が愛用していた解体工具の入ったポーチだ。
「実は、松田さんが捜査一課に異動する時に譲っていただいたんです。”おまえが次の爆処のエースになれ”って言って。でも、私が持っているよりも、苗字刑事にお渡しした方が良いかなと思って…」
「で、でも…」
「松田さん、ずっと言ってました。”これは俺の魂みたいなもんだ”って。そんな魂を、私は苗字刑事に持っていてもらいたいです。多分、その方がこの工具も嬉しいと思います」
「…本当にいいんですか?」
「はい!苗字刑事に…」
名前は坂井から工具を受け取ると「ありがとうございます…」とお礼を言った。
「ずっと、苗字刑事にはお会いしてみたかったんです」
「えっ?」
「松田さん、暇さえあれば苗字刑事の話ばかりしていましたから。”俺の最高の理解者だ”って言ってました。私は、2人の関係がとても眩しいなって思っていました」
「そ、そんな事言ってたんですか?」
「はい。だから、本当は…松田さんと苗字刑事が一緒にいるところを…見たかったです…」
そう言うと、坂井は流れてきた涙を乱暴に拭う。
「す、すみません!こんな事言って…」
「ううん。私も、もっと早く坂井君に会えたら、陣平の事をもっとからかえたのにな」
そう言って笑いながら涙を流す名前につられ、坂井もまた涙を流す。
そんな2人を陰から見ていた林と伊達。
「名前、大丈夫かな…」
「…大丈夫ではないだろ。萩原から時間は経ってるとはいえ、大事な幼なじみが2人とも…」
「…そうだよね。…本当に、降谷は何してるのかしら!別れてるって言っても、まだ好き同士なんでしょ?」
「まあな。その辺は色々複雑なんだよ」
「…もう!事情があるから仕方ないのかもしれないけど、全部終わったら全て話してもらうからね」
「それは苗字に言ってくれ」
林は、もう一度名前に視線を戻すと「…本当に、大丈夫かな?名前…」と心配そうに見つめた。