15

10年以上ぶりに小五郎と再会してから、名前は公休の日に毛利探偵事務所の下にあるポアロで過ごす事が増えた。
小五郎に教えてもらった通り、ポアロは美味しいのに値段も手ごろで、穏やかなマスターと明るくて元気な店員の榎本梓が出迎えてくれる。
松田が殉職してから早1年、降谷からの連絡がどんどん少なくなっているが、捜査一課に異動してきた伊達や同期の林、小五郎や蘭、新一、そしてポアロの梓達から元気をもらいながら過ごしていた。



松田の1周忌が終わってから一ヶ月と少しが経った。
いつものように、家に帰って溜まっていた洗濯物を片付けた後、お風呂に入って寝る準備をしていた名前。
玄関の方から、ガチャッという鍵が開く音が聞こえ、その後ドサッという何かが倒れる音が聞こえてきたので名前は急いで玄関に向かった。

「れ、零君!?」

そこには、玄関にしゃがみ込んでいる降谷の姿があった。

「ど、どうしたの?零君?」

名前は降谷に駆け寄ると、同じようにしゃがんで降谷の両肩に手を置いた。
降谷は両手で顔を覆ったまま何も答えない。

「零君…?」

名前が降谷の名前を何度も呼ぶが、やはり降谷は何も答えない。

「と、とりあえず部屋の中に入ろう?玄関だと、寒いし風邪ひいちゃうよ?」

そう言って降谷を部屋の中に招き入れようとするが、その前に降谷が名前の腕を引っ張ると名前の事を抱きしめた。

「零君…?どうしたの?」
「…名前…」
「うん?」
「…ヒロが…ヒロが…」
「諸伏君?」

名前が諸伏の名前を呼ぶと、降谷は抱きしめている腕に力を入れた。

「ヒロが…」
「…零君。大丈夫だよ、もう何も言わなくても…」

降谷の顔は見えないが、降谷の様子から全てを悟った名前は、力いっぱい抱きしめ返した。

「零君…」
「名前…僕は、絶対に許さない…」
「零君?」
「ヒロを…ヒロを追い詰めたあの男を…!」
「れ、零君…」
「名前…名前…」

そう言うと、降谷は意識を手放し、名前に全体重をかけた。

「れ、零君…?寝ちゃった?」

12月、玄関にいたのでは降谷が風邪をひいてしまう。
そう思った名前は、なんとか降谷の腕から這い出すと、まずは降谷の靴を脱がせる。
そして、降谷の背中から脇の下に両腕を入れて持ち上げようとするが、名前1人の力では降谷を持ち上げる事ができない。

「零君…ごめんね」

そう言うと、名前は降谷の事をそのまま引きずった。
なんとか寝室まで運び入れると、ベッドの下に降谷を寝かせる。

「と、とりあえず毛布…!」

名前はベッドの上から毛布を掴むと、降谷にかける。

「…零君…」

寝ている降谷の横に座ると、降谷の頭を優しく撫でる。

「…あ…かい…」
「えっ?」

名前は撫でている手を一度止めるが、降谷は起きておらず、夢の中でうなされているようだった。

「許さない…あかい…」
「零君…」

眉間に寄ったシワ、そして汗、名前はタオルを持って来ると降谷の額の汗をぬぐう。

「…本当に、諸伏君までいなくなっちゃったの…?」

名前は降谷の横に寝っ転がると、降谷の事を抱きしめた。

「(お願い神様…。もう、これ以上奪わないで…)」





朝、降谷は体の痛みと慣れない心地良さを感じて目を覚ました。

「んっ…ここは…」

目の前に広がるのは真っ白な布。
どこか安心する香りに包まれていて、降谷はもう一度目を閉じそうになった。

「んー…」
「!?」

声が聞こえてきて降谷は急いで目を開けると、抱きしめられている事に気づいた降谷。

「(僕は…無意識に名前のところに来てしまっていたのか…)」

抱きしめているのが名前である事に気づいた降谷は、名前の背中に腕を回す。

「(温かい…生きている…名前…)」
「うー…ん、おはよ?」
「おはよう」

名前も目を覚まし、腕の中にいる降谷に挨拶をすると、降谷は顔を上げて名前の事を見ながら挨拶を返す。

「悪い…」
「何が?」
「昨日、急に押しかけた…」
「ううん、全然大丈夫だよ。それより、床で寝ちゃったけど体は痛くない?」

名前にそう言われ、降谷は自分達が床で寝ていることに気づく。

「僕は大丈夫。名前は?」
「私も大丈夫だよ。零君の事、ここまでは運べたんだけど、流石にベッドの上に乗せるのは無理でした」
「名前はベッドで寝てくれて良かったんだぞ」
「いいの。私が一緒に寝たかっただけだから」

そう言うと、名前は微笑んだ。

「零君、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「…そうじゃなくて。心の方は、大丈夫?」
「…僕は、昨日無意識にここに来てしまったらしい…。変な事は言ってなかったか?」
「…零君…」

名前の真剣な表情に、降谷は誤魔化すのをやめた。

「…これは組織の問題なんだ。名前に言ったら、巻き込む事になる」
「私が、それでもいいよって言ったら?」
「それは、僕が許せない…。何度も言うようだが、僕は名前の命が大事なんだ。それだけは分かってくれ」
「私だって…零君の命が大事だよ…」

名前がそう言うと、降谷は名前から視線を逸らした。

「…」
「零君が、無意識でここに来たって事は、私は零君の拠り所になれてるって事だよね?」
「そうだ。だからこそ、僕は…名前まで失ったら…」
「…零君が、私の身を案じてくれてるのはすごく伝わるよ。けど、私の知らないところで零君に何かがあったらって思うと…私はそれが怖いよ」

その言葉を聞いた降谷は、名前の方を見た。

「…名前…」
「零君。言える範囲でもいいから、教えてくれない?」
「…」
「私の事も、巻き込んでよ。零君…」

降谷はギュッと拳に力を入れると「…ヒロが死んだ」と話し始めた。

「諸伏君が…」
「組織の男に、ノックだと疑われて…情報が渡る前に自分の携帯電話越しに自分で心臓を撃ち抜いたんだ…」
「そ、そんな…」
「その時、一緒にいた男がヒロを追い詰めたんだ。…だが、その男もノックだった」
「えっ?」

降谷の言葉に、名前は驚きを隠せなかった。

「お、同じノック同士だったの…?」
「そうだ。自殺に追い込むよりも…。あの男ならヒロ1人くらい逃がす事はできたはずだ!それなのに…!」
「…」
「FBI捜査官の赤井秀一…」
「FBI?」
「僕はあの男を絶対に許さない…」

力を入れすぎて白くなっている降谷の拳を、名前はそっと両手で包む。

「零君…」
「…それに、多分、僕も今組織に疑われている」
「そ、そんな…」
「ヒロ、それに赤井秀一…2人と行動を共にする事が多かった僕もノックなんじゃないかと疑われているようだ」

名前は「零君…」と、心配そうに降谷の名前を呼ぶ。

「大丈夫。何とかする。だけど、とうぶん連絡をしたり会いに来るのは難しそうだ」
「そ、それは大丈夫だよ!零君は、自分の事を第一に考えて…!お願いだから!」

名前がそう言うと、降谷は名前の事を抱きしめた。

「ありがとう…」
「零君が一番つらい時に、私を頼ってくれてありがとう」
「名前…」

降谷は「…僕の事を、ゼロって呼び始めたのはヒロなんだ」と小さな声で言う。

「うん」
「小学生の頃…僕の名前が零だって知って…”それじゃあなんにでもなれるね!かっこいいじゃんゼロ!”って言ってくれて…」
「…うん」
「ずっと…ずっと僕の隣にいると思っていたのに…」

降谷は、名前の事を抱きしめたまま名前の肩口に顔をうずめる。

「もう…呼んでもらえないんだな…」
「…ゼロ!」

名前は泣きながら降谷の背中に腕を回し、力いっぱい抱きしめて「何度だって呼んであげるよ!ゼロ!」と大きな声で言った。

「名前…」

そんな名前を見て、降谷は泣きそうな顔で笑う。

「ありがとう。名前がいてくれて、本当に良かった…」
「私が辛かった時、一緒にいてくれたでしょ。だから、できる限り私も傍にいるよ」
「…名前」

降谷はもう一度名前にお礼を言うと、そのまま名前の部屋を出て行った。



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