「ですが、その少年にいわれて彼の行動をずっと見張ってましたけど、何かを隠したりふき取ったりする怪しい素振りは全くありませんでしたよ」
「は、はあ…」
目暮は客室乗務員の言葉を聞き、あきれながらも感心した。
「しかし、ヘタに死体に触れるとッ硬直した筋肉が壊れて死亡推定時刻が分からん様に…」
「死斑の状態やアゴが硬直し始めていた事などを踏まえると、だいたい死亡してから一、二時間経過していると思います」
新一はそう答えると「気になるのは次の三点…」と左手で3の形を作る。
「一つ目は、死体が寄りかかっていた壁に数的飛び散っていた血痕が、そこに密着していたはずの死体の衣服には全く付着していなかった点」
名前は死体をどかすと「たしかに、血痕が残っていますね。服には付いていない…」と新一の言った事を確かめる。
「二つ目は、致命傷となった傷口の右下に、何かでひっかいた様な跡が残っている点」
「これは…なんだろう?細い何かでひっかいたのかな?」
「三つ目は、死体のズボンの左ポケットの内側が、なぜがグッショリ濡れていた点」
「本当だ。濡れてる…」
名前もその三点を確認すると「どうしてこんなに濡れてるんだろう…」と思った。
「死体の手は全く濡れていませんでしたし、たとえ濡れた手を突っ込んだとしてもああは濡れません」
「ウーム…となると、誰かが何かの目的で濡らしたという事に…」
「…」
目暮はハッと我に返ると「ええぃ!君はもうすっ込んでろ!!後は我々警察がやる!!」と言って新一の背中を押した。
「苗字君、高木君!さっそく現場検証にとりかかろう!」
「分かりました!」
トイレの中に戻ろうとする名前を、新一が呼び止める。
「名前刑事!」
「ん?」
「もしよかったら、分かった事があればボクにも教えてほしいんですけど」
「なあに?工藤先生や毛利さんのマネで探偵ごっこ?」
「ア、アハハッ…」
「蘭ちゃんも心配しているみたいだし、一旦席に戻りなさい。ここは、本当の殺人現場なんだよ」
「はーい…」
名前がそう答えると、新一はしぶしぶといった様子で席に戻って行った。
「死因は頚髄損傷による窒息死だな。恐らく先の尖ったアイスピック状の何かで刺されたんだろう…」
「そうですね。死後硬直と死斑の具合からみて、死後一、二時間ってところでしょう」
「ん?ゴミ箱の中に空のビンとハンカチが…」
目暮はトイレのゴミ箱に捨ててあるビンとハンカチを見つける。
「どうやら犯人はクロロホルムか何かで湿らせたハンカチをビンの中に入れて持ち運び、犯行直前にハンカチを出して被害者に嗅がせ、眠らせた可能性があるな」
「そうですね」
「すみませんが証拠品を保管したいので、ビニール袋か何かを持って来てくれませんか?」
「…」
トイレの外にいる客室乗務員に声をかけるが、なぜか2人とも反応をしない。
「あの…何か?」
「あ、いえ…あまりにもあの少年が言ってた通りでびっくりしちゃって」
「あの少年って、さっきの工藤君の事ですか?」
高木は「工藤君って、どんな子なんですか?」と目暮に聞く。
「目暮警部は新一君のお父さんの工藤先生とお知り合いなんですよね?」
「ああ。ワシの友人だよ。事件が詰まった時に相談にのってくれてたんだ。子どもの頃、よく父親について来て、現場でチョロチョロしていたが、まさかこれほど現場を分析する力を身につけていたとは…」
「へぇー!それは頼もしいじゃないですか!」
「バカモン!所詮、素人は素人!推理小説や医学書を読みかじって、名探偵気取りになってる高校生に過ぎんよ!」
新一の事を褒めた高木を、目暮は否定する。
「どうしましょう。まずは目撃者を捜しましょうか」
「そうだな。犯行推定時刻の一、二時間前にこのトイレ付近をうろついていた不審人物がいなかったかどうか」
目暮がそう言うと、いつの間にかトイレの前に戻って来た新一が「容疑者は四人ですよ」と言った。
「え?」
「その時間、トイレに行ったのは被害者を除けば四人だけです!トイレに行った正確な時間や順番は覚えていませんが、誰が行ったかは顔を確認すれば分かります」
「新一君、なんで覚えてるの?」
「ボクの席は客席の最後尾なんです。ずっと見てましたけど、後ろの喫煙スペースには誰も来ませんでしたので、間違いないと思います」
名前が「ずっと起きてたの?」と聞くと、蘭も「新一、一晩中ずっと起きてたの!?」と驚いた。
「あ、ああ…。なかなか寝つけなくて」
目暮は「じゃあ早速、その四人というのを教えてくれないかね?」と新一に聞く。
「あ、はい」
新一はそう言うと、トイレの前から通路に出る。
「えーっと…その四人とは…」
客席をキョロキョロと見渡しながら、トイレに立ったという四人を捜す。
「この女性と…その隣の女性!」
隣同士に座っている女性を二人指さし、その後「そして、通路を挟んだ席にいるこの男性と…前の席のこの外国人の四人です」と言った。
「四人とも席が近いですね」
「ああ…」
「ちょ、ちょっと何よ!?」
「何があったんですか?」
新一に指をさされた女性、立川千鶴と天野つぐみがそう問いかけると「とりあえず、今の四人の方は我々と一緒に最後尾のトイレまで来てもらいましょうか!事情はそこで話します」と目暮が言う。
「こちらに来てください」
名前は立川達の通路を挟んだ隣の席に座っている鵜飼恒夫に声をかけた後、彼女達の前の席に座っているエドワード・クロウの元に行き「Can you come with us?」と声をかける。
トイレに移動すると、トイレの中を見た天野が「そ、そんな…和洋…!和洋〜!!」と泣きながら中に入ろうとするので、高木がそれを止める。
「で、でもなんで…なんで大鷹君がこんな事に…」
「あのネガが原因なんじゃないんですか?」
「ネガ?」
鵜飼は「その男が自慢げに見せびらかしていたんですよ。新聞社に売り込むと金になるネガっていうのを」と言った。
「え?なに?まさか大鷹君のシャツの内ポケットにネガなかったの?」
「ええ。死体にはネガなんてありませんでした」
「うそ…」
3人の話を聞き「となると、班員はネガの事を知っていた人物という事になりますな」と目暮が言う。
「そんなの業界の人ならだれでも知ってるわよ。彼って、色々な新聞社に売り込んでたからね」
「よォ、刑事さん?たしか大鷹は後頭部を一突きにされて殺されたって話じゃねーか」
そこに、立川や天野と同じカメラマンの鷺沼昇が話に入って来た。
「ああ…」
「だったら犯人はプロだ。その二人は俺や大鷹とバカンスを楽しむためにこの機に乗ったただのカメラマン友達…。疑うのは筋違いじゃねーのかい?」
「そんな事ないと思いますよ」
「何?」
「そうですよ。ちょっとした医学知識と麻酔薬、そして凶器があればだれでも犯行は可能ですよ。たとえ女性でもね」
鷺沼の言葉を名前と新一が否定した。
「では、とりあえず聞かせてもらいましょうか。あなた方四人がトイレに行った時に状況を」
目暮がそう聞くと、まずは天野が答える。
「私は気分が悪くてトイレに行ったんです…。でも、席に戻って来た時にはまだ和洋は席にいたと思います。その後、薬を持って来てもらうためにスチュワーデスさんを呼んだんで覚えてます」
「本当かね?」
「ええ…。その時は、彼はまだぐっすり眠っておられる様でしたけど…」
天野の話を聞いて、鵜飼が「それなら私も通路の向こうで見たよ!なんか、薬を頼んでいたみたいだった」と同意した。
「私がトイレに入ったのは、丁度その後…。入っていた時間は五分くらいだったかな?」
「通路の向こうって…。あんたの席は被害者と同じ通路に面しているはずじゃあ…」
「じっとしていると落ち着かないんで、ウロウロしていたんですよ」
「じゃあいつなんだ?被害者が席を立ったのは…」
目暮がそう言うと、客室乗務員が「その薬と水を彼女に持って行った時にはもう席を立たれていました…。持って行くまで1分もかからなかったと思いますけど…」と答えた。
「ぐっすり眠っていたのに、1分もしない間に席を立たれたんですね?」
「え?あ、はい…。薬を持って行くまでは、そんなに時間はかからなかったと思います」
客室乗務員の話を聞いて、名前は少し違和感を覚えた。
「私がトイレに行ったのは、彼女が薬をもらった後、だいたい20分くらい経った後かしら。いつまで経っても大鷹君が戻って来ないから様子を見に行ったのよ」
立川は「でもその時彼、まだ生きていたわよ」と続けた。
「え?」
「だって、このトイレのドアを”大丈夫?”ってノックしたら、ノックで返した来たもの」
「ほ、本当ですか?」
「…」
「”大丈夫?”と声をかけたんですよね?」
「ええ」
「その時、返事は?」
「だから、ノックが返って来たわよ」
名前が聞いた後、新一が「よく分かりましたね。彼がこのトイレに入ってるって」と聞いた。
「分かるわよ!ほかの三つのトイレに誰もいないのを、ドアを開けて確かめてみたから」
「じゃあ残るは彼だけだが…」
目暮はエドワードを見ると「苗字君、聞いてもらえるか?」と名前に頼む。