「…ま、まさか…泥棒?」
名前は、一度深呼吸をすると自分の部屋までゆっくり向かう。
音を立てないように、ドアノブを回すと、朝鍵を掛けて仕事に行ったはずにも関わらずドアが開いていた。
「(…でも、鍵穴がピッキングされた様子はない…)」
となると答えは一つ。
「まさか…」
名前はドアを開けて部屋の中に入ると、リビングの扉を開けた。
「ああ、おかえり」
「れ、零君…!」
そこには、ダイニングテーブルに座ってコーヒーを飲む降谷の姿があった。
名前は床に座り込むと「れ、零君だ〜!!」と言って泣きそうな顔をした。
「だ、大丈夫か?」
降谷は椅子から立ち上がると、床に座り込んだ名前の前にしゃがむ。
「いつぶり?あの時が最後か…もう1年経つよ…」
「ああ、そうだな。名前、なかなか連絡ができずに悪かった」
そう言うと、降谷は名前の事を抱きしめる。
「零君だ…本当に、本物の零君だ!」
名前も降谷の首に腕を回すと、降谷の存在を確かめるよう腕に力を入れる。
「ヒロの事があってから、僕も組織に疑われていると言ったのは覚えているか?」
「うん…。だから、ずっと心配してたんだよ」
「疑いを晴らす為にも組織の仕事に専念していたんだ。やっと、信用してもらえたようだから早速会いに来たんだよ」
「そ、そっか…」
名前は複雑そうな顔をした。
「どうした?」
「…零君が無事でよかったって思うの。でも、諸伏君も…班長も…って…」
「ああ。班長の事は僕も聞いたよ…。交通事故に巻き込まれたんだってな」
「うん。…なんだか、随分寂しくなっちゃったね…」
「…そうだな」
「…あ、でも凛子ちゃんは元気だよ!部署が違うからなかなか会えないけど、たまに時間が合う時はご飯行ったりしてるよ」
「そうか」
降谷は少し安心したような顔をする。
「それにね、たまに千速さんとも会うんだ。千速さんも神奈川県警だから、そんなに頻繁には会えないけど」
「おまえが独りじゃなくて安心したよ」
「…零君も独りじゃないからね。私がいるからね」
「…ああ」
降谷はそう言うと「それじゃああれは、僕以外の男と行く為の参考資料じゃないんだな?」と言いながら、ダイニングテーブルの上を指さす。
「え?」
名前はそう言うと、ダイニングテーブルの上を見る。
そこには一冊の雑誌が置いてあり、表紙には”ここでデートしたらラブラブ間違いなし!新・デートスポットトロピカルランド特集!”と書いてあった。
「丁寧に付箋が貼ってあったから、てっきり僕以外にデートしたい相手でもいるのかと思った」
そう言うと、降谷は意地悪そうな顔をした。
「そ、そんなワケないでしょ!これは、新一君が今度蘭ちゃんとデートするって言うから、参考になるかなと思って用意しただけだよ!」
先日の米花水族館の事件の後、名前は新一から相談を受けていた。
蘭が空手の都大会で優勝したらトロピカルランドに連れて行く、という約束をしたから助けてほしい、という何とも初々しい相談だ。
「新一君?」
「うん。最近事件の時に知恵を貸してもらってる、高校生探偵だよ。聞いた事ない?」
「ああ。たしか警察庁でも誰かが話していたな」
「新一君と蘭ちゃんは、前に知り合ってから仲良くしてるんだ。高校生らしい初々しい二人が可愛くて、つい相談に乗っちゃうの」
名前はそう言うと「まだ付き合ってない、幼なじみの両片思いの二人を見てると微笑ましいんだよね」と微笑んだ。
「まあ、僕達にはそういう初々しさはもう出せないからな」
「え?」
そう言うと、降谷は名前のアゴに手を添えると上を向かせる。
「俺達は、大人だろ?」
「う、うん…」
降谷はそのまま名前の唇を塞いだ。
「そう…犯人は窓から窓へ飛び移ったんですよ。みなさんが被害者の悲鳴を聞いて、駆けつける前にね。これで、窓の外に足跡がなかったわけがおわかりでしょう」
降谷が久しぶりに名前の元へ現れてから数日後、名前は目暮と共に八菱銀行頭取の山崎哲の屋敷で起こった殺人事件の現場にいた。
山崎の妻である八重子が何者かに殺された。
犯人はこの屋敷で行われたパーティーに参加していた客に紛れ込んでおり、大きな窓から逃亡したと思われていた。
しかし、たまたま名前達と一緒に屋敷に来ていた新一が、今回の殺人事件の真実に辿り着いた。
新一がそう言うと「バ、バカな!?」とパーティーに参加していた客達が騒ぎ出した。
「あそこは5mも離れているのよ!?」
「壁伝いに屋根を登れば2mもありませんよ。この家の特殊な構造を知らなければ、思いつきませんがね」
新一の言葉に、周りはハッと息をのんだ。
「そして、あの時間に誰にも怪しまれずに家中を動き回れた人物はただ1人…」
「は、早く言いたまえ!!一体誰だね!?わたしの家内を殺した犯人は!?」
「それは…御主人、あなたです!!」
そう言って、新一はこの家の主人である山崎を指さした。
「じょ、冗談はよしたまえ…第一、わたしの足はまだ…」
「下手なお芝居は止めて下さいよ…。もう、ネタはバレてんだ!」
新一が車いすのタイヤの部分を蹴り飛ばすと、足をケガして車いすに座っていたはずの山崎が「わっ!!」と言いながら椅子から転げ落ちる前に立ち上がった。
「だ、旦那様、足が…!」
「あんたの足は、三か月前にもう治ってんだよ!!そうですよね?目暮警部」
「観念しろ!おまえの主治医が全て吐いたぞ」
「くっ…くそ!!」
「あ、待て…!」
走って逃げようとする山崎に向かって、新一は落ちていた地球儀を蹴る。
「逃がすかよお!!」
新一の蹴った地球儀は山崎の頭に見事にぶつかり、彼はその場に倒れた。
「ゴォール!」
「さあ、さっさと歩け!!」
「トホホ…」
警察官に手錠をかけられて、山崎は警察官に連行されていった。
「いやー、また君の力を借りてしまったな、工藤君!」
そう言うと、目暮は新一の背中を叩く。
「いつもいつもすまんのー」
「いえいえ。また難事件があれば、この名探偵、工藤新一にご依頼を!」
「本当に、毎回すごいね新一君」
「名前刑事、ありがとうございます」
新一は「それより名前刑事」と、名前に耳打ちをする。
「ん?」
「あの、例の…頼んでいた件ですが」
「ああ!蘭ちゃんとデートで行くトロピカルランドの事?」
名前が普通に答えると、新一は「しーっ!」と焦ったように口元に指を当てた。
「デートじゃないですって!」
「そんな照れなくてもいいのに」
「ま、まあ…ボクはデートのつもりですけどね」
新一は顔を赤くしながらそう答えた。
「フフフッ、いいね〜初々しい!」
「もういいじゃないですか!それよりも!」
「ハイハイ。ちゃーんと下調べしておいたよ!」
名前は「一応、付箋貼っておいたからそこを重点的に見てみてね」と伝える。
「ありがとうございます!」
「トロピカルランドって、いくつかの島に分かれてるみたいでね、科学と宇宙の島っていうエリアでは2時間おきに噴水が出るみたいだよ!」
「へー!」
「観覧車もあるみたいだし、雰囲気が良さそう。後、お城があるエリアもあるみたい!」
「名前刑事、かなりきちんと調べてくれたんですね」
新一がそう言うと、名前は「当たり前じゃない!なんてったって新一君と蘭ちゃんのデートだもの!」と笑う。
「ただ、肝心のその雑誌が車の中だから、後で渡すね」
「はい!いやー、本当に助かりました!遊園地なんて、本当久しぶりに行くんで」
「私も長い事行ってないなー」
「名前刑事も今度行きましょうよ。あ、でもやっぱりこういう所は彼氏と行く方がいいですか?」
「そうだねー。って、私が誰とも付き合ってないの知ってるでしょ」
新一は名前の返事を聞いて「やっぱり付き合ってる人いないんですか?意外だなー」と言いながら腕を組む。
「名前刑事なら引く手あまただと思うのに。理想が高いとか…?」
「アハハッ…」
名前は降谷の事を思い出しながら「(零君以上に素敵な人はいないからなー)」と思った。
「私の事はいいのよ。二人はデート、楽しんできてね!」
「はい!ありがとうございます」
そう言うと、名前は車に戻り、新一に付箋を付けた雑誌を手渡した。