四条貴音の日課は、この場所に足を運ぶことである。
「あの日」からすっかり荒廃しきってしまった地上には、もはや人の住むことのないであろう建物が至る所に放置されている。そんな中に、かつてラジオ塔の役割を果たしていた建物があった。貴音は一人でこの廃墟と化したラジオ塔に足を運び、そして一人で歌を歌う。その歌を、奇跡的に機能する機械類を不慣れながらもなんとか操作して、ラジオの電波に乗せる。伴奏をつけるなんてことはできないから、いつもアカペラで、音質も日によってまちまちだ。けれど貴音は自らの持てる限りの技術と想いを込めてひたむきに歌った。
ただでさえろくにメンテナンスもされていない古いラジオ塔が、実際その役目をしっかり果たしているのか、貴音には分からなかったし、無事に電波に乗っていたとしても、誰かが貴音の歌を聴いている確率は限りなく低いということも理解していた。けれど、それでも、少しでも可能性があるのならと、貴音は歌うのをやめなかった。
過去、苦難に耐える民に希望を与えるために、彼女は歌うことを選んだ。はじめは故郷の民に向けてのみのものであったかもしれない。しかし貴音の歌声は、その対象は、彼女がアイドルとして頂点に登りつめていく道中で、確実に変化していった。
この地球に生きている全ての人に向けての歌を、貴音は歌う。「あの日」から、世界ががらりと様変わりしてしまっても。滅びはもはや避けられないと知っていても。崩壊してしまった世界にも、貴音が歌を届けたい相手はまだたしかに存在していた。
苦難に耐える民の希望となるために、貴音は歌を歌い続ける。それが、かつてアイドルであり、荒廃しきってしまったこの世の中にあってなお、正しくアイドルであり続けている彼女にできる、唯一のことだからだ。