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 私、テニスをしている手塚くんが好きだから、手塚くんの負担になりたくないし。
 そう言って見せたあの時の私は、随分と殊勝なことだったと思う。

 私は中学2年の頃から手塚国光のことが好きだった。けれど彼はいつだって、当たり前のようにテニスに夢中で、その様子から、手塚とはきっと付き合えないだろう……あるいは付き合えたとしても、私の望むような日々はやってこないだろうと、なんとなく分かっていた。
 実際、手塚は将来を期待される優秀なテニスプレイヤーで、それに加えて(当時の私は知る由もなかったが)怪我の療養のこともあったから、あの時の私の考えは正しかったと思う。
 それでも我慢できずに告白を決意したのは中学3年の春のことだ。結局手塚はいつもの仏頂面のまま、テニスを理由に私の諦め半分の告白を断り、それを予期していた私もできるだけ笑顔で、「伝えておきたかっただけだから」と冒頭のセリフを言って、それから先は何事もなかったかのように残りの学校生活を過ごすように努めた。
 その後のテニス部はといえば、最終的に全国大会優勝という華々しい(どころの話ではないくらい、ほんとうに素晴らしい)成績をおさめたのだから、私も頑張った甲斐があったなと思う。
 私は結局、最後までテニス部の試合をひっそりと応援しにいくことをやめられなかった。私は手塚と、手塚のテニスが好きだったし、手塚が好きなテニス部のメンバーのことも好きだったから。
 ……手塚、私、前にあんなこと言ったけど、やっぱり嘘だったかも知れない。手塚がテニスにかける思いがどんなに強く、どんなに真っ直ぐだったとしてもーー私はそんなあなたにこそ恋をしたけれど、それでも、あるいはだからこそ、その愛の少しだけでもいいから、私に分けて欲しかった。あの眼差しに、あなたという光に、私も焼かれてみたかった。
 なんて、本人には一生言えないだろうけど。私は手塚あてのクラスの寄せ書きの隅に当たり障りのない応援のメッセージを書き終えると、青いインクのボールペンを置いた。