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 考えてみれば、ここで幻滅しておくべきだったのかもしれない。私は不二先輩のいつも微笑んでいて掴みどころがないところとか、どこかミステリアスで何があっても動じないところとか、そういうのが気になってここまで来たのだから。
 ……みんなの憧れの不二先輩。いつでも優しい王子様みたいな人。憧れというよりは、興味があった。だから私は彼のことを追いかけて追いかけて追いつめて、それから出来るだけ大きな傷跡を残してやろうと、しっかり狙いを定めて噛み付いた。
 だから、まさかここまでうまくいくとは思わなかったのだ。私は目の前の不二先輩を見る。頬は赤く、少し潤んだ目は大きく見開かれて、唇は何か言いかけたような形のまま固まっている。誰だこれ、と思う。あの不二先輩が、私ごときの告白で、あろうことか動揺のあまり数歩後ろに下がりさえして、そのまま赤面して動けなくなっている。
 ——不二先輩? と聞こうとして、やめた。そのかわりにただじっと、私の知っている不二先輩ではない誰かの姿を見つめる。自分でも、なぜ今けりを付けてしまわなかったのか分からなかった。満足したはずなのにこの場から立ち去れないのは、理想と違う彼のことをつまらないと思わないのは、なぜだろう。
 「かわいい」と声が漏れて、口角が勝手に上がる。ああ、ごめんなさい、かわいそうな不二先輩。私やっぱりまだ、あなたを離してあげられない。