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「そりゃ死ぬよ。生きてるんだもん」と、ご主人様は言った。当たり前のように。いや、実際当たり前のことなのは分かっていた。花は咲き、いずれ枯れる。人も同じことだ。今ここで、ぼくと縁側で話しているご主人様は、どうしたってあと百年くらいで死ぬだろう。ぼくは中庭から風が運んできた桜の花びらを目だけで追いかけた。今までそれを含めて生命というものを慈しんできたはずなのに、急になんだかものすごく動揺してしまったのだ。恐る恐る「ご主人様はそれでいいの?」と聞くと、ご主人様は首をかしげて「よくないけど、いいよ」と笑う。――よくないなって思うこと含めて、いいんだよ。ご主人様の優しい声が、春風に溶けていく。ぼくはといえば、ご主人様が達観しすぎているのか、ぼくの物分かりがよくないのか、すっかり分からなくなっていた。「亀甲くん、怒ってるの?」「! いえ、そんなことは」「あは、無理してる顔。でもね……亀甲くんもそう思えるようになって」「それは……、命令ですか?」「……そうだね。命令。だから、そうならなきゃだめ」ご主人様はずっと微笑んでいた。なんだか夢みたいだと少しだけ思う。ぼくはともかく、ご主人様にとっては、これは紛れもない現実なのに。だから、「ご主人様、ひどいです」と半分なじるように呟いた。ご主人様にそんな声色を向けるのは初めてだった。けれどご主人様はそんなぼくを少しも咎めず、中庭に目を向ける。桜が舞う。そしてそれに目を細めて、消えそうな声でただ「そうだね」と言った。