▼ ▼ ▼

「海は苦手ですか」

 と、観月さんは言った。シーズンオフの浜辺は閑散としていて、海からの風も冷たい。曇りの日なこともあって、海と空の境界線は霞み、観月さんのテニス部員らしからぬ白い肌は、やけにしっくりと風景に馴染んでいた。消えてしまいそう、とまで言うと言い過ぎかもしれないけれど、あの夏の太陽の日差しは、観月さんをそれなりにくっきりと見せてくれていたのだ。と、なんとなく思う。

「苦手、まあ、そうですね」

 おや、それは悪いことをしましたね。観月さんの意外そうな声が湿った空気に溶ける。「別にいいです」実際苦手だろうがなんだろうが、観月さんが気にする必要はない。観月さんが私と余分な時間を過ごす選択をしたと言うだけで充分だから。
 私は一歩、二歩、歩きなれない砂浜に足を取られながら、観月さんのブレザーの香りが潮風に混じるところまで距離をつめる。そうすると、多少は胸のざわつきがおさまった気がした。観月さんはそれに気づかないふりをしながら、白く泡立つような波の縁を眺めている。

「理由は?」

 海を見た。何もないように見える海を見た。弱い風にさざなみを立てて、ただ無気力にゆらゆらと揺れているように見える、大きな水の塊を見た。

「大きすぎて……」

 観月さんは、私の勘違いでなければそれなりに興味深そうに瞬きをひとつした。私はそれに続きを促されたような気になって、「大きすぎるわりに身近すぎるし、ほんとうは色んなものが入ってるのに、ここからは何も見えないから」と続けた。身じろぎすると、ローファーが小さな貝殻を巻き込んで湿った砂に沈んでいくようだった。

「海を見てると怖いです。別に、怖がったところでどうなるわけでもないから、気にしないですけど」

 ねえ観月さん、こんな話しててもしょうがないでしょ。と、私が隣の観月さんを見ると、観月さんは「自己紹介が上手ですね」と言った。