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 しとしとと雨の降る梅雨の本丸の廊下を歩いていると、見慣れた姿が見えて足を止めた。歌仙兼定だ。歌仙は私に気がつかないまま、どうやら立ったまま中庭を眺めているようだ。私は少し眉をひそめる。そのこと自体に咎める要素はないのだが、中庭に直接面した廊下だから、ずっと立っていると着物が濡れてしまうのではないだろうか。
「どうしたの?」と声をかけると、歌仙はやっと私に気がついたようだった。

「ああ、きみか。紫陽花が咲いたんだ。とても雅な色合いでね……ほら、あそこだよ」

 示された方を見てみると、たしかに紫陽花が咲いていた。普段どこになんの花が植わっているのか意識していない分、こうしてたくさん咲くとなおさら、紫陽花の涼やかな色がぱっと目を引くようだった。

「本当だ……すごく綺麗だね」

 花を眺めるために雨のふき込む廊下に居続けるなんて、歌仙らしいといえばらしい行動だ。でも、風邪をひかないうちに……と言いかけて、刀剣男士は風邪なんて引かないんだったと思い出す。代わりに「ほどほどにね。着物が濡れる前に戻ること」と言うと、歌仙は「きみの頼みなら仕方がないね」と笑った。