放課後、しばらく経った学校の廊下には誰もいない。部活のある者は部室に、部活のない者や用事がある者はもうとっくに家に帰っているからだ。
そんな閑散とした廊下を俺は早歩きで進んでいた。特に予定のない日ということもあって、素直にまっすぐ家に帰ろうとしていたのだが、その途中で電子辞書を学校に忘れたことに気がついてしまい、さすがにどこにあるか分からない状態で放置するわけにもいかずに渋々取りに戻って来たのだ。

(移動教室で英語やったのって2-2の教室だったよな……)

おそらくここにあるだろう、と踏んだ教室の扉をがらり、と開ける。夕日が眩しい教室の、自分が座っていた席のあたりに目をやって、気がついた。いきなり入って来た俺に驚いたのだろう、女生徒が1人、少し目を見開いてこちらを見ている。どうやらこの教室……2-2の生徒のようだ。

「なあ、あんた。そこの机の中に電子辞書入ってねえか?」

ドアの近くに立ったまま声をかける。すると女生徒は机の中を覗き込んで、なにかを見つけたらしく手に取った。

「えっ!?あっ、……ええと、これですか?」

落とさないように丁寧に掲げられたそれはたしかに俺の電子辞書だ。危なかった、とほっと息をついて、「それだ!ありがとな!」と声をかけて、女生徒の座っている席に近づく。と、その机にあるものが目に付いた。

「それ、……765プロか?」
「えっ……ええと、はい。そうです…………プレゼントできたらと思って…………」

女生徒はしどろもどろになりながら、顔を真っ赤にしてちいさく頷く。机に置かれた色紙には、765プロオールスターズのアイドルたちが可愛らしくデフォルメされて描かれていた。まだ描き途中だろうが、丁寧に描かれた良い絵になるだろう。

「ふーん。よく描けてるじゃねーか。プレゼントってことはライブに行くのか?」

感心して何気なくそう言うと、女生徒は途端に顔を曇らせる。

「本当はそうしたいんですけど、私、今回のライブのチケット取れなくて……頼める知り合いもいないので、これは次の機会まで持ち越しかな、と思ってます」

まあ、あの会場のキャパでチケットが取れないってことは、それだけ人気が出てるってことですから。残念ですけど、仕方ないです。
そう言って少し悲しそうな笑顔を見せる女生徒を見て、俺はあることを思い出す。そういえばそのライブのチケットを持っている。少し前に偶然765プロの天海と会った時にそういう話になって、この間北斗がチケットを受け取ったと言っていた。

「あー……次のライブ、俺チケット持ってるんだけどよ……その絵、ライブまでに描き終わったら、俺がプレゼントボックスに入れてやってもいいぜ」
「えっ」

こちらから頼んだ以上3人で行くのは変えられないし、変えるつもりもないが、このくらいならいいだろう。

「い、いいんですか!?」

女生徒は目を輝かせてこちらに乗り出す。

「ああ、まあな。大した手間じゃなし。……それに、765プロはそういうイラストとか好きそうだからな。せっかく描くならすぐ渡したいだろ」

こちらを見つめる期待にきらきらと輝いた目にだんだん自分の行いが気恥ずかしくなり、ついぶっきらぼうになってしまうが、女生徒はどうやら興奮でそれどころではないようだ。

「ありがとうございます!私、全力で頑張ります!!」
「……おう。ええと、名前……」
「あっ、2-2の満谷晴です」
「満谷か。そんじゃ、描き終わったら俺のクラスに渡しに来いよ。俺、普通に学校来てるから」
「はい!本当にありがとうございます、先輩!このお礼はいつか必ずします……!!」

気合いの満ちた表情でぐっ、とこぶしを握る満谷にじゃあな、あんま遅くなんなよ、と手を振る。電子辞書を取りに戻っただけなのに、なぜか流れで初対面の女子と約束を取り付けてしまった……と微妙な気持ちになりつつも、満谷のあのきらきらした眼を思い出すと、どうにも悪い気はしなかった。





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