「オイカワさん?」
「そ、及川さん!ハル、同じ委員会でしょ?これ、渡しといて!」

6時間目の合同授業が終わって、いきなり別のクラスのよく知らない女子に声をかけられたと思ったらこれだ。私に手紙を押し付けた女生徒は、よろしくね!と言って呼び止める間も無く廊下を走り去っていく。
オイカワさん……及川徹は、私の先輩にあたる人物で、バレーボール部に所属している。そして一応私と同じ委員会だ。
一応、と言ったのには訳があって、私はこのオイカワさんと話したことがないのだ。委員会も出席はするのだが、最低限のことだけ済ませてさっさと部活に行ってしまう。3年の先輩が話していたことによれば、どうやらじゃんけんで負けて委員会に入らざるを得なかったらしく、そこでいちばん楽そうだからと選ばれたのが我らが図書委員会……ということらしい。
まあ実際図書委員の仕事なんて微々たるもので、委員会と言っても全員が集まるのはせいぜい20分くらいなので、オイカワさんの判断は正しかったと言える。

「どうしよう、これ……」

押し付けられた手紙らしきものを見やる。確かに私は同じ委員会所属だけど、仮に次の委員会で渡すにしても、いつもホームルームが終わったらすぐ図書室に行ってしまう私と違って、オイカワさんは色々と用事があるらしく(主に女の子関連で)時間ギリギリまで来ない。そしてすぐ部活に行ってしまう。これでどうやって手紙を渡せというのか。……もちろん、クラスに行ってオイカワさんを呼ぶ、とかは論外として。

(返してこようかな……)

先程までの合同授業が移動教室だったので、ここは3年生の教室前の廊下だ。いかにもラブレターですといった風貌のブツを持って、しかも本人が通りがかるかもしれない廊下に居続けるのは精神にくる。先ほどの彼女がまだ学校にいるかは分からないが、このまま他人の大切な想いの結晶であろうものをカバンやらロッカーやらにしまうのは憚られたし、なによりもさっさとこれを手放したい。
次の委員会は2日後。それまで「及川先輩へ♡」などとご丁寧にもハートマーク付きで書かれた封筒を持ち続けていたくはなかった。同じ学年だから誰かに聞けばクラスぐらい分かるだろう、とりあえず探すだけ探すか……とため息をついて階段の方へ足を向ける。
と、

「あれ、渡してくれないの?」

……気のせいだろうか。すごく嫌な予感がする。というか、今何か聞こえた、ような……。
ぎぎぎ、と音がしそうな首を動かして、恐る恐る声がした方を向く。

「オ、オイカワ、さん……」
「それ、俺宛てじゃない?渡しに来てくれたんだと思ったんだけど」

いる。何度まばたきしてもいる。及川徹がいつもの軽薄そうな笑みを浮かべていつのまにか隣に立っていた。全く気がつかなかった……。

「いえ、これはその……違うんです!」
「そうなの?でもほら、『及川先輩へ♡』って書いてあるじゃん。せっかく書いたんでしょ?渡さなくていいの?」
「ンッ……確かにこれは及川先輩宛てなんですが、そうではなくて……!」

焦りでうまく言葉が出てこない。それをにやにやしながら眺めてくるオイカワさんに内心毒づく。なんでこんなタイミングで現れるんだオイカワさん……!そして何か微妙に勘違いをされているような気がする!

「ええと、……これ、友人に頼まれたものなので!とりあえず受け取ってください!」
「ふーん、そう?じゃあ貰っとくね〜」
「はい、そうしてください!じゃあ私はこれで……!」
「あ、ちょっと待って」

ぎくりと足が止まる。さっさとこの場を離れたいと思っていたのに。

「ええと、何か……」
「満谷ちゃん、だよね?同じ委員会の」
「はあ、そうですが……」
「じゃあ、それまでに読んでおくから!」
「……?はい……?わかりました……………?」

よく分からないが、とりあえず委員会の時に返事か何かを預かればいいのだろうか。じゃあね〜!とひらひら手を振って遠ざかるオイカワさんを見送って、とりあえず渡せた……。とほっと息をつく。

2日後、実はまだ謎の誤解が解けていなかったことを知るのはまた別の話。





MainTop