「プロデューサー、少し休んだらどうですか?」

湯気の出ているマグカップをふたつ持った北斗くんにそう言われてパソコンに表示された時計を見ると、作業を始めてからゆうに3時間は経過していた。

「うわ、本当だ。ありがとう北斗くん……」
「いえ。ただ、あまり根をつめすぎるのは良くないですよ。これは一緒に飲みましょうか」

北斗くんはマグカップのうちのひとつを私に手渡すと、事務所のソファに腰掛けた。私もそれにならってテーブルを挟んで向かい側に座る。

「あれ、隣に座ってくれないんですか?」
「ばっ……、いや、大体ここ事務所でしょ」
「はは、まあそうですね。でも誰もいませんよ。……ダメですか?」

いたずらっぽく、そして自信ありげに微笑む北斗くんに手を引かれると、結局私は彼に弱いのでゆるゆると隣に収まってしまう。今のはダメって言われないのが分かっている言動だったな……とマグカップの中身を一口すすると、中身は私好みの味のカフェオレだった。
こういうことを当たり前にしてしまうのが北斗くんだよな、と感心するのはもちろん、謎の納得さえしてしまう。全くもってすごい男とお付き合いをしているものである。人生とは分からないものだ。

「美味しい。……ありがとう、北斗くん」
「どういたしまして。お礼は今度俺とデートしてくれればいいですよ」

にっこり笑う北斗くん。多分ファンのみんなが見たら卒倒するだろう完璧な笑顔だが、こと私に向けてこの顔をするときは、何か気に入らないことがあった時だ。

「…………怒ってる」
「そう思います?なら当ててみてください」

北斗くんは笑顔を崩さない。これは相当なことをしたな、となんとなくわかってしまう。このまま改善点を放置して北斗くんに悲しい思いをさせてしまうのは嫌なので、仕事で疲労した頭をぐるぐる回転させて考える。

「ええと、……仕事に集中しすぎて休憩を入れなかったこと……?」
「ええ。それはもちろんそうですね。今日に至っては俺が外出から戻ったことにすら気づかずでしたからね、あなた」
「ウッ……本当にごめんなさい……」

しかも言い方からするにまだ何かあるらしい。どうしよう、分からない。疲れているせいだろうか。
私が何も思い浮かばないのを察したのだろう、北斗くんは全くもう、とため息をついて言った。

「俺のことをほったらかしたことについては何もなしですか?」

俺は晴さんの恋人のつもりでいたんだけどな。違います?

耳元で囁かれてびくりと肩が跳ねる。思わず顔を隠そうとした両手は、北斗くんの手に絡めとられて阻まれた。

「俺、多分あなたが思っているよりずっと、あなたのことが好きですよ」

きゅ、と恋人繋ぎをした手を握り込まれて、北斗くんの熱のこもった視線が私を見る。

「だから、責任。……取ってくれますよね?」

おそらく私の顔は今リンゴのように真っ赤だろう。自分で自分の頬が紅潮するのが分かる。それでも何か言わなきゃと思って、震える声で「な、何の責任ですか……」と言ってみるも、「やだなあ、言わなきゃ分かりませんか?あなたが仕事ばっかりでちっとも構ってくれないから、俺、寂しかったんですよ」と、とんでもなく良い声で言い返された。
どくんどくんと指の血管まで脈打つのに気がつかれたくなくて、せめて恋人繋ぎを解こうと手を動かすと、「ダメですよ。あなたが反省するまで離してあげません」と握る力を強められる。

「は、反省した。したからもう勘弁して……」
「へえ。本当ですか?」
「ほ、本当だから……!」
「じゃあ、そうだな。……キスしてください、あなたから。そうしたら許してあげます」

ほら、と私の方に屈んで、北斗くんはキスするのにちょうどいい高さに顔を持ってきた。あ、いつもと逆だ、と混乱する頭でぼんやりと考える。意地悪なことに目を閉じるつもりのない北斗くんに耐えきれずにぎゅっと目を閉じて、ええいままよ!と顔を近づけると、ふに、と暖かくて柔らかい、よく知った北斗くんのくちびるに触れた。
よし、できた!とばかりにすぐさま離れる。北斗くんはやっぱり一部始終を目を開けて見ていたらしい。余裕ありげな表情で、面白そうに「まあ今日はこれくらいにしておこうかな」と笑って、

「よくできました」

今度はちゃんと目を閉じて私に優しいキスをした。





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