微妙なところで終わります。



ひとつ、深呼吸をする。そっと見やった向こう、私の隣に立つ透明な友人は、いつも通り鉄のマスクを深く被っていて表情は読み取れない。

『来たみたいです、先輩』

そっと心の中で呼びかける。鉄の柵に手錠で繋がれた手、猿轡をされた口。今のところ私の意思で動かせるのは眼くらいではあったけれど、それだけで十分だった。
だって私はーー超能力者なのだから。



突然だが自己紹介をしたいと思う。許されるだろうか。あまり自分のことを話すのは得意な方ではないのだが、暇つぶしも兼ねて是非お付き合い頂きたい。
前述した通り、私は超能力者だ。世間一般には知られていない隠れた存在。正式な名称としてはスタンド、そしてそれを使うもの、スタンド使いである。
スタンド使いは確かに一般に知られてこそいないものの、それなりの数存在している。そしてスタンドはスタンド使いにしか見えない、これが一番物事をややこしくする。
私はとある世界的に有名な財団の、世間には公表されていないスタンド部門に勤めているが、警察とのパイプがあったりだとか、海外の色々な機関との情報共有が頻繁に行われているだとか、とにかく規模がデカい。
なるほど確かに、国に害を及ぼす可能性がある存在を迂闊に放っておくわけには行かないものなぁ、と入った当初はやけに納得したものだった。それでも各機関のうち知っているのはごく一部というあたり、現代における超能力の扱いが見て取れると思う。

そして、私たちの仕事はスタンド使いの起こした問題を解決すること。
スタンド使いは一般人には見えないというその特性ゆえ、時に周囲の心無い視線に晒される。それは親しかった友人であったり、両親であったり、恋人であったり。噂が広がって転校を余儀なくされた学生の話はよく聞く。…そして、心を病み、自暴自棄になったスタンド使いが、犯罪に手を染める事案も同様だ。万が一、被害が民間に及ぶことの無いように、先輩(といっても私より20も上だ)とともに精進の日々である。

私は自らのスタンドを役立てるためにこの財団に就職した。私の透明な友人は、確かにそこにいるのだと、そう実感したかったからだ。たとえそれが身の危険を伴うものだとしても、結局訝しげな視線は止まないのだと気付いても、それでいいとさえ思っているあたり、結構重症なのかもしれない。



「今日は僕の奢りだからね」

息抜きにどうかな、この間割引券を貰ったんだ。と誘ってくれた上司と共に訪れた喫茶店。ぽかぽかとした日差しが差し込んでいて、店内の空気も穏やかである。さすが花京院さんだ…と趣味のいい上司に感嘆しつつ、パンケーキとアイスコーヒーを注文した。それが一番安かったからではあるが、出されたそれはかなりの美味しさで、今度一人でもう一度来よう、と密かに決心する。

「花京院さんはここ、よく来られるんですか」
「割と。美味しいし、雰囲気もいいからね。君も気に入ったんじゃないかな?」
「そうですね。こう、古き良き…って感じが素敵だと思います。パンケーキも美味しいし、花京院さんが選ぶだけありますね」

そうかな?と、頼んだ期間限定のチェリータルトを口に運ぶ上司は、私がパンケーキをおおよそ食べ終わった段になると、少しだけ息を潜めて言った。

「それで、君をここに連れて来た理由だけど、そこそこハードだから覚悟して聞くように。質問は後から受け付けるから、まずは概要を聞いてくれ」
「……はい」

真剣な面持ちにこちらも自然と姿勢を正す。

きっかけは私の勤務する財団の協力者のスタンド使いだったという。彼のスタンドは漫画の形を取っていて、予言がそこに漫画として描かれる。何度かの検証を行ったところ、その漫画に描かれた予言を覆す術は無いらしい。

「つまり、予言者なんですね」
「そういう事だ。それで先日、彼から新しい予言の報告を受けた」

予言曰く、次の日曜日に、この近くの銀行で強盗が起きる。そしてその犯人は捕まることなくそのまま逃走、どこへ向かうかというとこの町にほど近い港にある倉庫だというのだ。

「それで、ここからが本題なんだが、その倉庫に、どうやら君がいるらしいんだ。これは予言で、変えようのない事実だから、先に伝えておいた方がいいと思ってこの話をした。」
「ーーつまり、その、強盗犯を捕まえてこい、と言うことですか。それともまだ他にややこしいことがあったりします?」

ご明察だ、と頼れる先輩は肩をすくめた。どうやらかなり深刻な事態らしい、というのは把握したものの、事の全容があまりにもややこしい上に面倒なことになっていて私も閉口する。というかこれはどこまでが予言でどこからが調査なのだろうか。出る直前、机に突っ伏して爆睡する先輩を見ていただけに胃が痛い。…ご愁傷様です、先輩…

「ええと、つまり」
「その強盗が国際的な犯罪組織の傘下のグループに属していたみたいで、その倉庫は組織との取引現場になっているらしい。それで警察もそれをどこからか知り、倉庫で待ち伏せしている。だから君は…」



(犯罪組織の人質になってもらわなきゃいけない……ちょっと人使いが荒すぎないかなこの職場……)

幸い人使いが荒いことに定評のある我らが財団も、私1人に銃で武装した大勢を任せるつもりはなかったらしい。先輩も気が付かれないように、この近くに潜入してくれている。私がこれまでの経緯をつらつらと思い出している間に、スタンドを建物の中に忍び込ませてくれたらしく、『準備はできた。君のタイミングで始めてくれ』と伝えてくる。

ちらり、と周囲を窺う。まだ警察は動き出していない。犯罪組織のメンバーは銃をその手に持ってはいるものの、どうやら私の利用価値について話し合っているらしく、すぐ撃てる状態にはない。

ーーいける。

隣に立つ私のスタンドに視線を向ける。彼女(彼?)は心得ているとばかりに頷いて、作戦を開始した。





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