※夢主がオタク



「雨彦さんが前髪下ろしてる!!!!!!!?」

穏やかな昼下がり、せっかく多忙な恋人と一緒にゆったりと休暇を過ごしているような時に叫ぶことではない。それは分かっているが衝撃が大きすぎて叫ばないとやっていられなかったのだから仕方がないのだ。
隣に座っている恋人こと伊集院北斗くんは「急に大きな声出さないでくださいよ……」とジト目でこちらを見つめてくる。ごめんね。でもびっくりして「うわっ」って声が出ちゃった北斗くん可愛かったよ。
いやそんな話をしている場合ではない。これは由々しき事態だ。私はスマートフォンをわなわなと震える手でつかんで画面を北斗くんに見せつける。

「だってやばいんだよ!!雨彦さんが前髪下ろしてるんだよ!!?」
「それはさっきも聞きましたし……ああ、ホワイトデーライブのやつですね。一般公開今日だったんだ」

北斗くんはこともなげに画面を見てそう言うと、また自分の作業に戻ろうとする。

「ちょっ……えっ、北斗くんは何もないの?オールバックセクシー仲間なのに……」
「オールバックセクシー仲間……?」

怪訝そうな顔でこちらを見る北斗くん。しまった。勝手に脳内で付けている呼び名がつい声に出てしまった。でもオールバックセクシー仲間じゃん……関西出身インテリオールバックセクシーコンビじゃん2人はさ……こうしてみると共通点多いな……。

「大体晴さんなら俺が髪下ろしたところなんて嫌というほど見てるじゃないですか、何を今更」
「違うの!!お仕事の画像で下ろしたところが見られるのはまた別なの!!!」

私は北斗くんがお仕事で前髪を下ろしてるところが見たいんだよ……絶対めちゃくちゃかっこいいじゃん…………と拳を握り切実な目を向ける。
握った画面の中の5人は先ほどまでと変わらず、お花とちょうちょをたくさん付けて、こ、小指を……小指を立てている……。なんてこった……ものすごいものがお出しされてしまったな……。雨彦さんは前髪下ろすし……。
ソファからずり落ちて供給に打ち震える。他の人が見ていたら確実にドン引き案件だと思うが、私の奇行に慣れきった北斗くんはああまた始まった、と生暖かい視線を向けてくるだけだった。正直冷めていないだけ全然優しいと思う。伊集院北斗くん様々である。

「……まあ、機会があったらですね。仕事を取ってくるのは俺じゃなくてプロデューサーですし」
「もう本当にお願いしておいて。雨彦さんの前髪を下ろした男なんだからできるできる」
「あなた、プロデューサーと葛之葉さんのことを何だと……、いや、もういいです……」

北斗くんは手を頭にやってやれやれとため息をつく。やたら様になっていてかっこいいが実際は私の勢いとうるささに辟易しているだけなのが申し訳ないところだ。

「……そういう仕事が来るかどうかはまあ、分からないですけど……次デートする時、下ろしてあげてもいいですよ、前髪」
「えっ」

私は思わずまじまじと北斗くんを見る。ほ、ほんと?と漏れた声が必死すぎて我ながら気持ち悪い。本当にごめん北斗くん。
そんな私が少しおかしかったのか、北斗くんは特別ですよ、と笑う。

「その代わり、ちゃんと俺だけを見ていてくださいね。あなたのためにするんですから」
「当たり前じゃん…………」

というかいつも見てるしかっこいいって思ってるよ……。呆然としたまま感情のままにつぶやくと北斗くんはありがとうございます、とにっこり満足そうに笑う。かわいいね。

「というか仮にも付き合ってる女が他の男の写真を見てキャーキャー言ってるの普通にめちゃくちゃ嫌じゃない?ごめんね」
「……妬いてないと言えば嘘になりますよ。でも晴さんの1番は俺だって知ってますから」
「ウッ……!」
「そもそも315プロを好きになったのだって俺たちがいるからでしょう?」
「仰る通りです……」

なんだこの20歳、人間が出来すぎている。本当にいつもありがとう……と漏らすと、「いいんですよ。俺のこと、かっこいいって言ってくれるの嬉しいですから。大体許せなかったらこんなに長く一緒にいないでしょう」と優しく微笑まれる。慈愛のまなざしだ。胸がときめきできゅんきゅんする。

「うん……ありがとう……」
「ふふ。……俺のかっこいいところ、これからもたくさん見せてあげますから。見逃さないでくださいね」

晴さんの1番は俺ですけど、俺の1番も晴さんなんですから。
そう言って殺人的な笑顔を向けてくる北斗くんがどうしようもなく眩しくて、私はしばらく顔を手で覆ったまま動けなかったのであった。





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