※北斗くんがかわいい



薄いカーテンを通して差し込む午後の光、さっき淹れたコーヒーの香り。ソファに座る私の隣には北斗くんがいる。同じ家に住んでいる私たちだけど、普段はプロデューサーとアイドルとして接することはあっても、こういう風に恋人らしい時間が過ごせることはどうしても少ないから、こうやってゆっくり一緒に過ごせるのは嬉しいものだ。

 2人で暮らしませんか、と言ってきたのは北斗くんの方だった。マネージャーに当たる人材がいないうちの事務所は、プロデューサーの私が仕事の付き添いなどもこなしているのだが、Jupiterはその経験豊富さもあって、私が仕事に付き添うことは他のユニットに比べると少ない。
 そうなると帰る時間もやっぱりバラバラになりがちで、わたしが帰ったら北斗くんはもう明日に備えて寝ているということも時々ある。そうなることはその時から分かっていたけれど、少しでもあなたと一緒にいたいんです、ダメですか?と請われてしまっては断れなかった。私はアイドルのみんなにも弱いが北斗くんには特別弱いのだ。ダメじゃない……、と呟いたらぱっと顔を輝かせて「うれしいです」とはにかむのだからずるいなあと思ったことを今でも覚えている。

 私がカフェオレをすすりながらそんな回想をしている間も、北斗くんは隣で私に寄り添ったまま静かに本を読んでいた。おそらく今度出演が決まったドラマの原作だろう。毎回丁寧に役の気持ちが理解できるようになるまで読み込むから、きっとこの本を買った時にかけてもらったのであろう紙のブックカバーはもうよれはじめていた。
 そういうひとつひとつの役に真摯なところも北斗くんというアイドル、ひいては人間の魅力だよなあ、と自然と頬がゆるむ。

(あ)

 無意識にマグカップを口元にやってから気がついたが、もう中身を飲み終えてしまっていたようだ。隣に並ぶ同じく空の北斗くんのマグカップも持って、おかわりを注ぎにいこうと立ち上がろうとすると、ぱし、と手を繋がれて引き止められた。

「北斗くん?……ごめん、コーヒーいらなかった?」
「……いえ。ただ、……なんだか、あなたが俺のそばを離れてしまうのが、いやだなと、思って……」

 北斗くんはどうやら勢いというか、半ば無意識でつぶやいたものの、自分で言っていてあまりのらしくなさに照れてしまったようだ。ぱっと手を離して「……すみません……」と片手で顔を覆いながら呟くのを見て、思わず目を瞬かせる。北斗くんがここまで素直になるのは珍しくて、びっくりすると同時に庇護欲というか、母性のようなものが沸き起こってくるのを感じた。……北斗くんがかわいい。いつもあんなに大人っぽい北斗くんが、私にそばにいてほしくて引き止めたあげく自分で照れている。

「いいよ。そばにいるね」

 マグカップをソファの前のローテーブルに置き直して北斗くんの隣に座りなおすと、北斗くんは今度は私の目にもわかるほど耳を真っ赤に染めた。先程まで読んでいた本はしおりを挟んで置かれていて、どうやらもうそれどころではないらしい。……本当に、らしくない。もちろん私はとても楽しいというか嬉しいけれど。
 北斗くんはわりと自分らしくないことをするのを避ける節があって、その上年齢不相応なまでに大人びているから、普段ならここまでわかりやすくない……、というか、わかりやすい時は大抵確信犯で狙ってやっている。ここまで動揺する北斗くんを見るのはかなり珍しいから、本人も相当不本意だろうな。
 北斗くんの肩にちょっともたれかかってみる。ついで所在無さげにうろうろしている手も勇気を出してえいっと捕まえると、やっと抵抗(というかごまかし?)を諦めたようだ。うう……と小さく呻いたものの、つないだ手にそっと指を絡めてきた。
 どうしたの?と聞いてよいものか私が逡巡しているうちに、北斗くんはまだ少し頬を赤らめたまま、それでもいくらかは落ち着いた様子になった。

「すみません、変なことを言って……」
「ううん。私も北斗くんに構ってほしいなってちょっと思ってたから」
「それは……、なら、存分に甘やかしてあげないといけませんね」

 普段あまり構ってほしいなんて言わないものだから、北斗くんが少しびっくりした表情を見せたのがわかった。ちょっと恥ずかしいけれど、でもこれでお互い様だ。せっかく一緒にいられるんだから、こういう時くらいふたりでらしくないことをしてみるのもいいだろう。
 ちょっとだけいつもの調子を取り戻した北斗くんのあたたかい手が私の頬に優しく触れるのを感じながら、そんなことを思った。





MainTop