「プロデューサー、よかったら今度ここのパフェ、一緒に食べに行ってくれませんか?すっごく美味しいって評判なんです」

真にそう声をかけられたのは3日ほど前のことだ。軌道に乗り始めたアイドルの仕事の合間、貴重な丸一日の休みの日を提示されたので、アイドルの健康も気遣わなくてはいけないプロデューサーとしてはできれば自宅で休養を取ってほしいというのが本音だった。
だが、(真がなぜ私を同行相手に選んだのかはさっぱり分からないものの)担当アイドルからのせっかくの提案であるし、いくら真が大人の男にも負けない腕っぷしの持ち主だからと言っても、ひとりで外出させるよりは私が付いていた方がいいだろう。私はそう考えて、私でいいならいいよ、と伝える。

「本当ですか!へへっ、ありがとうございます!」

プロデューサーとデートだぞ〜!などと鼻歌交じりで言い出した真に(えっ?これってデートなの?)と若干面食らいつつも、私たちは次の仕事に向けて移動を始めた。


それからはあっという間だった。私が折れてから……真が言う「デート」の約束をしてからの真の仕事ぶりはそれはもう素晴らしいものだった。それに感化されて私も仕事がなかなかの勢いで捗ったのは良かったのだが、その分時間の進みも早く、気がついたらじゃ、プロデューサー!明日楽しみにしてますね!と満面の笑みで真にあいさつをされていた。
全く何の心構えもできていない。そもそも担当アイドルと出かけるだけで心構えなどいらないのか?鏡の前で服を取っ替え引っ替えするなんていくらデートと言われたからって自分でもちょっと張り切り過ぎなのではないか?と私が混乱してきたところで、そばに置いてあった携帯が着信を知らせた。相手は案の定真だ。

「もしもし?」
『あっ、プロデューサー?夜遅いのにすみません、さっき聞き忘れちゃったことがあって……』
「ああうん、いいよ。明日のこと?」
『はい!あの、美希に聞いたんですが、プロデューサーと2人で出かける時はプロデューサーのことを名前で呼ばなきゃいけないって本当ですか?』
「あ〜〜……」

失念していた。確かこの間美希と外を歩くときは、人通りの多い道を通らなくてはならなかったのだ。プロデューサーという役職名から美希がいるのが周りにバレて騒ぎになるのを防ぐために、名前で呼んでもらったんだったか。その時の美希は職権濫用というか……許可を得たのだからと暴走して大変だったのだ。
今回はスイーツ店に向かうだけ……というつもりで今までいたけれど、真がいうには評判の店らしいから、人もそこそこ多いかもしれない。

「そうだね、多分人が多いから……名前じゃなくてもいいけど、プロデューサーとは呼ばないほうがいいかも」
『分かりました!ええと……晴さん?』
「ンンッ」

やばい。想像以上に破壊力がある。私は明日生き延びられるだろうか……




当日。結局真の『晴さん?』の破壊力に負けて張りきってお洒落な格好をしてきてしまった私は、待ち合わせ場所で落ち着きなくスマートフォンの画面を弄っていた。
待ち合わせ時間の30分前。真はよほどのことがない限り待ち合わせに遅れたりはしないはずだけど、そうだったとしても早すぎたな……と私は1人謎のいたたまれなさに襲われる。完全に初デートでドキドキしている学生ムーブだ。いやそもそもこれは真がデートとか言うからだから!別にそういうのじゃないし!と自分に言い聞かせて、若干紅潮した頬を冷ますように手で押さえる。真がこの外出のことをデートと称したのも、私を誘ったのも、特に深い意味のないことだから、変に意識しすぎると後で虚しくなるのは自分だぞ……。と脳内で何度も唱えて、気分を落ち着かせようと近くにあった自販機でいつも飲んでいるペットボトルのお茶を買う。ごくりと二、三口喉に流し込むと、よくわからないドキドキも薄れた気がした。

「あっ、プロ……、晴さん!すみません、お待たせしちゃいましたか?」

真がやって来たのは待ち合わせ時間の15分前だった。いや、こっちが早く来てただけだから大丈夫だよ、と言ってから、しまったこれはデートの常套句だ、と気がついた。真も同じことを思っていたらしく、「なんだか本当にデートみたいですね」と笑う。

「まったく……大人をからかわないの」
「はーい、ごめんなさい。お店の場所調べてきたので、行きましょうか」

2人で歩き出す。真は服装こそいつものボーイッシュなものだけど、キャップとメガネで結構印象が変わっているのだろう、特に声をかけられることはなかった。


「晴さん、今日の服、いつもと違うんですね」
「えっ、ああ……ちょっと気合入れすぎたかな。いつもの服の方が良かった?」
「あっ、いえ!いつものスーツも似合ってますけど、今日の服もかわいくて素敵です!」

真はぐっと拳を握って答える。

「そう……?ならまあ、いいけど……」

思いの外全力で肯定されてしまってわりと気恥ずかしい。けれどそのあとは真が最近あった事や行ってみたいところなどの他愛もない話をしていてくれたので、変な空気になることもなく目的地までたどり着けた。

可愛らしい装飾の施されたスイーツ店には、早めに来たにもかかわらずそこそこの人数が並んでいる。「ああ、並んでる……」と少し申し訳なさそうな顔をする真に、「今日はこのために来たんでしょ、並ぼう」と行列を指し示すと「はい、ありがとうございます!」とうれしそうにする。

「あの……晴さん?」
「ん?どうしたの、真」
「……よかったら、待ってる間、何か話してませんか?」

「そうだね……」店の入り口の方をちらりと見る。おそらくはそれなりに待つことになるだろう。「うん、その方がいいかも。話し相手が私でアレだけど……」

「そんなことないです!ボク、晴さんと一緒にいるの楽しくて…………今も、並ぶのに付き合ってもらっちゃって申し訳ないんですけど、実はすっごく嬉しいんです」

な、なんて……。ちょっとヘンなこと言っちゃいましたよね、ごめんなさい。そう言って顔を恥ずかしそうに背ける真に「変じゃないよ。私も真と出かけるの楽しみにしてたし」と声をかける。
これはまあ……本心だ。楽しみというかソワソワの方が正しいような気もするが、それはそれ。真が安心してくれるならどちらでもいいだろう。
真は「ホ、ホントですか!?良かった……」と顔をへにゃりと緩ませている。こういうところがかわいいんだよな……としみじみ噛みしめてしまう。頑張って可愛らしい系の仕事も増やしてあげよう……。などと考えていると、ふいに「ええと、じゃあ、ボク……晴さんの話が聞きたいです!」と言われて少し戸惑った。ここに来るまでも私は聞き役に徹していたし、真はわりと自分から色々話してくれるタイプの子なので私自身のことはあまり話す機会がなかったのだ。

「え、いいけど……何の話が聞きたい?」
「うーん、じゃあ……そうだ、好きな子のタイプ、とかどうですか?」

正直びっくりしてしまった。なんというか今日、というか最近の真はいやに積極的で、私はこの子に振り回されっぱなしな気さえしてくる。
本気?という意味を込めて真の方をちらりと伺うも、当の本人は謎に自信のある表情でこちらに笑いかけてくるばかりだ。
…………これはいけない。本当にいけないやつだ。どっ、とうるさく鳴りはじめる心臓を押さえつけるように、「……まあ、いいよ」と返事をした。





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