※前髪下ろして!の続き(夢主がオタクです)混乱したまま書いているので文も混乱している

「北斗くん…………」
 手にしたスマートフォンからゆっくりと顔を上げる。気持ちは一周回って穏やかだった。凪だ。キャパシティを超えた供給を受けてしまったオタクは奇声を上げるどころではなく、ただひたすら推しへの感謝を唱える機械になってしまうものなのだ。ぎしぎしと油のさされていない壊れかけのロボットのごとく首を回して隣にいる恋人(兼最高のアイドル)の方を向く。北斗くんは心なしか顔をこわばらせているようだ。
 まあ、いつものようにソファに座って穏やかな時間を過ごしていたところに、私が「ウッ」と呻いたのちしばしの硬直を挟んで「これ」なのだから当たり前なのだが、そもそも今回私がこうなってしまうほどの供給を与えたのは北斗くん自身である。
 私は北斗くんの顔をまっすぐ見据え、微笑んだ。いや、私は微笑んだつもりだったのだが、おそらくは完全にオタク丸出しの笑みになっていたことだろう。ともかく私は……私という一人のオタクは今、推しに最大限の感謝を伝えなくてはならないという義務感に突き動かされていたのだ。


「ありがとう…………………………」
「いや……なんですか、急に」

 北斗くんは気持ち悪い笑みを浮かべたオタク(こと私)が衝動に任せて握手を求め始めるのに応えながら(やさしい)それでも怪訝な表情を隠さない(かわいい)。

「見たよ、あの、君ともう一度出会う物語の……アレ……」

 私がもはや震えそうな声でしどろもどろになりながら言うと、北斗くんはそこで合点がいったようで、ちょっとドヤ顔ぎみに微笑んだ。かわいい。

「見てくれました?晴さん、きっと喜んでくれるだろうなって思ってたんです」
「うん……あのね、嬉しすぎて……ごめん、いまちょっとやばい」
「ふふ、俺、晴さんがやばくなってるの見るの、結構好きなんですよ……おもしろくて。俺も髪を下ろしたかいがあったかな」
「あった……すごい……本当に見られるとは思わなかった……」

 そこそこ長い間一緒にいるから、本人NGでないことは知っていたものの……これまで北斗くんはーー偶然なのかそれとも事務所の意向だったのかはわからないけれど、とにかくーーこれでもか!というほどに前髪を下ろしてこなかった。ここまで完全に下ろすのは、記憶違いでなければデビュー以来初めてのことではないだろうか。
 だから先日のあの、「前髪を下ろした北斗くんが見たい!」というのは、もちろん本心ではあったが、本当に(それもここまで早く)叶ってしまうとは正直私自身思っていなかったのだ。まさに衝撃、の一言である。きっと今SNSで検索をかければそこには、私と同じように情緒を乱しているファンがたくさんいることだろう。やっばり315プロのプロデューサーさんはものすごく有能だ。感謝の一言に尽きる。

「やっぱりお仕事だからいつも見てるのとは違う感じだよね、ちゃんとセットしてある感じ……衣装ともばっちり合ってるし……ラフすぎないでしっかり北斗くんらしさも死神役感も出てる……」

 そう、普段私の目にする前髪を下ろした北斗くんは、つまり髪のセットを解いた姿だ。それはそれで大変にかっこよくて、個人的にはかわいいなあとも思うから、見るたび大満足!といった感じなのだが。こうして……言うなれば外向けの姿で、前髪を下ろした北斗くんが見られるのはやはり格別である(北斗くんとお付き合いしている身から言うと、実は先日北斗くんは前髪を下ろした姿で私とこっそりデートをしてくれたのだが……私がべた褒めしすぎたからか、それとも元々前髪を下ろすのに慣れていなかったのか、恥ずかしがって写真は撮らせてもらえなかった)。

「北斗くん、ほんとにめちゃくちゃかっこいいよ……ありがとう……」

 思考がそのまま口から漏れるような話し方になってしまった。北斗くんは「まあ……それは否定しませんけど」と苦笑する。ここで否定しないのがさすがというか……伊集院北斗!という感じだ。

「かっこいいって言ってもらえて嬉しいです。……撮影、素敵に映ってみせますから。ちゃんと観てくださいね」
そう言って笑う北斗くんに、私は「観るに決まってるじゃん……」と呆然と呟くしかなかった。





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