※設定捏造、改変

 貴音は月を見るのが好きだ。彼女をプロデュースすることが決まってからまだほんの数日、コンビとしては駆け出しもいいとこの私と貴音だが、それでも貴音が月に何かしらの特別な想い入れがあるのだろうことはすでに察していた。

「月が好きなの?」

 事務所の窓からも澄んだ光はよく目に届く。その光を追うように窓辺で月を見つめていた貴音に、帰り支度を済ませた私がそう聞くと、貴音は「好き……」とぼんやりとした調子で呟いた。

「好きでは、あるのだと思います。が、……それだけで表せるような気持ちでもありません」

 貴音はこちらを振り返ることなくそう言った。その声がいつになくか細いものに思えて、私は「そっか」とだけ返事をした。貴音は月を、慈しみにも、恋慕にも、憐れみにも似た瞳で見つめる。そのまなざしの本当の意味を、いつか私にも打ち明けてくれるだろうか。開けたドアから吹き込む風の冷たさに冬の気配を感じながら、そんなことを思った。




「流刑というものをご存知ですか」

 溜めていた仕事が終わった頃には窓の外はすでに暗くなっていた。最後に事務所の片付けをしたら貴音を駅まで送らなくては、と思っていたところに、貴音がおもむろにそう問いかけたのだ。唐突な話に私は思わずきょとんとしてしまった。貴音をプロデュースし始めてそれなりに経ったが、どうにもこの少女のペースが掴めない時がある。

「まあ、一応……」

 私は自信なさげに答えた。一応だが、知識はある。流す刑と書いて流刑。つまりは、罪を犯した者をどこか遠い地に送る刑罰だ。

「私が流人で、ここが刑地です。私は罰せられるためにこの地にいるのです」

 貴音は抱えた事情の全てを話すことこそない……おそらく話すわけにはいかないのだろうが、何かをこらえきれない時、こうして私にそっと打ち明ける。私にすら全貌が理解できないようにぼかされた告白は、大半が懺悔といってもいいような内容で、そういう時の貴音は弱り切ってひどく脆く見えるので、私は毎回話を聞くばかりで何も言えないのだった。

「私は……きっと故郷へは帰れないでしょう。私はこの地で罰を受けるべきだったのに、こんなにもかけがえのない幸せを得てしまった……」

 あまつさえ、こんな……と呟いて、貴音は笑いながら泣いていた。自嘲するように浮かべた笑みは、水滴が二つ三つと落ちていくうちに薄れていって、後には静かに泣く少女が残されるばかりだった。

「私は愚か者です。このようなこと、許されるはずもない」

 ガラス越しのあせた藍色に、皮肉なほど眩く輝く月がある。私は許すよ、と心の中でそっと言った。目の前で泣く貴音が何に苦しんでいるのかすら知らないのに、そんな浅はかな許しなんて口にできるはずもなかった。





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