千早の幼なじみ夢主(捏造が多分に含まれます)
予告なく加筆修正する可能性があります。



 幼なじみのことをメディアで見かけるようになってからそれなりの月日が経ったけれど、こんなことになるなんて思っていなかった。私は食べかけのトーストを持ったまま呆然とテレビを凝視する。チャンネルを変え忘れてつけっぱなしだった、下世話なテレビ番組。その右上、「如月千早、衝撃の過去 弟を見殺しに!?」の安っぽいフォントが、私の目と脳を突き刺した。

「……ちーちゃん」


 彼女のことを想う時、私はいつも後悔のようなもやもやとした何かに苛まれる。

  如月千早ーー今ブレイク中の765プロのメンバーの1人は、私の幼なじみだ。お互いの母同士が知り合いだったおかげで、私たちは赤ちゃんの頃から仲良しだった……らしい。さすがに赤ちゃんの頃の記憶はないけれど、実際物心ついてからの千早と私は大の仲良しだった。千早の弟の優が産まれてからは、幼い私たちはお姉さんぶって、彼のことを構いに構ったものだった。
 千早がどうして歌が好きになったのか、と聞かれると、うまく答えられない。でもきっと、優が関係しているのだろうと思う。優……、それからもちろん私も、千早の歌を聴くのが大好きで、優が「おねえちゃん、うたって!」とねだったところに、私が「わたしもちーちゃんの歌、ききたいな」と加勢するのが常だった。もちろん、千早は私がいない時も、いつだって嬉しそうに歌っただろうことは、2人のことを見ていれば想像に難くなかった。
 優はきっと、千早の歌の源だったのだ。他の誰でもない優こそが、あの頃の如月千早にとって1番近くのファンだった。小さな千早は小さな優のために歌って、それは2人と、それからしばしば如月家に遊びに来る小さな私のことも笑顔にした。千早の母も、しばしばお皿に広げたお菓子と、コップに注がれた麦茶を手にして部屋に入っては、楽しそうな私たちを見て微笑んでいた。
 それがあまりにも当たり前だったから。もしかしたら、……あのままの日々が続いていたら、千早は優のためだけの歌を歌い続けていたのかもしれない。アイドルになんて、ならなかったのかもしれない、と、思ってしまう。

 その日、……その日、千早は学校に来なかった。
 あの時の私は(ちーちゃん、風邪ひいちゃったのかな)と思って、落ち着かない気持ちのまま家に帰って「ちーちゃんが今日休みだったんだけど、風邪かなあ」と母に聞いた。母は少しの間の後、「千早ちゃんは、……」と、震える声でそれを伝えた。
 ……それからしばらくの間、私は如月家を訪ねなかった。母に止められたというのももちろんあるけれど、本当は、優のいなくなった千早を見るのが、とても怖かったのだ。千早にとって最初で一番近くの観客が永遠に失われてしまった、それが千早にもたらすであろう悲しみや後悔以上の何か。その正体を見せつけられるのが、たまらなく恐ろしかった。

 教室の隅の席で、じっと一人窓の外を見つめていた小さな千早の姿を、憔悴しきった千早の母親の姿を、線香の煙が薄く隔てた優の写真のことを思う。あの日から、きっと私も含めて、みんな変わってしまったけれど。けれど誰も悪くなかった。誰もが傷を負って、それでもその傷は誰かによってつけられた傷ではなかったはずなのだ。
 だから私は今でも、後悔の行き場を見つけられないでいる。


 千早はきっと焦っているのだ、と、初めてアイドル・如月千早の写真を街で目にした時に思った。
優が死んでから如月家は変わって、両親の関係は険悪になり、千早もそれに巻き込まれるようにしていつも思いつめたような顔をしていたことを思い出す。近寄りがたいような空気を放つ千早は、中学に進学し人間関係ががらりと変わると、一気に孤立を深めた。
 私はきっと、千早に寄り添ってあげなければならなかったのに、そうしてあげられなかった。中学に上がって数ヶ月、父の転勤が決まり、私は引っ越さざるをえなくなったのだ。
千早の目に浮かぶものは、その頃になると悲しみではなくむしろ焦りそのものだった。アイドルの如月千早は、多分人々の喝采を浴びることに喜びを見出していない。千早はもうずっと前からただ1人の歓声だけを求めていて、けれどその願いはもう永遠に叶うことはないのだ。千早は優の面影を追い続けて歌っているに過ぎない。


 今の千早には仲間がいる。私がいなくても、いつか絶対に立ち上がる日は来る。
 けれど幼い頃、あの懐かしい部屋で、おもちゃのマイクを持って心から楽しそうに歌う千早のことを思うと、私はもう居ても立っても居られなかった。
 千早の背中を押すこと、俯いた千早の暗い目に、澄んだ青空を映すこと。……これはもしかしたら償いなのかもしれなかった。だとしたら、誰にも、私にも罪はないのだから、とても自分勝手で酷い贖罪だ。


 考えなしのニュース番組は次のゴシップを取り上げていた。私は朝食を急いで食べきって、洗い物をしてくれている台所の母に食器を下げる。そして、「お母さん……あのね、」と考えを告げると、母は目を見開いてーーそれからしばらくの後、そっと微笑んで「行ってらっしゃい。気をつけてね」とだけ言った。
 


 新幹線にひとりで乗るのは実は初めてだ。見慣れた街の風景から列車はどんどんと遠ざかっていく。私はそれにえも言われぬ不安を覚えた。膝に乗せた鞄のふちを握りしめてみる。
 おそらくこの不安の正体は、目的地に着いた後への不安なのだろう。これから大それたことをしようとしている自覚はあった。思い立った勢いだけで行動しているから、計画性も何もないし、この胸に湧き上がる気持ちを千早に面と向かって伝えたいと思うのは、私のわがままに他ならない。そう思っているのは私だけでない。千早のファンの中にだって千早の背中を押したい人はたくさんいるに決まっていて、本当なら千早自身とその周囲が解決するのを待つべきなのだ。私はアイドルではないし、千早とももう何年も会っていない。そもそも会いにいったところで、部外者の私がそうすんなりと会わせてもらえるものだろうか?ブレイクして、それからスキャンダルを大体的に取り上げられ、今は歌えなくなっているアイドル。……厳しい気がしてきた。
 切符を無くさないようにしまい込み、落ち着かない気持ちの中、車窓の外に目を向ける。田んぼや畑の並ぶ景色が、ビルの立ち並ぶ街に変わった頃、私は目的地に到着した。

 その住所に辿り着くまでに、何度か千早の写真を目にした。きっとこの記事を書いた人は、千早のことなど本当はどうでもいいのだと思う。格好のネタに飛びついているだけで、千早が弟を亡くしたことを真に責めるつもりのある記者なんて、果たしてどれだけいるだろうか。……千早のことを真に理解できている人間が、この世にどれだけいるのだろうか。


 出発する前に下調べをしておいたのが功を奏し、目的のビルの前には比較的すんなりと着くことができた。765プロの事務所は最近ブレイクしているアイドル達を抱えているにもかかわらず、かなりこじんまりとしていた。私はビルの前で逡巡する。待ち合わせです、といった風を装って(いや、装い切れているかは正直不安がないが)、一階の定食屋さんの前で立ち尽くす。大きなビルで受付のお姉さんがいるようなところを想像していただけに、むしろ入りづらい。とりあえず階段を上ってみるべきだろうか?……と考えている私に、誰かが声をかけた。

「あの……大丈夫ですか?」

 びくり、と肩が跳ねた。顔を上げると、そこには可愛らしい顔立ちの女の子がいる。頭の左右に着けたリボンがよく似合って……というか、とても見覚えのある顔だ。主にテレビや雑誌などで。

「えっ」
「あ、す、すみません!驚かせちゃいましたか?」

彼女ーー天海春香は、私の反応が予想外だったのか、あわあわと両手を振った。

「何か……悩んでいるように見えたので、つい」
「あ……、いえ、こちらこそすみません。挙動不審で……」

私は言い淀む。しかし、ここで春香と会えたのだから、言うだけ言ってみようかと話を続けた。

「私……満谷晴といいます。ちーちゃ……如月千早ちゃんの幼なじみで、」
「千早ちゃんの?」

 春香の顔が真剣なものになる。やはり急にこんなことを言い出すには無理があったか、と、今度はこちらがあわあわとする番だった。

「あ、怪しいものじゃないんです!いや、怪しいかもしれないんですが、決してその、ええと……!」
「……今日は、どうしてここに?もしかして、千早ちゃんに……」
「……はい。あの、いきなりこんなこと、迷惑だとは分かっているんですが、」

 どうしても、と思わず口からこぼれた言葉の続きは見つけられなかった。それでも春香は小さく、少し泣きそうな顔で微笑んだ。

「私……ちーちゃんが歌ってる時の笑顔がすごく好きだったんです」
「笑顔……」

 春香は表情を、わずかに不意を突かれたように変えた。「私……」

「見たことない……かも。……ううん、違う。笑わなきゃいけない時は、ちゃんと笑ってるんだよ?だから、でも……」

 戸惑うように目を伏せる春香に、私も少し遠慮がちになりながら言った。

「……たぶん、ちーちゃんは焦ってるんです。何かをしなくちゃって、ずっと」
 
 そう、……そうなんだ……と、ぽつりと小さな声が落ちた。「私、どうすればいいのか分からなかった。そうだ、焦ってたんだね。千早ちゃん……」

「今のちーちゃんには、たしかにゆーくんはいないけど……春香さんや、みなさんがいるんです。ちーちゃんなら絶対、みなさんがいれば、前を向ける。……本当なら、私がこうして押しかけるまでもないんです」
「本当?」

 ほんとうに、そう思う?そう聞かれて、私の答えはひとつしかなかった。

「絶対です。幼なじみの私が保証します。ちーちゃんは、すっごく優しくて、ちゃんとまっすぐに強いから」

 私が笑うと、春香も笑った。そのくしゃりとした笑顔を見て、きっと大丈夫だと、そう思った。








/曲のタイトルから話書くやつ





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