どうせ私なんか何やったって何にもならないんだろうな、と思い続けて生きてきたから、審神者になれてうれしかった。自分が特別だって言われた気がしたから。何かに認められたような気がしたから。でも、そうじゃなかった。結局私はどこまで行っても私でしかなかった。刀たちだって、持ち主である人間だから私を慕ってくれているにすぎないのだ。……いや、違う、あの子たちは悪くない、私が、……私に真に彼らを従えさせる力があったなら……

「ご主人様」

 気がつくと斜め後ろに亀甲が立っていた。「な、……何」と、振り向かずに返す。
 私は月の光だけを頼りに真夜中の縁側に座り込んでいた。どうやら亀甲は、この場所を偶然通りかかったところに、私が何をするでもなくうずくまっていたものだから、心配して声をかけてきたようだった。

「何をしているのかなと思って。邪魔してしまったかな」

 亀甲は私の隣に、1人分の間を空けて座る。……真夜中とはいえ、刀に見つからない保証はないというのに、油断していた。こんな姿、心配されるに決まっている。

「……ちょっと考えごと。外の空気も吸いたかったし……、それに、月も綺麗に見えたから」
「そうだったんだね。でも、あまり外にいると身体を冷やしてしまうから、ほどほどにね」
「うん。……亀甲は、どうしてここに?」
「ぼく?ぼくは……、ふふ、散歩かな」
「散歩?」
「ああ。……これはぼくの秘密なんだけど、実は時々こうして散歩をしているんだ」

 亀甲の白い頬が少し赤らんだのが、月明かりのおかげでなんとなく見えた。

「もちろん、戦に支障が出ないようにしているから、安心してほしいな」
「それは心配してないけど……」

 亀甲は嬉しそうに笑う。真夜中の散歩。なるほど確かに秘密らしい秘密だった。

「怖くないの?」

 きょとん、と鋼色の目が見開かれる。変なことを聞いてしまったなと、自分でも思う。

「ご主人様は、怖い?」
「……どうだろう」

 少し考えて、怖いのかもしれないと思った。今まであまり、暗いところとか、幽霊とか、そういうものが怖いとは感じてこなかった。何もなし得ないことがいちばん恐ろしいことで、それ以外は些細なことだと、そう漠然と、でも自分に言い聞かせながら生きてきた。でも、……もしかしたら……

「亀甲は?」

 ……うまくまとまらなかったので聞き返してみる。けれど亀甲にとって、夜の闇はあまり意味をなさないものなのだろうな、とも思った。亀甲は何物をも恐れない。暗闇も、未知のものも、戦いも、折れることも。それこそが私にとっては恐ろしくて、私はこの刀がどうにも得意ではなかった。いや、要するに、苦手なのだった。亀甲はこうして、真夜中に塞ぎ込んでいる私の背に、昼間にするのと同じように、嬉しそうに声をかけるから。そしてそれは、彼なりに何かしらの思惑があってそうしているのだというのが、わからないなりに何となく察せられてしまうから、彼と話す時、私はどこか萎縮してしまう。

「ぼくは夜目がきくから、あまり」
「そう……だよね。私は、……ちょっと、怖いかも」

 もしかしたら、闇も、病も、死も、戦も、恐ろしくてたまらなかったのかも知れない。と、気がついてしまった。夢中で走って走って走り続けて、はっと我に帰った時には知らない場所まで来てしまったかのようなそんな不安感が、どこからともなく立ち上り表れる。急になぜか、ああ、自分はひとりぼっちなのだと思った。この本丸の刀たちの、誰のことも理解できないのが怖い。彼らは私のことを理解しているふうなのに、同じだけ彼らのことを見ているはずの私は、彼らが何を考えているのかわからない。それがはじめからずっと嫌でたまらなかったはずなのに、あまつさえ私は私の力によってのみ、この不快が取り除かれると思い込んでいた。

「ぼくはそれでいいと思うよ。……ご主人様、もしまた月を見に行きたくなった時は、ぼくを呼んでほしいな。きっと、ひとりよりふたりの方が怖くないと思うから。それに月も、その方が綺麗に見えるよ」
「――うん、そうかも」

 私がそう言うと、亀甲はまた、嬉しそうに笑った。そして立ち上がる。

「良かった。さあ、そろそろ休もう、ご主人様」
「……うん。もう寝る。ありがとう、亀甲」
「どういたしまして。……実は、ご主人様に声をかけようか少し迷ったんだけど」

 亀甲は首元をそっと押さえた。手袋をしていない手は、もしかすると初めて目にしたかもしれない。

「ご主人様と秘密が共有できたから、やっぱり話しかけてよかったよ」
「秘密……、まあ、そうだね」
 
 私はそのまま自室に向けようとした足を止める。

「亀甲」
「なんだい?」
「次に月を見る時は、また秘密を教えて」
「ぼくの秘密を……?」
「……うん。私、亀甲のこと、何も知らないから。……怖いものとか、苦手な食べ物とか、あと、好きな花とか、得意なこととか、色々、聞かせてほしい」
「……、なるほど、ぼくに全てをさらけ出せと言うんだね……!ご主人様になら、もちろん!」

 と、これまた花が咲くような笑顔を浮かべた亀甲を見て、私は、もしかしてこの刀、結構根は単純なんじゃないか?と思ったのだった。





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