※夢要素ない

 二日ほど前から歌仙の様子がおかしい。どうやら奇妙な夢を見るようで、昼間もずっと夢うつつのようにぼんやりとしている。心ここにあらず、を絵に描いたような状態で縁側に座っている歌仙に、それでも近よって、「夢って何を見ているの」と聞くと、歌仙は「……三斎様の夢だよ」と答えた。「僕がこの人の姿で、あの頃の細川の屋敷に招かれて、三斎様と長い時間を過ごす夢だ」
 私はその時何も知らなくて、ただ「そう……いい夢なんだね」と気遣うような笑みを浮かべるしかなかった。それに、歌仙がおかしな夢をみたのはその時の数日間だけで、その後は特におかしな様子もないようだったから、思い出すことも少なくなっていた。
 しかし、その後、私も本丸の皆もその頃よりももっと成長したのちに、初期刀と初鍛刀の二振りを修行に送り出し、彼らの手紙を読んで気がついた。歌仙が見ていた夢、それはまさしく歌仙兼定の修行内容そのものだったのだ。
 そのことに気がついてから、私は歌仙を修行に出せずにいる。歌仙が夢の中で見た何十年か分の”歌仙兼定”の記憶ーー歌仙があの時現実に戻れたのは、あれが夢だと思っていたからなのではないかと、そう思わずにはいられないのだ。
 そうして歌仙を極めるのを順番を飛ばしてまで先送りにしていくうちに、歌仙から何度か修行の許可を請われた。そしてその度私は、彼に否の言葉を返していた。

 けれど歌仙は諦めていなかった。

 「修行は、主の刀になるためのけじめみたいなもんなんだよ」と、初期刀は言っていた。鍛錬を重ね、戦場に幾度も出て、審神者への信頼を築くこと。かつての主や、懐かしい風景をその目で再び見ようとも、揺るぐことのない精神。普通に審神者を務めている本丸で、それらの条件が確実にクリアできるであろうタイミングが、政府の設定したあのハードルなのであれば。それよりもずっと前に、一度修行の旅を夢の中で経験してしまった歌仙は、修行に出たとして、果たしてこの本丸に帰ってくるのだろうか。歌仙が修行に旅立って、細川の屋敷に足を踏み入れた時、きっと彼は夢の正体に気づくだろう。あの時自分が見たものは、都合の良いまやかしでなく、”現実に”起こりうるものだったと知るだろう。いや、もしかしたら彼はもう気がついているのかもしれない。修行に出ればまたあの時の夢が見られると、感づいていたから修行を申し出ていたのかもしれなかった。
 審神者と心を通わせるより先に、きっと敬愛してやまなかったはずのもとの主との、「限りなく都合の良い、けれど現実にすることができる夢」を見てしまった。もう、見てしまっていたのだ。
「歌仙……」
 私は絞り出すようにつぶやいた。歌仙の姿は今朝から見えなくなっていてーー……私が震える手で開けた戸棚からは、旅装束と旅道具だけが一つずつ消えていた。





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