夏休みである。とは言ってもその名前に反し、部活に勤しむ私たちに休みは訪れなかった。授業がない分心持ちはだいぶマシなものの、結局ほとんど毎日学校に行くのは変わらないんだな、とため息をつきたくなる。今日も部活は活動時間ギリギリまで長引いて、先生に急かされながら校舎を後にするはめになった。いや、部活は好きなんだけど。頑張るのもまあ、嫌いじゃないんだけど。だから誰に聞かせるでもないこの愚痴だって、別に本気で言っているものではないのだった。

 夏は日が長いせいで、遅くなっても帰り道はまだ薄明るい。昇降口から外に出ると、むわっとした熱気が体を包んだ。先ほどまでエアコンの効いた室内にいたから、なおさらうんざりしてしまう。あっという間に制服の内側が汗ばみ始めていくのを感じながら、この暑苦しい夏服はどうにかならないものかと思いながら歩いていると、校門のあたりで見慣れた後ろ姿を見つけた。

「幸村!」

 駆け寄って声をかけると、こちらに気付いた幸村は「ああ、満谷。お疲れ」と笑う。

「お疲れ。……ねえ、幸村。暑いし、アイス食べて帰らない?」

 唐突な私の提案に、幸村はきょとんと目を瞬かせた。

「いいけど」


 コンビニの前は、ドアが開いた時に冷気が逃げてくるために少しだけ暑さがマシだった。私は隣でアイスを食べている幸村をちらりと横目で伺う。なんとなく意外なことに、幸村はオーソドックスなソーダ味の棒アイスを選んでいた。しゃくりと音を立てて、また水色が幸村の口に消える。私はそれをぼんやりと眺めながら、そういえば私が部活を好きになったのも、必死に頑張ることを嫌だと思わなくなったのも、全部幸村のおかげなのだったということを思い出していた。

「何?」

 私の視線に気付いたのだろう、幸村はアイスを咀嚼しながらこちらを見下ろした。

「ううん、なんでもない」
「嘘。なにもないのにじっと見られる方が怖いよ」
「……」

 それもそうだ。言葉を選ぶために、私は自分のアイスを一口齧る。なんとなく気になったから買ったマスカット味のそれは、噛み砕かれると爽やかで芳醇な香りを放ちながら私の口の中で溶けて、じんわりと甘みを伝えてきた。美味しい。
 一口の間の時間稼ぎを終えると、私は「なんか」と口を開いた。

「幸村がいてくれてよかったな、って思ってただけ」
「え? 何それ」
「ほら……そうなるじゃん」

 恥ずかしくて目を逸らす。何を言い出してしまったんだ、私は。

「……ええと、うまく言えないんだけど。私、幸村がいてくれるから頑張れてるんだよな、って思って……。いや、意味わかんないよね。ごめん。なんかセンチになってたみたい」
「へえ」

 幸村は私が目線をコンビニの前の道路に移した後も、じっと私のことを見ていた。そのまましばらく沈黙が続いた後、おもむろに「……お互い様だね」と言い出したので、お、と思って、「どこらへんが?」と幸村の方を振り向く。
 しかし、今度は幸村の方が過ぎ行く車を見つめるのに熱心になる番のようだった。幸村はまっすぐ前を向いたまま、溶け始めたアイスを会話の隙も与えないくらいにしゃくしゃくしゃくとリズム良く齧っていったかと思うと、あっという間に棒の当たり外れを確認して(はずれだったらしい)、少し離れた場所にあるゴミ箱に袋と一緒に捨てに行ってしまった。袋の結露で濡れた手を丁寧にハンカチで拭いながらやっとこちらを見ると、「教えない。恥ずかしいだろ」とだけ言う。

「ええ!?」
「……それより、まだ食べ終わらないのかい?」
「はあ!?」

 ちょっと、私だけ恥ずかしい目にあったみたいで納得いかないんだけど! そう訴えても、幸村はどこ吹く風といった様子で、アイスを食べるスピードを上げた私をにやにやしながら見守るだけだった。こういう時、幸村みたいに綺麗な顔をしていると、にやにや、がニコニコ、くらいには緩和されて見えるから得だよなあと思う。まあ、今の私には完全に、にやにやにしか見えないけど。

 そんなわけで、私はせっかくの美味しいアイスを幸村のせいで早食いさせられてしまったのだった。ただ、別れ際に「また明日」と薄く微笑む幸村が、いつもより少しだけ優しさを多くまとっているように感じたから、私は「うん!」と手を振って、あのアイスはまた買おう、と心に決めながら、機嫌良く歩き始めた。





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