※めちゃめちゃ恋愛に疎い猪突猛進系(ちょっとアホの子)夢主とクラスメイトの不二くん
私の最近の悩みは、もっぱらクラスメイトの不二周助についてだった。不二とは一年生の頃からの友人なのだが、いつからか、不二のことを考えると胸のあたりが変な感じになるようになってしまったのだ。変な感じ、というのはなんというか……私の持っている語彙の中だと「モヤモヤ」が一番近いような、そんな気持ちだ。
しかし私には、この表現が正解だとも思えなかった。そもそも、不二は他人がモヤモヤするようなことをする人間ではない。優しいし、ユーモアもあって、とにかくいいやつなのだ。この間も私に「特別だよ」と言いつつ教科書を貸してくれたし、私がどんなくだらない話をしていても、不二はうんうんと頷きながら聞いてくれる。友人になれてよかったなと、いつも思う。思うのに、なぜか胸がモヤモヤ?する。もうわけが分からなかった。
「なんでなんだろうねえ。不二、何か知らない?」
私が考えてだめならとりあえず不二に聞くのがいいだろう、という発想のもと、私は昼休みに不二を誘って一緒に昼食を取っていた。いきなり相談を持ちかけたにもかかわらず、不二は私の要領を得ない説明を嫌な顔一つせず聞いてくれて、やっぱり優しいなと思う。
不二はふんわり巻かれた赤い卵焼きを箸でつまむと、こちらに視線を戻した。「なんでだと思う?」
「なんでか分かったら相談してないよ〜〜……」
不二にも分からないのだ。これはいよいよ難問かもしれない。私がため息をつくと、不二はおそらく激辛であろう卵焼きをもぐもぐと咀嚼しながら私を面白そうに眺めて、ごくんと飲み込んでから、「ふふ」と笑った。なんだか、私って不二にずっと笑われている気がする。
「じゃあ、分かったら教えてよ。答え合わせしてあげる」
「え? ……いや、知ってるんじゃん! なんで教えてくれないの?」
「ごめんね。でもボク、友達に宿題は見せない主義なんだ」
うまいこと言いくるめられてしまった。その後何度か「教えてよ」とねだってみたものの成果は出ず、ぼやぼやしているうちに昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴って、私は「じゃあ、頑張って」と余裕の表情で自分の席に戻っていく不二を見送ることしかできなかった。
そのままぼんやりしていたら、あっという間に午後の授業が終わって、ホームルームが終わって、部活が終わって……その間、私の頭にはずっと不二のことがあった。……いや、今までも結構気を抜くと例の悩みのことを考えてしまってはいたのだけれど、悪化した。
不二は優しいし、私も優しくされると嬉しい。簡単な話じゃないか。どこにそれだけで終わらない感情が生まれる余地があるのだろう? 私は昼休み終わりの不二の笑顔を思い出す。胸がきゅっとした。これは違う。モヤモヤではない。新入生の女の子に優しく教室の場所を教えていた不二の姿を思い出す。うん、これはかなりモヤモヤする。……そうだ。みんなに優しい不二のことを心から尊敬しているはずなのに、その時はなぜかその子に優しくするのをやめてほしいと思ってしまったのだった。頭の中で必死にその気持ちを言い表す言葉を探す。とにかく、今まであまり縁のなかった言葉であることは間違いない。焦りというか、不安というか、さみしいというか、悲しいというか……。……。……ああ、……やきもち。かもしれない。うん。これな気がする。そうなるとあの時、私は不二にやきもちを焼いていたのだろうか。なぜそんな気持ちになる必要があったのだろう? 別に私と不二はただの友人で、付き合っているわけでもないのに。
そんなことを考えていたら、なんとなく不二と付き合っている私を想像してしまって、顔から火が出そうになった。ものすごく恥ずかしい。……でも、嫌ではなかった。
……嫌ではないんだ? と、頭の中の冷静な私が言う。
うん、嫌ではない。というか、むしろ……ドキドキする。不二はかっこいいし優しいから、それ自体はそんなに不自然なことではない、と思う。それに、もし私が……不二の、彼女だったのなら……、もしかしたら堂々と、私以外の女の子に優しくしないで、なんて言えてしまうのかもしれない。ああ、そうできたらな、と思う。
……ねえ、それ。好きなんじゃないの。不二のこと。
「……え」
私はほとんど自覚のないまま、通学路のど真ん中で声を漏らす。もし周囲に人がいたら怪訝な目で見られていたかもしれない。無意識のうちに動いていた足は、無意識のうちに止まった。
……気がつくとぼんやり不二のことを考えちゃうのも、女の子に優しくしてた不二を見てやきもちを焼いたのも、楽しいことがあるとすぐ不二に話しに行っちゃうのも、ぜんぶ、そのせいなんじゃないの。
「……、」
……思い当たってしまうと、もうそうとしか考えられなかった。すとんと腑に落ちてしまった。分かってしまった。
好きだから。好きな人だから、私だけに優しくしてほしくて、楽しいことを分かち合いたくて、気がつくと不二のことばかり考えている。
私は不二に恋をしているのだ。
好きなんだ、不二のことが!
夕暮れのぬるいアスファルトの上で立ちすくんでいた私の足は、いつのまにか勝手に走り出していた。男テニはいつも、私の部活より帰りが遅い。着替えもあるし、今から走ればまだ間に合うはずだ。
ーー不二。好きだ。会いたい。今すぐに!
猛ダッシュで通学路を逆走して、校門に立つ守衛さんになんとか挨拶をして(守衛さんに聞き取れたかはわからないが)、この間やった体育の50m走の時より断然勢いよくグラウンドを駆け抜けると、閑散としたテニスコートを1人後にしようとする不二の姿が見えた。
「不二ーーーっっっっっっ!!!!!」
不二は、私がとんでもない大声を出しながら爆走してきたのにもかかわらず、優しい笑顔のまま「どうしたの」とこちらを振り向いた。そういうところが好きだと思った。全力で走っていたところから急に止まったせいだろうか、顔が熱くなって、汗も出てくる。
「答え合わせ!!」
不二はゆっくりまばたきをして、まだ何も言わない。私の扱いに慣れているから、こういう時はとりあえず言いたいことを先に全部言わせてくれるのだ。そういうところも好きだった。ああ、もうなんだか、好きという言葉がしっくりきすぎてしまって、止められそうにない。いや、止めるつもりもなかった。勢いのまま不二の目をしっかりと見据え、息を大きく吸う。
「私、不二のことが好き!!!」
言い切って、それから……勢いと息が余ってしまった。「あの……えっと……付き合いたい、的な、好き……なんだと、思うんだけど。ど、どうでしょうか?」
もじもじしながら不二の様子を伺うと、不二は満足そうに、そして嬉しそうに、ぱっと花が咲くように笑って、「よくできました」と言うが早いか、ぎゅっと私のことを抱きしめた。
「うわっ!」
不二がわりと容赦のない力加減で私を逃がさないから、その分不二の体温が伝わってきて、というか不二の心臓がバクバク言う音も伝わってきて、もうどこからどこまで何のせいで暑いのかわからなくなってしまった。ものすごくドキドキする。全力疾走以外で心臓が破裂しそうになったのは、生まれて初めてだった。
「正解したご褒美をあげるよ」不二はそんな私の内心を知ってか知らずか、いや、ほぼ間違いなく知っているのだろうけれど、ともかく私の耳元でくすりと笑った。
「満谷の恋人になってあげる」
うえ、と、情けない声が漏れた。顔は見えないけれど、声音で不二が今どんな顔をしているのかは分かる。間違いなく、あのいたずらっぽい笑みだ。頭の中にそうやって笑う不二の顔が浮かんで、胸がきゅうっと締め付けられた。不二のことが好きだからだと、今なら分かる。
「な、な……なんで?」
「だって、ボクも満谷のこと大好きなんだもの」
あの、というか、耳元で囁かないでほしい。いや、そもそも抱き締めるのを一回やめてほしい。ただでさえあまり賢い方ではないのに、いよいよ本当に頭が働かないから。ねえ、今すごいこと言わなかった? というか、私たち、今すごいことになってない?
「ボクの方はとっくの昔に正解してたのに、随分待たされたんだからね」
ご褒美、くれるでしょ? 不二は私の首筋に埋めていた頭をゆるやかに離して、満面の笑みで私を見下ろした。上から垂らされる髪がカーテンみたいになって、私の目をそらす空間を奪う。至近距離。もう、不二のことしか見えなかった。