高校2年生の終わりに柳生から告白された時、晴はそれを承諾しながら、このお付き合いは長続きしないだろうなと思っていた。


 柳生と晴は中学3年からの友人だったが、紳士の異名を持つ彼の言動のあまりのインパクトに、晴は恋人になってなお気後れしたままでいた。
 いや、むしろ恋人になってからそれは悪化したのかもしれなかった。柳生はいつだって、晴のことをこれ以上ないほど綺麗な言葉で褒め称える。ただのクラスメイトであった頃からそうだったのに、恋人になって、なんというか遠慮がなくなってしまったのだ。
 柳生に褒められるのはもちろん嬉しい。けれど、心のどこかでまっすぐそれを受け止められない自分がいる。晴には、そんな言葉と、そんな言葉を当然のようにかけてくれる柳生に、自らが似合う人間であるとは思えなかった。
 つまるところ、問題は「なぜ彼はわたしのことを好きでいてくれるのだろう」という疑問だったのだ。晴は残りの高校生生活を、そんな簡単なことに苛まれて過ごした。晴にとっては本当にそれだけがすべてだった。
 ーーなんで柳生くんはわたしなんかのこと好きになってくれたの。そう問えば、もちろん柳生は一から百まで彼自身の感じた晴の魅力をありのまま挙げてくれるだろう。しかし、それを晴が受け入れなければ、なんの意味もないことだ。そして、自分がそうできないことを分かっていたから、晴はついぞその問いを口に出すことはなかった。晴が本当に言いたいことは、「柳生くんに私はふさわしくない」ということだったのだから。


 まあ、そうした根本的な問題を奥底に抱えていること以外は、晴と柳生のお付き合いは順調だった。柳生はやはりいつだって紳士的で、優しく、晴のことを愛して(と、まっすぐに言えてしまうところが、彼の彼たる所以である)くれたし、最初晴が危惧していたように、晴との付き合いに飽きる気配も全くなかった。だから、晴もできうる限りそれに応えようとした。

「おはようございます、満谷さん。今日も素敵ですね」
「えっ……、と、その、あ、ありがとう」

「満谷さんと一緒に過ごすだけで、心が安らぎます。貴女の人となりのなせるわざですね」
「そうかな……」
「ええ。ですからもう少し、このままでいてもいいですか?」
「う、うん」

「柳生くん? えっと……どうしたの?」
「……ああ、すみません。晴さんがあまりに可愛らしかったものですから、見とれてしまいました」
「う……そ、そっか」


 そのようにして月日が過ぎた。その結果、晴は、なんというか、絆されてしまった。いや、絆されたというにはあまりにも晴が未熟すぎたから、柳生に手懐けられてしまった、というべきかもしれない。あるいは、そのように育てられたのだ、とも。じっくりと、急かすことなく、けれど確実に。晴は柳生に育て上げられてしまった。


「あ」

 柳生とのデートの最中、晴は足を止めた。「何か気になるものでもありましたか?」柳生も晴の視線の先に目を向ける。

「あ……うん、このワンピース、かわいいなって思って」
「ああ、本当ですね。晴さんによく似合いそうです」
「えへへ……そうかな。えっと、試着してきてもいい?」
「もちろんですよ」

 柳生は快く頷くと、近くにいた店員に「すみません、試着をしたいのですが」と申し出る。店員は2人のやりとりをなんとなく聞いていたのだろう、ここぞとばかりの笑顔でいくらかのやり取りをし、晴を試着室へ案内した。

 ワンピースは彩度の低い落ち着いたグリーンで、ボタンや細いベルトを飾る金色が上品に輝いている。袖や裾はふんわりと膨らんでいて、やりすぎでない程度にかわいらしさを添えていた。晴はボタンの最後の一つを留め終え、鏡の前で満足そうに笑った。

「比呂士くん!」

 はやる気持ちを抑えて試着室のカーテンを開け、満面の笑みのまま恋人の名前を呼ぶ。柳生はわずかに目を見開いたあと、「よくお似合いですよ」と微笑んだ。

「ありがとう!なんか、すごくしっくりくるし……ありだよね?これ」
「ええ、晴さんがあまりに綺麗だったものですから、思わず驚いてしまいました。このワンピース、良ければ私にプレゼントさせてください」
「う……ちょっとだけ、そう言うと思ってたけど。そこそこするし、悪いよ」
「この間も同じことをおっしゃっていたでしょう。たまには格好つけさせてくれませんか」
「うーん……」

 思い返してみれば、確かに柳生のこのような申し出をもう二、三度続けて断っている。あまり断りすぎるのも悪いなと思い、晴は「じゃあ、何かお返しさせてよ」と柳生を見上げた。

「そうですね……。では、このワンピースを着た晴さんとデートがしたいです」
「えっ、あの……えっと……最初からそのつもり、だったんだけど……。他になんか、ない?」
 顔を赤らめる晴を見つめながら、柳生は優しく、「それに勝るお返しなんてありませんよ」と言った。


「あの、比呂士くん、本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ。約束、楽しみにしていますね」

 ワンピースの入った紙袋を左手で持って、柳生は晴の隣を歩く。晴は面はゆさに少しだけ俯きながら、「実はね、このワンピース、比呂士くんが好きな色だなって思って……」と打ち明けた。

「ああ……やはりそうだったのですね。ありがとうございます。……とても、嬉しいです」

 晴は「バレてたんだ」と言いつつも、心底嬉しそうに笑う。その笑顔こそ、柳生が晴を愛してやまない理由そのものだったから、柳生もひっそりとはにかんだ。





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