※そこまで暗くない

 私は単なる暇つぶしに人間の里に行っていただけだったし、特に誰もいじめていない。むしろ人間たちには親切にしていたと思う。対価も払ったし、にっこりと笑って挨拶もした。けれど、それだけでは人間は不満だったらしい。

「いや、怖いんですよ、あなたが」

 と、貴方は言った。貴方は、私に怯えた里の人間たちが送り込んだ訪問販売役だった。私が里に来ないように、入用のものをあらかじめ家に押しかけて売ってしまおうという魂胆だったらしい。

「怖い?怖がられるのは悪い気はしないけど」
「うーんと、なんていうか、すごく強いのに紳士的なところが、逆に」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです」

 よく分からないなと思ったけれど、特に分かろうとする気もなかったので、そのことはすぐに忘れた。貴方は、持たされた見本帳をパラパラとめくって、「何か買ってくれませんか?私が里の人たちに疑われちゃう。本当に幽香さまに会ったのかって」とぼやいた。

「客に取る態度じゃないんじゃないの?」
「改めたら何か買ってくださいますか?」
「いいえ? 別に物が要るからあそこに行ってるわけじゃないのよ、私は」
「ですよね〜」

 随分とまあ呑気な人間だと思った。あの巫女には負けるけれど。面白くないな、とも思った。どうせ里の人間に脅されて来て、私に殺されるか里に殺されるかくらいしか未来がないのだろうということは察せられた。貴方は怯えなかった。だから私も貴方に興味を持たなかった。


「幽香さまのお花畑はいつ見ても綺麗です」

 何回目かの訪問販売の時に、大きな荷物を私の家の床にどさりと下ろしながら、貴方は言った。当然のことだったから特に何も思わなかったけれど、とりあえず「あら、ありがとう」とだけ返しておいた。すると貴方は、窓の外を見ながらぼんやりと私に問いかけた。

「ねえ幽香さま、人間って肥料になりますか?」
「何?殺したい奴でもできたの?」

 少しだけ、そうだったら面白いなと思った。

「いえ、私が死んだらここのお花の肥料になりたいなと思って」
「つまらないわねえ」

 期待はずれだ。そして、予想通りだ。私はため息をついた。やはりこの人間は平凡だ。殺すほどの苛立ちも愛おしさも強さも感じない。

「すみません。で、どうなんですか?」
「なるわよ。でも埋めるのが面倒だから、貴方が死ぬときは自分で穴掘って埋まりなさい」

 もちろん本気でそうして欲しくて言ったわけではなかった。勝手に自分の畑を荒らされるのは我慢ならなかったから、本気でやったらこの人間を殺そうと思った。まあでも、ちょっと馬鹿みたいで面白いかもしれない、という考えは少しだけあった。

「あはは、がんばります。幽香さまのお手をわずらわせたい訳ではないんです」

 貴方はそう言って話を切り上げた。「幽香さま、何か欲しいものとかありますか?品揃えだけはやたら豊富ですよ」と、いつものようなセリフを添えて。


 ある日私が久しぶりに里に遊びに行って、途中で紅魔館のメイドに会ったから世間話をして、道中の花を上空から愛でながら、ああやっぱりお店を巡るのが良いのよね、と思っていると、貴方は私の畑のすみで死んでいた。どうせろくでもないことが起こったのだろうと、身体を見れば分かった。たぶん貴方は里からここまで、飛べもしない上にボロボロになった貧相な身体でひいひい言いながら歩いてきたのだろう。瀕死の人間がどれくらい歩けるものなのか、私には全く分からないし、これまた分かる気もなかったので、貴方の苦労を慮って悼んでくれる存在はこれで完全に虚空に消えてしまった。
 私は貴方の小さな死骸をちらりと見やる。指でへろへろと土を引っ掻いたような跡があった。いや、掘った跡なのか。これが。馬鹿みたいで哀れで、少しだけ面白かった。
 私はまだ種を蒔いていない一角の土を傘の一振りで払い除けると、貴方の死骸をつまんでそこへ落とし、さらに傘を一振りして土を被せ直した。感じた愉快さに対して手間がかかりすぎだ。私はもうすでに自分の行いを後悔し始めた。
 少しの間、この前の花の異変のことを思い返しながら、あの時みたいにこの人間の霊が花を咲かせるのと、この人間の肉が花を咲かせるの、どちらが素敵かしら、と考えていた。まあ、どちらでも良いことだ。私は平らになった土を振り返ることなく、自らのすみかへと歩き出した。





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