※モブ校の男主 名前変換は苗字だけです
※いつもにまして自らにしか配慮していない文


 ショージキ言ってあんまり思い返したくはないのだが、それでも出来るだけ簡潔に述べるなら、あの頃のオレは調子に乗っていた。でもまあ、それも仕方なかったのだとは言わせてほしい。実際オレはあの中学で3年の先輩含めても一番テニスが上手かった。練習なんかは反感を買わない程度にのらりくらりとやっておけば、試合はカンでどうにでもなる。……ざっくり言うと、オレにはテニスの才能があった。どんなことだって勝てたら楽しい。この学校のテニス部なら、頑張らなくても勝てる。そんなわけでオレはあのぬるま湯にどっぷり浸って、日々勝負のおいしいところだけを頂いていたというわけなのだった。
 だから、お世辞にも強豪校とは言えない我が母校の男子テニス部顧問が、あの青学との練習試合を取ってきた時にも、特別何かを思うことはなかった。負けたいわけではもちろんなかったが、絶対に勝ちたいと思うまでの意気込みもなかったから、よくまああっちもOKしてくれたな。でもまあ、だから何って話か。そう思って、それだけだった。
 そしてあの練習試合、オレはS1で、不二周助と当たった。結果としてはまあ、ボロ負けだった。やつは強かった。もちろん、あの意味のわからないカウンター技もだが、それ以前に、練習量がオレとは比べ物にならないのだろうということが、試合を始めてすぐにわかった。中学でなんとなく入ったテニス部があんな感じだったから、不二が俺の生まれて初めて見た「テニスの上手いやつ」だった。上手いやつは動きが違うのだと、当たり前のことをただ呆然と思いながら、あの時のオレはやつの繰り出すボールの動きに翻弄され続けた。
 ……不二はあまり体格の良い方ではなく、表情も穏やかで、年下で態度もどことなく不真面目そうなオレ相手でも「よろしく」なんて微笑みながら手を差し出すものだから、一瞬だけ、なよなよしたやつだなという感想が頭をよぎったことを覚えている。けれどそれは間違いだった。足の運び、ラケットを振るフォーム、ボールを見極める目、ひとつひとつが練り上げられたそれで、しかもおそらく精神力と持久力も相当なものだった(おそらくというのは、要するにオレの実力不足で、それらを必要とするような試合に持っていけなかったのだ)。あそこまでの実力を得て、さらにあの神業じみたカウンターを実用に耐えうる成功率まで持っていく、そんなことがーーそこまでの努力ができる人間が、なよなよしているわけがなかった。
 不二は試合中も終始微笑みを絶やさずに、そのままオレと試合後の握手をした。オレも出来る限り表情を変えずにそれに応じたつもりだったが、きっとバレていただろうと思う。
 ーー恥ずかしかった。猛烈に。不二とは挨拶以外で全くと言っていいほど会話していないのに、あの試合だけで、自分の井の中の蛙ぶりと、おごりと、カッコ悪さを、全て思い知らされた。
 不二周助には才能があるのだと思う。でも、だから天才と呼ばれているわけではないのだと、オレはその時初めて思い至ったのだった。当然のようにすさまじい努力をして、相手をみくびらず、けれど実力相応の自信も持つ。だから不二周助は天才なのだ。才能だけでは、不二のようにはなれない。オレはその日から、基礎練習を真面目にこなすことに決めた。しばらくすると、部活外での走り込みやトレーニングがそれに加わった。ネットや図書館に頼って、できる限り効果の出る練習方法を探した。
 自覚していたテニスにおけるカンの良さは、入念な基礎作りによってやっと本来の強みを見せた。いくら次に走るべき場所が分かっても、そこに追いつかなければ意味がない。どこに落とせば相手から点を奪えるか分かっても、狙った場所に寸分違わず打球を叩き込める技術がなければ仕方がない。それらもろもろ、今までオレが放り出していた全てがようやく噛み合った頃、オレは中学を卒業した。高校をどこにするかは、1年半以上前から決めていた。


 入学式を終えた数日後、仮入部期間が始まるやいなや、オレはテニスコートに向かった。早く着きすぎたのか人影はまばらで、新入生どころか上級生の姿もほとんどない。しまったな、と思いながら一番近くにいた生徒に目をやる。……レギュラージャージだ。そのまま視線を送ってみると、そいつは案外早くオレに気づいて、こちらを振り返った。

「あ」

 うっかり声が漏れる。向こうも目を少しだけ見開くと、すたすたとこちらに歩み寄ってきた。

「君はーー……確か、満谷くん、だっけ」

 覚えていたのか。オレは「……不二」と言ってしまってから、「、……センパイ」を付け足した。不二がそれを気にした様子はなかった。
 不二周助は……身長こそ多少伸びていたものの、髪の毛が少し長いのと柔和な雰囲気は相変わらずだった。それに、やっぱり練習の手を抜くつもりはなさそうなことも、なんとなくわかった。
 オレは周囲を見渡す。それから不二の目を見て、わざとらしく口の端を上げてやった。

「不二センパイ、オレと試合してくれませんか」

 不二はわずかに目を見張った後、にやりと笑って、「いいよ。やろうか」とラケットを取った。





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