中学三年生にもなってこの程度のことで泣くなんて思ってなかった。クラスメイトの前で決壊しなかったのがせめてもの救いかもしれないけど、結局みじめで最悪な気分なことには変わりない。休み時間になるやいなや教室を出た私は、立海大附属がマンモス校なことに初めて心から感謝しながら早歩きで廊下を進んだ。階段を降りて角を曲がれば、そこにはもう知らない生徒たちしかいない。彼らを追い越して実習室の前を抜け、使われていない教室に足を踏み入れる。生徒たちの中ではわりと有名な、公然の秘密的な隠れ場所だけど、運良く誰もいない。大丈夫。5分もあれば収まる。だって、大したこと言われてないし。この程度のこと、なんで泣く必要があるんだか。
 そう心の中で念じてみても、涙はいつまでも頬をたらたらと伝っていく。ハンカチを教室に置いてきてしまったから、流れるままにするしかない。薄暗い教室に無言で立ちつくし、涙だけを出し続けていると、そんな自分の姿がだんだん面白いような気すらしてくる。……嘘。本当に馬鹿みたいだし、本気で最悪だ。どうでも良いことにこんなにショックを受けてめそめそ泣いている自分自身に猛烈に腹が立って、歯を噛み締める。

 がらり。唐突に教室のドアが開いた。廊下からの光がやや埃っぽい教室の床を細く照らす。しまった、サボり勢とかち合ったか、と顔を背ける暇もなく身をこわばらせると、見覚えのある赤い髪の毛が目に入った。同じクラスの丸井ブン太だ。クラスメイトが来た時点で嫌なのに、よりにもよってこいつか。お調子者で髪の毛が校則違反で笑い声が大きくて……という感じで、正直あまり関わったことがない。無意識に表情が硬くなった。丸井はそんな私を見て「泣き方のクセ強すぎだろい」とイメージ通りのおちゃらけたノリで苦笑すると、私にブレザーを手渡す。反射的に受け取ってしまったそれのポケットには、見慣れた柄のハンカチが入っていた。「私の?」と聞く。案外平常なトーンの声が出てほっとした。

「そ、お前の。先生には体調悪そうだったからサボりじゃないと思うーってセンでうまいこと言っといたから、あとはサボりたきゃサボればいいんじゃねえの? どうせこの時間で終わりだし、お前、仁王とかと違って普段マジメな感じだし。バレねえって」
「すごいこと言うじゃん……。別にサボりたいわけじゃないけど」
「や、それはお前の自由だから。俺は口裏合わせのために来ただけだしもう教室戻る」

 手に持ったハンカチを、悔しくて使えなかった。「じゃあ早く戻りなよ」と絞り出した声は弱々しく震えていた。丸井は「おー」と何も気に留めていないような声で返事をすると、「じゃなー」と間伸びしたあいさつをして教室を出て行く。

 最悪だ。嗚咽が止まらなくなった。丸井のせいだ。私は結局意地を張って制服の裾で涙を拭いながら馬鹿みたいに泣き、授業をサボってそのまま帰った。





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